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第二十六章 ユキオと十四郎⑥

 「ニン……その手、ごめんな……」


日もとっぷり暮れ、街灯も月明かりもない真っ暗な道を、千影は泣き疲れて立つこともできなくなったユキオをおんぶして、ユキオの家に向かって歩いていた。

傷ついた千影の左手には、ユキオが持っていた水色のハンカチが巻き付けられていた。


「いや、これくらい、平気だよ」


本当は、ズキズキ痛かったが、千影は強がって見せた。


「これから……どうしようかな……」


ユキオは呟くように言った。


「僕は、兄貴が死んでからずっと曽呂利たちへの復讐だけを考えていたから……その目標がなくなっちゃったからなぁ……」


その言葉を聞いて、千影はハッとした。


「では、これからは、艮宮山の魔王退治に全力を注がれては……いかがでしょう」


「魔王退治?」


千影は痛む手のひらをぎゅっと閉じた。


「そうです!

十四郎さんは、みんなを笑顔にするために、まず、ヤンキーたちを一つにまとめあげて、それから、最終的には艮宮山の魔王退治をするはずだったんですよね?

でしたら、俺にいい考えがあります!

聞くところによると、め組のリーダーは艮宮山の魔王を成敗するために、他のヤンキーたちに声をかけて有志を募っているそうです。

それに銀狼も参戦してみたらどうでしょう?」


千影がドギマギしながらそう言うと、千影の首に回すユキオの腕に力が入った。


「艮宮山の……魔王退治かぁ……。

兄貴も生前からずっと、艮宮山の魔王をどうやって倒してやろうか頭を悩ませてたからなぁ」


ユキオがそう言うと、千影はグイッと首をユキオに向けた。


「じゃあ、やりましょうよ!十四郎さんがやろうとしていたこと。

ヤンキーたちはエネルギーが有り余ってる。

そのエネルギーをつまらないことに使わせるんじゃなくて、艮宮山の魔王にぶつけるんだ!」


千影がそう言って、ハンカチが巻かれた拳を前に突き出した。

すると、ユキオは少しだけ笑った。


「そうだな。明日、兄貴の墓前に行って相談してみるよ」


ユキオがそう言うと、千影は思わず片手でガッツポーズをとった。


「俺も、一緒に連れて行ってください!十四郎さんにまだ挨拶してないから」


「あぁ、もちろんいいよ」


ユキオはそう言うと、ぎゅっと千影に抱きついた。

千影は少し驚いたが、はははと空を向いて笑った。


ユキオの邸宅が見えてきた。

門の明かりが煌々とついている。


「ところでさ……」


千影がユキオをどこで降ろそうか考えている時、ユキオは口を開いた。


「最近、僕の後を黒い影みたいなものがずっとつきまとっているんだ。

僕が自宅を出てからまた家へ帰るまで、その影はずっと僕のことを追いかけてくる」


ユキオが突然そんなことを言ってきたものだから、千影は気がすっかり動転して、相槌を打つことすら忘れていた。

ユキオは頬を千影の背中にぴったりつけて話を続けた。


「僕は昔、祖父からこの湯舟郷に伝わる伝説を聞いたことがある。

この湯舟郷には、忍者がいる。

その忍者は、大鬼門である艮宮山から魔物が出られないように魔封印をして閉じ込めて、この世の安寧を影で守り続けているらしい」


そう言うと、ユキオはスルリと千影の背中から降りた。

ハッと我に返った千影は慌てて口を開いた。


「へ、へぇ!俺、都会出身だから、その話はちょっと……知らないです」


千影は今にも口から飛び出しそうな心臓をなんとか飲み込んで言った。

すると、ユキオはニコリと笑って見せた。


「もしかしたら、僕を追いかける影は、その忍者だったんじゃないかなって思って」


そう言うと、ユキオは肩に掛けていた千影のマトイを千影に手渡した。


「もしも、忍者の伝説が本当なら、一度でいいから、会ってみたいな……」


ユキオはそう言うと、マトイをだらりと手に引っ掛けたまま呆然と立つ千影の顔を見て微笑み、「おやすみ」と一言いうと、正面の門の端についてる小さなくぐり戸から中へ戻っていった。


「もしかして俺の正体……バレてんじゃね!?」


意味深なユキオの笑顔を見た千影は、新たな問題が浮上しそうな予感がして気が気じゃなかった。

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