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第二十六章 ユキオと十四郎④

 筧十四郎はずっと勉強をする意味が分からなかった。


どの教科も十四郎には興味がなかった。

中学まではろくに勉強もせず、ただ惰性で生きていた。

だが、両親や中学の担任の先生に「高校だけには行っておけ」と言われ、言われるがままに西町高校へ進学。

だが、周りの大人たちがどうしてそこまで勉強しろというのか、十四郎には分からなかった。


「自分が将来、良い仕事に就くため?

良い仕事に就いて、高い給料をもらって、良い暮らしをするため?

はたまた、親の見栄のためか?」


十四郎が高校に進学した頃、周辺には「自分さえ良ければいい」というような人間がうじゃうじゃいた。

それは、利潤ばかり追い求める資本主義社会がもたらした害だとも言われるが、それにしても、そういう人間が多かった。


十四郎は、そういう人間が許せなかった。


十四郎が通う西町高校にも、自分のことしか考えない連中がたくさんいた。

この自己中心的な人間を見て、十四郎は、子どもの頃によく読んでいた絵本“金色オオカミの冒険”を思い出した。

そして、金狼がずっと探し続けている“この世で一番の善いこと”を、自分も探してみようと思い立った。

十四郎は“この世で一番の善いこと”とは、つまり“万人共通の善いこと”だと考えた。

そして、“万人共通の善いこと”とは何かを考えた時、それが具体的に何であるのかを思い浮かべる前に、万人が皆、笑顔になる光景が十四郎の頭の中に浮かんできた。

「これだ!!!」と、十四郎は思った。


“善い”ことがあるところには、必ず“笑顔”がある。


では、皆を笑顔にすればいいのではないか?

そう考えた十四郎は、近頃の湯舟郷を思い出した。

そこにはどこもかしこも強面のヤンキー集団がたむろしていて、通行人にガンを飛ばしている光景が目に浮かんだ。

何せ、湯舟郷はヤンキー最後の聖地。

特にこの頃、ヤンキーの時代は最盛期を迎えており、いわゆるヤンキー戦国時代であったのだ。

そこで、十四郎は決めた。


「この無数にのさばる湯舟郷のヤンキーたちを笑顔にしてやろう」


ヤンキーたちを笑顔にすれば、この湯舟郷に住む他の住人たちもきっと笑顔になるに違いないと、十四郎は思った。

まず、あちこちにのさばるヤンキーたちを一つにまとめる。

そして最終的には、昔からずっと湯舟郷の住民を怖がらせる艮宮山の魔王退治へ行こうと考えた。

では、どうしたら強面ヤンキーが笑顔になるのか?


「ヤンキーと友達になろう。

友達になれば、互いに腹を割って話すことができる。

そして、ヤンキーが、どうして通行人を怯えさせるようにガン飛ばしたり、爆音の改造バイクで真夜中の田舎道を激走したりするのか、その理由を知ろう」


ヤンキーもいじめられっ子も関係なく、他人を笑顔にするためには、まず、その人と“お友達”になることが必要。

その人のことをよく知って、その上で、笑顔にする。

十四郎は、この手段が、他人を本当に笑顔にするための最善の手段だと思った。

そして、ヤンキーと分かり合うため、十四郎はたったひとりでヤンキー集団の中に飛び込んでいった。

自らを“銀狼”と名乗って。

しかしながら、十四郎の話をまともに聞くヤンキーはひとりもいなかった。

その結果、十四郎は、言葉ではなく、拳でヤンキーたちと会話した。

十四郎は、勉強はからっきし駄目であったが、ケンカはすこぶる強かった。


勉強をしない理由を「本当に大事なことを見極める手段を、勉強をすること以外で俺は知っているんだ」と、当時まだ小さかったユキオに教えていた。


十四郎は、百人、二百人いるヤンキー集団の中へたったひとり、この世で最も善いことという意味である“天理人道”と白いペンキで殴り書いた背負い文字を背中に入れたお手製の特攻服を着て飛び込んだ。


十四郎の圧勝であった。


拳一振りで、一気に五、六人も吹っ飛ばしてしまうほど力強かったからだ。

そんな十四郎にひれ伏す者、尻尾を巻いて逃げ去る者もいた。

それから、十四郎の強さと信念に慕う者も多くいた。

そのような者たちは、皆、十四郎に従えた。

こうして、たった一人で立ち上げた銀狼は、いつの間にか、西町最大の勢力になった。


 そして、ついに、銀狼が湯舟郷の西半分を制覇しようとしていた時、事件は起こった。

ちょうどその時、銀狼の他に大きな勢力がもうひとつ、湯舟郷の東町に存在した。

それは“雷神”。

組員数約四百人。

リーダーは、十四郎と引けを取らないくらいの豪傑と評されていた。

この雷神が銀狼に奇襲をかけてきた。

当時の銀狼には武勇猛々しい者が多数いたが、人数は百八十ちょっとと、雷神の半分以下。

だが、突然の奇襲は、銀狼にとってはほぼ日常のことであったので、十四郎はいつも冷静であった。

この日も、雷神が今にも銀狼のアジトに攻め込んでくるという話を、普段、銀狼の周りにコバンザメのようにくっついていた、雷神の脅威から逃れてきた小さなヤンキー集団複数が聞きつけ、そのことを十四郎に伝えると、十四郎はすぐさま雷神を迎え撃つための陣形を素早く整えた。

頭数は雷神の方がはるかに勝っているが、実力は銀狼に分がある。

そして、銀狼は、正々堂々と真正面から、雷神の攻撃に迎え撃った。

戦いはいつも通り、いや、むしろ早く決着がつきそうであった。

雷神は、銀狼の陣地へ勢よく踏み込むも、あっという間に次々倒され、戦う力が残っている者は銀狼の四分の一程度しか残っていなかった。

銀狼の圧勝であった。

ついに、湯舟郷のほぼ全域を銀狼が統治する時代がくる。

そうすれば、十四郎の信念はヤンキー全体に伝わる。

そうなるはずだった。

だが、そうはならなかった。


十四郎は雷神のリーダーとタイマンを張っていた。

両者は腕をまくり、正々堂々、拳一つで戦っていた。

だが、両者が拳をぶつけ合い、戦いの火花を散らしている時、それは起こった。

雷神のリーダーと激しく拳をぶつけ合った十四郎は、突然、何者かに背後からナイフで刺されたのだった。

十四郎の背中からは赤黒い血がとめどなく流れ、十四郎はその場に倒れた。


「雷神のリーダーさん!俺、やってやりましたよ!」


そう言って鮮血のついたナイフを振りかざしたのは、銀狼の下っ端の下っ端にいた曽呂利という小男であった。

しかし、この男、周りが一斉に静まりかえり、タコヤが激しく取り乱す光景を見て怖くなり、その場から逃げ去った。

その様子を、当時まだ小学生だったユキオも見ていた。

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