第二十三章 疑念と不安④
千影がたどり着いたのは、伊賀組のアジトであった。
銀狼のマトイ姿のまま、ボロボロの千影はにじり口の戸を開けた。
すると、中には忍び装束姿のハルがポツンとひとり、ちゃぶ台にノートパソコンを開いて、キーボードをカタカタ打っていた。
「千影くん……!?」
ハルは、血と泥で汚れた千影の姿を見た途端、跳ねるようにその場に立ち上がった。
「ハルさん……」
心配そうな表情をして近づいてきたハルの顔を見た途端、千影は泣き出したくなった。
「そのケガ、いったいどうしたの。銀狼で、何かあったの?」
「み、湊さんが……うぐっ、湊さんが……!」
千影は両目に涙をいっぱい溜め、鼻水を垂らしながら、助けを乞うように言った。
「湊さんがどうしたの」
「っぐっ、湊さんが、銀狼の初代総長だった十四郎さんが殺された事件現場に居合わせていたようなんです」
ハルは、おっかなびっくり千影の背中に手を回して恐る恐る指先で触れると、そっと摩りながら首を傾げた。
「そのこと、千影くんは知らなかったの?」
「えぇっ!?」
千影が大きく反応したので、ハルはビクリと肩を強張らせた。
「ハルさんは知っていたんですか!?」
「ま、まぁ。だって僕、湊さんと同じめ組に潜入してるし」
「そ、そっか……知らなかったのは、俺だけだったんですね……」
千影はその場に力なく座り込んだ。
それを見たハルも、そっとそばに腰を下ろした。
「どうして、湊さんや蛍は、そのことを俺に教えてくれなかったんですかね……」
千影は鼻をすすりながら訊いた。
「さぁ、僕には分からない」
ハルは、千影の俯く泣き顔から目を逸らすと、静かに口を開いた。
「め組の前身は、当時、東町で最大の不良グループだった“雷神”だ。
雷神が当時、西町最大のグループであった銀狼と一線交えた時、銀狼の下っ端だった曽呂利という男が、雷神のリーダーと繋がっていたようで、そいつが雷神リーダーの指示で、十四郎をナイフで刺して殺したらしい」
「……その話は、ついさっき、十四郎さんの弟から聞きました」
「そっか……。その事件の後、雷神のリーダーと曽呂利は行方不明。
雷神はリーダー不在となり、前々から組織内で不仲だった穏健派と過激派の二派がそのまま分裂。
穏健派は湊さんが率先してリーダーとなり、拠点を西町に移して“め組”として活動を再開。
東町に残った過激派は、甲賀組のリーダーでもある八雲さんが新たに“風魔”と名を変えて活動するようになった」
言い終わると、ハルは音ひとつ立てずその場にスッと立ち上がった。
「それとさ……」
ハルは、千影の顔色を伺うように口を開いた。
「千影くんに十四郎の真相を話さなかったことと関係があるかは分からないけど……その……湊さんと蛍くんは、千影くん以外にも、僕やつばめちゃんにも隠していることがあるようなんだ」
「え?」
千影は涙と鼻水でグチャグチャの顔を素早くあげると、ハルに近寄った。
ハルは、少し引いて周りを落ち着きなく見回すと、先ほど開いていたノートパソコンをそっと閉じてもう一度千影の顔に視線を戻した。
「以前、ある噂を耳にしたことがある。
昔、湊さんと蛍くんの父親は、魔王を孕んだ魔女を切る役に任命されたが、それに失敗して、魔王に呪い殺されたらしい」
「え?」
「そのことについて、直接、湊さんに訊いたことがあるんだけど、一切教えてくれなかった。
それだけじゃない、次にその話に触れたら、忍び破れとして社会的に追放するって脅された」
ハルの顔は今まで見たことがないほど強張っていた。
「僕はあの時から、湊さんは、本心では何を考えてるのか分からない怖い人だと思って警戒している。
だから、千影くんも、気をつけて」
このハルの言葉で、千影は、湊に対する不信感がさらに強くなった。
それだけじゃない。
今まで心から信頼していた蛍が、急に遠い存在になってしまったようで、寂しかった。




