第二十一章 千影、赤点を取る③
千影は銀狼のマトイ姿のまま、伊賀組のアジトへ飛び込むと、そこにはすでに蛍がいた。
蛍は千影の姿を見るなり、立ち上がって千影に迫った。
「お前!その格好のままアジトへ来てはダメだと前にも言っただろ!」
そう言われた千影は自分の格好を目視すると、慌ててマトイをひっくり返して忍び装束に変えたが、目の前には腕を組み呆れ返る蛍がいた。
だが、今の千影には、そんなことをいちいち気にしてはいられなかった。
「蛍!大至急、折り入ってお願いがあるんだ!ちょっと聞いてくれないか?」
千影があまりにも必死に嘆願するので、蛍は言ってやろうとしていた小言を思わずゴクリと飲み込んだ。
千影は覚悟を決めたように両手握りこぶしに力を込め、一息大きく吸うと「一日だけ休みをください!!!」と、叫ぶように言い放ち、頭を大きく下げた。
「はぁ?」
蛍は突然のことで、何が何だかわからず呆然としていた。
千影は顔を上げて蛍の覆面越しの顔色を伺いながら言葉を続けた。
「実は、五日後に大事な用事ができてしまったんです。
絶対に外せない、大事な、とても大事な用事が!!!」
「大事な用事って……」
蛍がそう言いかけた時、「どうせ、戦国少女隊の緊急ライブに行くんだろ?」と、頭上から声がした。
千影がハッと上を向くと、天井に忍び装束姿のつばめが張り付いていた。
「ライブだと?」
そう言った蛍の目元が途端に険しくなった。
千影は慌てふためき、両手を振り回しながら話した。
「じ、実は、五日後に緊急の戦国少女隊のライブがある……ということを、俺はついさっき知ってしまったんだ」
「お前、ユキオの尾行は……」
蛍がそう言いかけても、千影の言葉はマシンガンのように蛍を撃ち続けた。
「しかも、緊急ライブの告知ポスターには、来場者全員に戦国少女隊の和風水着のグラビアカードがプレゼントされるんだって。
めったに肌を露出しない戦国少女隊のみんなが初の水着に挑戦という超超プレミア感満載のプレゼントが、来場者もれなく手に入れることができるんだ。
これは、もう、行くしかない!
だから、蛍、どうかお願い!この日は、この日だけは休みにして欲しいんだ!
どうか、頼む!!!」
千影が顔を真っ赤にしてそう言い切ると、腰を百八十度曲げて頭を下げた。
「キモっ」
つばめが天井から降りてくると、ボソッと言った。その横で蛍は両目が小さな黒点になっていた。
しばらくアジト内の空気がキンキンに凍りついたが、千影は瞳孔を全開にして蛍の返事を待った。
蛍はためらうように口を開いた。
「しかし……ユキオについて未だ何の進展もなし。これに加えて、テストも赤点だらけで後がない状態なのに、そんなものに行っている場合か?」
蛍がそう言うと、その横でつばめが腕を組みながら何度も頷いていた。
「アタシは頭の悪い男とドルヲタは大嫌いだ」
つばめは千影に向かってそう吐き捨てるように言った。
千影の開きっぱなしの大きな瞳孔はショックでどんどん小さくなったが、千影はめげなかった。
「で、でも、追試日はライブの前日だから、ライブ前まではスッゲェ勉強するし、それに、ユキオにも、ちゃんと艮宮山の魔王退治にめ組と一緒に行くよう説得するし……」
蛍は必死に懇願する千影の顔を見たまま、しばらく何も言わなかった。
千影はそんな蛍の姿を、全身を緊張で震わせながら固唾を飲んで見ていた。
蛍はやおら口を開いた。
「六十点」
「へ?」
千影の声はあまりのも間が抜けたものだった。
「次の追試で全て六十点以上取ることができたら、休みをやるよ」
「六十点!?」
千影とつばめが同時に言った。
「六十点って……蛍、どんだけ千影に甘いのさ。蛍の千影びいきには、ホント、ヘドが出るよ」
つばめは軽蔑の眼差しで蛍を見た。
つばめの言葉を聞いた千影は(そうなのか?)と思った。
確かに、蛍は千影のことを甲斐甲斐しく世話を焼くし、千影がピンチの時は必ず助けに来てくれる。
その考えの流れで調子に乗った千影は「もしかして、蛍って、オレにLOVE?」と、両頬に人差し指を当てておちゃらけてみせた。
「次にまたそんなふざけたこと言ったら、もうお前のことなんか助けてやらないからな!」
蛍がそうムキになったように言ったので、それを面白がってつばめは追い討ちをかけた。
「でもさ、蛍って千影のことになると、途端に余裕がなくなるよな。
この間のめ組の奇襲の時なんてさ、ハルにそのことを聞かされたとたん、千影が大変だって言って、顔を真っ青にさせて慌てふためきながらここを飛び出して行ったし」
つばめが悪戯っぽい笑顔で言うと、蛍は黙りこくってしまった。
そんな蛍の様子を見たつばめと千影は顔を見合わせた。
(蛍……お前、まさか、ホントに俺にLOVEなんじゃないだろうな……)
そう思い、千影は少し焦るのであった。




