第十八章 千影、忍術を教える
(こんなこと、蛍にバレたらなんて言われるか……)
それからというもの、千影は学校には行っていなかった。
厳密には、学校へ行っても、銀狼のキヨとマサに誘われ、一限目が始まる前には学校を出て、銀狼のアジトに通っているのだった。
それは、なぜかと言うと……。
「おい、ニン!お前が使う忍者みたいな技、俺たちにも教えてくれよ!」
千影が、め組に奇襲をかけられたあの時以来、キヨとマサ、その他の五番隊の隊員たちが、こぞって千影に忍術の伝授を乞うてきたのだった。
(まったく教えなかったら、きっとこの人たちのことだ、暴力を使って無理にでも教えて貰おうとするだろうし……かと言って、忍びのどこまで教えてもいいのやら……)
とりあえず、千影は、以前に見せた忍術は、乾宮山の山奥に住む、とある師匠から数々の厳しい修行を経たのちに特別に教えてもらったものだという、いい加減な設定をつくった上で、言葉を慎重に選びながら隊員たちに忍術を教えた。
「えぇと、まず、忍術を扱う前に必ず心得ておかなければならに事がある」
千影は、銀狼アジトに、隊員たちを並べて正座させ、その前を右に左に行ったり来たりしながら、忍術について説き始めた。
「すべては、宇宙を乱す艮宮山の魔王を倒すため。その目的以外で忍術を使ってはならない」
千影がこういうと、キヨとマサだけ、「おぉ〜!」と声をあげた。
「艮宮山の魔王退治は、まさに我らがアニキ、タコヤさんの最終目標だ!」
キヨとマサが息ピッタリにそう言うと、それを聞いた千影は自分の耳を疑った。
(あのタコヤが、艮宮山の魔王を倒そうとしているだって!?)
衝撃的な事実を未だに受け入れられずにいる千影をよそに、興奮したキヨとマサはまくし立てた。
「まずは湯舟郷の人間を一人残らず力で屈服させて、湯舟郷の頂点に立つ!」
キヨがそう言うと、すかさずマサが続けた。
「何せ、艮宮山の魔王相手だ。少なくとも、湯舟郷のヤンキーたちを屈服支配させるくらいの力がなきゃダメだ!」
千影はやっと忍務を成功させる道が拓けたと思っていたところに、ドカンと岩を投げつけられたような気がした。
「だ、ダメダメ!暴力は絶対ダメだって!」
思わず、千影は心の声がそのまま口から飛び出した。すると、キヨとマサは途端にふくれっ面になった。
「タコヤさんは、力ある者が弱き者を支配することこそが“万人共通の善”だって言ってたぞ!」
「力で万人の頂点に立った者の正義をみんなの善にすればいいって言ってたぞ!」
キヨとマサは興奮したように交互に言いながら、千影に激しく迫った。
千影は両手を上げて後退りした。
「それは、本当の強さじゃない!本当の強さというものは、力で、暴力で相手を屈服させることじゃない!……と、師匠は言ってました」
千影が最後の方を早口で言うと、キヨとマサはさらに詰め寄った。
「じゃあ、本当の強さってぇのは、いったいどういうモンなんだよ!」
「そ、それは……」
千影は脳細胞をフルに働かせて、数少ない頭の引き出しから、以前聞いた蛍の言葉を引きずり出した。
「百戦百勝は、善の善なるものにあらず。戦わずして、人の兵を屈するのは、善の善なるものなり!!!」
千影がそう叫ぶようにいうと、キヨとマサはポカンとしていた。
「何じゃそりゃ」
「こ、これは、たしか……孫子のありがた〜いお言葉です。
百回戦って百回勝利することは、最高に優れたものではない。
戦わないで敵を屈服させることが、一番優れたことであると言っているんです。
敵と真正面から戦えば、敵はもちろん、自分だって負傷して痛い思いをします。これでは、完璧な強さとは言えません。
本当の強さというものは、敵を傷つけず、また、自分も傷つかず、後にいざこざを残さずその場を切り抜け、勝利を勝ち取る。それが真の強さなのだ……と、師匠に教わりました。
忍術はまさしく、この孫子の言葉そのものです。
いざこざを生まないよう、巻き込まれないように使うものなんです。
戦うために使うものじゃない。
忍術を学ぶ前に、それだけは覚えておいて欲しいんです」
千影がこう言うと、キヨとマサはもちろん、他の五番隊の隊員たちも腕を組み、眉間にシワを寄せたまま黙り込んでいた。
「すべては、宇宙の道理を乱す、諸悪の根源である艮宮山の魔王を退治するため。
その目的以外で、不要な争いごとは避けるべきなんです。
必要のない争いごとはさらなる乱れを生みます。
乱れが生まれると、艮宮山の魔王を退治するどころではなくなってしまいます。
タコヤさんの目標は、銀狼の目標でもあります。
艮宮山の魔王退治をするためには、まず、銀狼が同じ目標を掲げ、一致団結すること。
そして、これを邪魔する他の勢力からの争いごとに巻き込まれないようにすること。
さらに、艮宮山の魔王退治に賛同する同志を募ること。
タコヤさんの目標を達成するために俺たちが今すべきことは、この三つに限られると思います!」
千影は興奮してあがった息を整えていると、キヨとマサがぼそりと呟いた。
「ニン、お前……くそカッケェな」
こうして、千影が主催する忍術勉強会が、第五番隊を中心に定期的に開催されることとなった。




