表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/101

第十四章 千影、捕まる②

 だが、第五番隊の実態はひどいものだった。

野良チンピラはともかく、喧嘩とは一切無縁のような普通の生徒まで制裁(カツアゲ)の対象になっていた。

そんな弱い者いじめをするかたわらで、万引き、シンナー遊びに耽る……。

まるで、卑小な自分を慰めるかのように、愚にもつかないことを行い、毎日を生きていた。

 この第五番隊の蛮行は、どうやらタコヤの耳までは届いていないようであった。第五番隊にとって“万人に共通する善”なんてものは、ただの建前であるようだった。


 この日も千影は、キヨとマサ率いる数名の五番隊のヤンキーたちと、昼間から学校をサボり、西町の外れにある小さな商店で酒やタバコをくすねようとしていた。


「オメェは外見張ってろ」


キヨが千影にそう言い捨てると、仲間を引き連れて店内へと入っていった。

千影は怯えながら辺りをキョロキョロ見渡した。

この“吉野商店”は、西町シャッター街の一番端っこにある、今にも倒壊しそうなほどボロボロの店であった。

店の入り口のくすんだガラスドアは開けっ放しにされていて、中をのぞくと、腰がすっかり折れ曲がり、黒い丸メガネが鼻のところまでずり落ちた老婆が眠そうに口をもぐもぐ動かしながら、奥の勘定台の座布団にちょこんと座っているのが見える。

千影はこの老婆の姿を見たとき、これからヤンキーたちがすることを考えると、胸を握りつぶされる思いがした。

千影は店の外と老婆の様子を交互に見張った。

老婆は穏やかな笑みをたたえて千影の落ち着きない姿をぼんやりと眺めている。

店先から店内へと視線を移すたび、老婆のつぶらな瞳と目が合う。


(一刻も早くこの場から逃げ出したい……)


千影は店外の周りに人がいないか見回すと、再び店内の様子を伺った。

老婆は相変わらず。

ヤンキーたちは、そんな老婆を尻目に、堂々と品定めをして商品棚からビール瓶やらチューハイの缶やらを悠長に麻袋へ詰め込んでいる。

その光景を見て千影は虫酸が走った。

その時であった。

遠くから何やら、がなり立てる声が聞こえてきた。

その声はくぐもっていて、言葉の端々にピーッという耳障りな電子音が鳴った。

どうやら、誰かが拡声器を通して怒鳴っているようだ。

千影は素早く店内へ視線を向けた。ヤンキーたちはまだ気が付いていないようだ。

キヨとマサが互いに違う種類の酒瓶を手にとって何やらもめている。

再び店外に顔を向けると、声がする方へ目をやった。


「ウソだろ……」


千影の心臓が凍りついた。


「そこのクソガキ!その場から動くなよ!!!」


ガタイのいいおまわりさんが、拡声器片手に体のサイズに不釣り合いな、小さい自転車を左右に揺らしながら漕いで激走してくるのが見えた。

千影は素早く店内へ目を向けた。

店の奥では、つい先ほどまで穏やかな表情をしていた老婆の顔が豹変していた。

干しぶどうのような瞳は、猫のように大きく開き、もごもご動かしていたしわしわの口元からは、ギラギラ光る金歯がズラリと覗いていた。

千影は全身を震わせながら声を張り上げた。


「おまわりがくるぞぉぉぉ!」


千影が叫んだ途端、ヤンキーたちは慌てふためき、大量の酒が入った袋をその場に放り投げると、店の前に駐めてあった改造スクーターに飛び乗った。


「ズラかるぞ!」


キヨとマサは同時に叫ぶと、各々の改造スクーターのエンジンを吹かせた。

千影もマサのスクーターの後部座席に飛び乗ると、マサの腹にガッチリと腕を回した。

マサが勢いよくアクセルを踏み込んだので、後輪が空回りをして砂煙をあげた。

千影は尻尾を巻いた猫のように縮こまって震えていた。

なかなかスクーターが前進できない。

そうこうしているうちに、砂煙の中から殺気をまとったおわまりさんが飛び出してきた。それと同時に、キヨとマサの改造スクーターは激しく蛇行しながら発車した。

聞いたことがないほどのエンジン音と激しい振動。

スクーターが今にもバラバラになってしまいそうだ。


「しつけぇな!もしかして、アイツは……」


マサは青ざめた顔でそう呟きながらバックミラーを見た。マサの背に顔を埋めていた千影は、おそるおそる後ろを振り返って見た。

拡声器を片手に自転車を漕ぐおまわりさんは、激走するスクーターをものともしない様子で、どんどん距離を詰めてくる。

自転車のタイヤからは煙が出て今にも発火しそうだ。


「ありゃ、西町交番の鬼殺しだぁぁぁ!!!」


キヨはそう叫びながら、先にある右の脇道へ入ろうと親指を立てて、後ろに続くマサに合図を送った。

そして、二台のスクーターが右に曲がろうとした時だった。

とつぜん、千影が乗るマサのスクーターがバン!という破裂音を轟かせ、千影とマサは宙に放り投げ出された。


「マサァァァー!」


そう叫んだキヨは勢いよく右に曲がったが、急ブレーキをかけたので、もう一人の同乗者とともに転倒した。

千影とマサは草が生い茂る野っ原に全身を打ちつけた。

その横にマサのスクーターが煙を上げて横たわっていた。

千影は全身に走る痛みとぼんやりした意識の中で、壊れたマサのスクーターを見つめた。

後輪に何か刺さっている。

それは、千影にとって見覚えのあるものであった。


(あれは……棒手裏剣……)


そう思った時、キキーっと自転車のブレーキ音が千影の両耳をつんざいた。

それと同時にゴムの焼ける臭いも漂ってきた。


「クッ、いってぇ……」


マサは頭を押さえながら上半身を自力で起こした。


「ニン、大丈夫か?」


マサはそう言いながら、千影に手を差し伸べようとした。

だが、その手は途中でピタリと止まり、目線は千影の背後で固まっていた。

千影もおそるおそる背後を振り返った。

そして、仰天した。


「オ、オニゴロシ……」


マサがそう言ったとたん、キヨがすっ飛んできた。


「おっ、俺たちは何も取っちゃいねぇよ!」


キヨはマサを素早く担ぎ上げると、まだ立ち上がれないでいる千影ひとり残して、そそくさと逃げていってしまった。

千影は呆然と逃げ去るヤンキーたちの後ろ姿を見ていた。

キヨに担がれ足を引きずり歩くマサは、時々うしろを振り向き、千影を気にするようであったが、逃げることに躊躇はしていないようであった。


「“取っていない”じゃなくて、“取れなかった”の間違いだろう。なぁ、千影よぉ」


千影は声の主へと目を向けた。


「湊さん……」


それは、“鬼殺し”と呼ばれる西町交番の巡査という表の顔を持つ伊賀組の頭、湊であった。


「諸悪の根源を成敗するための潜入なのに、お前自身が悪事に手を染めてどうする」


置き去りにされたボロボロのスクーターの後輪から手裏剣を引き抜きながら湊は言った。

千影は痛みに耐えつつ、言い訳をあれこれ必死に考えながら、ゆっくり起き上がった。


「あ、アイツらと一緒の行動を取らないと、仲間外れにされたり、不審がられたりするかもしれないから、そ、その、銀狼のリーダーを説得させるためにはやむを得なかったんです……」


千影がそういうと、湊は手裏剣を懐にしまいつつ、鋭い目つきで千影の顔を見た。


「忍務の最終目的は、宇宙の道理を乱す魔王の魂を討つのみ。その目的以外で、不要ないざこざは避けよ。必要のないいざこざはさらなる乱れを生むのみ。

蛍からそう習わなかったか?」


千影はしばらく俯いていたが、顔を上げて湊を睨み返した。


「……でも、やっと潜入できたばかりで、俺はまだ銀狼の中では一番下っ端中の下っ端なのに、もし先輩の指示に逆らえば、あっという間に仲間外れにされてしまいますよ!」


千影は反論と同情してほしい気持ちを同時に訴えるように言った。

しかし、湊の目線は相変わらず冷たかった。


「いかなる状況であれ、明らかな悪事に自分から手を染めるなど、けしからんことだ」


「じゃあ、いったい俺はどうすればいいんですか!」


千影は食ってかかるように言った。


「逃げろ」


湊は間髪入れずに言った。


「へ?」


「その仲間の悪い誘いから逃げろと言っているんだ。

不要ないざこざからは逃げなければならない。これは忍びの鉄則だ」


「逃げるって……いったいどうやって……」


「それはお前自身で考えろ。

お前はもう下忍として忍務についている。いい加減、学ぶだけの受け身姿勢から卒業しろ。

忍術の基本はすでに蛍から教わったはずだ。

その基本を生かして、今度はお前が自らあれこれ考え策を練るようにしなければならない。

甘えが通るのは下忍見習いまでだ」


湊は突き放すように言うと、改造スクーターの状態を調べながら、何やら手帳に殴り書いていた。

千影はまだまだ湊に言ってやりたいことが山ほどあったが、それをぐっと堪えて飲み込んだ。

飲み込んだと同時に、腹の底で湊に対する怒りと反抗心がじわじわ燃え始めた。

眉間にシワを寄せたまま、あぐらをかいて座り込む千影の肩を、湊は大きな掌でがっしりと掴んだ。


「とりあえず、今、俺は警察官という立場だ。

まぁ、今回は逮捕を見送るが、店の片付けと弁償はきっちりやってもらうからな」


そのあと、千影は湊と一緒に老婆の酒屋へ戻った。

そして、床に散乱した商品を棚に戻し、割れてしまったものは、代金を老婆へ支払った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ