第十四章 千影、捕まる①
銀狼は総勢百二十名。それに千影が加わり、百二十一名となった。
隊員は第一番から第五番隊に振り分けられ、第一から第三番隊には順に旧知のメンバーが、第四、第五番隊には主に新参者が当てられた。
千影は当然、一番下っ端の第五番隊に配属された。
所属人数も隊によって大きく異なる。
一番隊から三番隊まで、順に十、十二、十八名の少人数で構成されている。
一方、四番と五番隊は各々四十名と、大きく偏っていた。
第五番隊を仕切る隊長は、一卵性双生児のキヨとマサである。
この二人は、かつて千影を自殺の衝動へと駆り立てる原因をつくった、あのヤンキー二人組であった。
この二人を目の前にした時、千影は堪え難いほどの怒りと悲しみで身震いしたが、一方のキヨとマサは、まさか目の前にいる白髪ピアス男があの時の肥満男子だとは思いもしなかった。
ただ今、銀狼のアジトである大倉庫のど真ん中に千影はひとり、正座をさせられている。
緑色リーゼント頭のキヨが、赤黒く汚れた竹刀を肩に乗せながら、千影の目の前を右に左に歩き回った。
「いいか新入り!これからオメェに俺たち銀狼のことをわざわざ丁寧に教えてやっから、そのちっせぇどタマに叩き込めよ!」
「は、はい!」
千影は肩を強張らせながら返事をした。
すると、まるで分身の術のように、キヨの後ろから赤色リーゼントのマサが、角材を手のひらに打ち付けながら姿を現し、キヨと全く同じ声同じ口調で話し始めた。
「銀狼はなぁ、西町、いや、湯舟郷イチ最強といわれる無双集団だ!
みんな喧嘩に飢えた狂犬揃いなんよ」
すると、マサの後ろからキヨが出てきた。
「その中でもタコヤさんは別格だ。
昔、二百人ものツワモノが集まる敵陣営にたったひとりで突っ込んでいって、全員のしたっつう武勇伝がある」
キヨがそう言うと、すかさずマサが前に出た。
「ただデタラメに強いだけじゃねぇ。タコヤさんがべらぼうに強いのには訳がある。
タコヤさんには確固たる信念があるからだ」
マサがこういうと、キヨがマサを竹刀で横へ押しのけ前に出て仁王立ちした。
「万人に共通する善は、力ある者が作り上げるもの!」
キヨはまるで自分の言葉のように、鼻頭を親指でこすって言った。
「このタコヤさんの信念は、今では銀狼のポリシーになっている。だから、テメェもよく覚えておけよ!」
すると、今度はマサがキヨを角材でどかして前に出た。
「力を制するものはこの世を制する。
だから、この世を制するものは、この世の全ての善をも制するという意味だ。
この世のあらゆる決まりやなりゆきは、すべて力によって決まるということだ」
マサが角材の先を千影の鼻にまっすぐ向けて得意げにそう言うと、背後からキヨが負けじと顔を出した。
「この世において何が善いとか悪いとか、力あるものによって決まるってぇわけだな!」
キヨが興奮して竹刀を前に振り下ろそうとした時、千影は地べたに寝そべるほど仰け反っていた。
「え、じゃあ、つまり……」
千影が苦しそうに言いかけると、キヨの振り下ろした竹刀は千影の右頬かすめて床にバシンと着地した。
「まぁ、要するに、この世の全ては弱肉強食。力あるものがこの世のルールや仕組みを作り上げるってぇことだ」
千影は後ろにひっくり返ってしまった。
すると、キヨは今にも噛み付かんと言わんばかりに千影に顔を近づけた。
千影は小刻みに何度も頷いた。
「俺たち銀狼の最終目標はこの世を制することだ。
この世を制圧してこの世界の決まりごとやルールを俺たちが決めてやるんだ!」
キヨとマサがあまりにも非現実的なことをど真剣に熱く語るので、千影はめまいがした。
自分は今まさに“忍者”としてこのヤンキー集団の中に潜り込んで、現実離れしたガキ臭い与太話に付き合っているこの現状を考えると、気が滅入った。
そんな氷点下の世界から視線を送る千影にも構わず、マサは角材を床に打ち付け顔を紅潮させながら話を続けた。
「そのためにはまず、ここ湯舟郷全域を征服しなきゃならねぇ。
ここ湯舟郷西町には俺たち銀狼のほかに、め組と卑弥呼、東町には風魔とアゲハ、荒神があるのは当然知ってるよな?
これらの組の他に、どこの組にも属さない“野良”っつう、はぐれ者がそこら中にのさばってる。
ここで、まず、大きな組を征服する前に、この野良をひとつにまとめ上げる必要がある」
「そこで俺たち第五番隊の出番というわけだ。
俺たちの仕事は、主に西町に散らばっている野良を一匹一匹とっ捕まえては、そいつが好き勝手できないよう、銀狼の強さを知らしめるためにヤキを入れることだ。
もしも、そこでなかなか良い根性をみせた奴は、銀狼に引っこ抜くこともある」
キヨがそういうと、「そういったヘッドハンティングもしてるってぇわけだな!」と、マサが得意満面に言った。
「はぁ……」
もはや、千影は第五番隊の仕事内容より、先ほどからずっと正座をしていたせいで、足の指先が痺れてきていることの方にばかり気を取られていた。
「とにかくだ!これからオメェには、野放しで好き放題やっている野良犬どもに釘を刺す仕事を俺たちと一緒にしてもらう。わかったか?ニン!」
キヨとマサは、同時に千影の目の前まで顔を近づけて顎をしゃくらせ凄みを効かせながら、口調もタイミングもぴったり息を合わせて言った。
千影はピリピリ細かい痛みが無数に走る足に細心の注意を払いながら大きく頷いた。