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第一章 千影、忍者と出会う②

 それは、今から十一年前、千影がまだ五歳だった頃の話。


「実はなぁ、父ちゃんは忍者なんだ」


千影の父親はそう一言だけ残すと、荷物をまとめて家を出て行ってしまった。

一度も後ろを振り向くことなく去る父親の背中を見て、千影の母親は声を上げて泣き伏した。

だが、五歳の千影の目には、まるで映画のクライマックスを飾るヒーローの背中のように映った。


“僕の父ちゃんは忍者なんだ!”


千影にとって、父親はあこがれの存在であった。

千影は忍者の物語をたくさん読んだ。

突然現れたかと思うと、瞬く間に姿を消す。重力など物ともせず、壁や天井を縦横無尽に走り回り、巻物を口にくわえて呪文を唱えると動物や物に化ける。手裏剣や忍者刀を使って悪者と勇猛果敢に戦う。

物語の中の忍者はどれもカッコ良かった。そして、自分の父親がそんなかっこいい“忍者”であったのだ。

幼い千影は、忍者になりたい!と強く願った。

その夢は、小学校三年生の夏休みまでずっと抱き続けた。

そう、小学校三年生の夏休み明けにあった、父母参観のあの日までは。

 その日、千影のクラスでは国語の授業で、“私の家族”という題名の作文を参観で発表することになっていた。そして、千影は家族の話を自慢げに堂々とありのままに発表した。


【ぼくの父ちゃんは忍者です。そして、四年前にお家を出て行きました。

母ちゃんは、大事な忍者のお仕事があるからお家を出て行ったんだよと、ぼくに教えてくれました。

母ちゃんは怒ったら怖いけど、とっても泣き虫です。父ちゃんが出ていってから、毎日泣きながら、太陽とお月様に向かってお祈りしています。

だから、ぼくは決めました。将来、ぼくも父ちゃんみたいな立派でかっこいい忍者になって、母ちゃんを笑顔にしたいです。おわり】


そして、この作文を聞いた他の父母たちは皆、こう噂し合った。


「三年前に、藤林さんとこのご主人が、自分は忍者だって下手なウソを子どもについて蒸発して、それで気が触れた奥さんが、おかしな宗教にはまってしまったんですって!」


この勝手に改訂された千影の作文は、またたく間に他のクラスの親にも伝わった。

そして、この改訂文を聞きかじった小賢しい同級生たちは、千影をからかうようになった。


「お前の父ちゃん、忍者だってウソついて、本当は他所にオンナ作ってたんだろう?」


「お前の母ちゃん、父ちゃんがウワキしていなくなったから、頭がイかれちまったんだろう?」


「お前の父ちゃん、オンナつくってドロンして、母ちゃん頭がイカれちまった〜!」


当初、千影はどうして自分がからかわれているのか理解することができなかった。

だが、サンタクロースが実は父親だったことを知るように、変幻自在で、手裏剣や忍者刀を巧みに操り悪者と戦うかっこいい忍者は、この世に存在しないということを知ると、千影は、みんなの前であの作文を読んだことをひどく後悔し、恥じた。それと同時に、毎日しつこく浴びせられる同級生たちの心ない言葉で、自分の心やプライドはズタズタにされた。

 そして、小学三年生の冬、とうとう千影の堪忍袋の緒が切れた。

千影はあまりにも興奮していたので、その時の記憶はほとんど残っていなかったが、のちに耳をかすめたうわさ話によると、その暴れっぷりはすごいものだったらしい。

千影は教室内で、周りにあったイスやら机やらを手当たり次第投げ飛ばした。

千影がブチ切れたとたん、その場にいたクラスメイトは一斉に教室の外へ避難したので、けが人はひとりも出ず事なきを得たが、その後、緊急の保護者会が開かれた。

そして、その日から千影は、同級生たちからも、先生たちからも、問題児扱いをされるようになってしまった。

藤林千影は、気に食わないことがあるとすぐにキレて暴れる問題児で、その父親は蒸発、夫に逃げられた母親は、気が触れて変な宗教にはまったという噂話は、実しやかに学校全体に広まった。

 これがどうして、高校の入学式があった今日、千影が屋上で自殺しようとした元凶なのかという経緯は後ほど説明するとして……とにかく、こうして千影は、父親ともども忍者が大嫌いになってしまったのだ。

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