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あまり、生きていない(脚本)

作者: 山科晃一


登場人物表


 白上伸(30)

 白上ゆかり(54) 白上の母

 花木未祐(23)

 花木誠(26) 未祐の兄

 畑中桜(23)

 光吉(59)

 久吉(24)

 よし子(44)

 白鷺(44)

 佳代(45)

 ひかり(37)

 老婆

 面接官

 受付の人

 救急隊員A、B

 新婚夫婦

 その他


梗概


 実家の神戸から離れて一人暮らしをしている白上はフリーランスになったばかりの写真家。しかし、仕事がうまく回らず、生活費を払うのも苦しくなり母・ゆかりに頼る始末。白上は気力のない毎日を送る。ある日同じアパートの未祐が病気であることを知る。隣の民家に住む桜とも交流して、他人でもある未祐に差し入れを持っていくなど、看病を試みる。しかし、ある日突然未祐はいなくなる。オーナー曰く、入院したとのこと。見舞いに行く白上であったが、未祐は眠っており話もできずに帰ってくる。写真のPRの派遣の仕事で行っていた中古車屋から、新しく入荷した中古車が盗まれたせいで給料が払えないと連絡がくる。白鷺の営むバーでやけ酒をする白上は白鷺とも喧嘩して、記憶も朧げな状態で、いつの間にやら桜の家で眠っていた。その後、二人は交流をかわし身体の関係を持つ。

 ある日、未祐の兄・誠が未祐の部屋から家具などを引っ越しのために軽トラックで持ち出しにくる。駆けつけた白上と桜は誠を誘って三人で食事に出掛ける。途中、盗まれた光吉の中古車を目撃し、光吉自身が使用するのを目撃して追ってみるも途中でやめ、白鷺のバーに入店する。白鷺に住み込みで働かせて欲しいと頼む白上。誠のもとに未祐の病気が治ったとの連絡が入る。誠と別れて桜と二人きりになった白上は桜に彼氏がいることを伝えられる。二カ月後、白鷺のバーで働く白上のもとに神戸から訪れるゆかり。夫に浮気されたという。白上は笑いながら、未祐らしき後ろ姿を発見する。しかし、それでは未祐ではなかった。白上は夢ではないかと頬をつねる。



〇 アパート・全景

  赤い屋根。

  共通扉からスマフォで電話をしながら出てくる白上伸(30)。


〇 同・表

  郵便物が溢れ出ている102のポスト。

  白上、それを気にしながらも、電話をしながら202のポストを空ける。

  電話の相手の声は母・ゆかり(54)。

ゆかり「こっちだってコツコツ貯めたお金なんやから、そんな簡単に貸せるわけないやろ? あんたほんまに働く気あんの?」

白上「あるある。フリーランスってのは不安定やねん。今だけ耐えたら何とかなるわ」

ゆかり「あんたもええ年やねんから、ええ会社見つけて、ちょっとは貯金しーや」

白上「だからフリーランスやって」

  白上、ポストからハガキを手にする。

  ハガキ、住民税の督促状。

ゆかり「五万だけやで」

白上「六万」

ゆかり「(ため息)六万だけな」

白上「ごめん。早めに返すから」

  白上、電話を切る。

  白上、半袖半パンのスウェット、サンダル姿で陽射しを受けて朦朧とする。

  ポストの上に黒猫、毛繕いをしている。

白上「(欠伸をしながら)ええのお、お前は」


〇 スーパー・店内

  レジに並ぶ白上、手には出来合の焼きそばと餃子、牛乳。

  白上、カップ麺が並ぶコーナーでじっと商品を眺めている花木未祐(23)を見つける。

未祐、寝ぐせがついており、マスクをしている。

レジ店員の佳代(45)「どうぞ」

  白上、商品をドサッとレジテーブルに置く。

  レジ店員、バーコードを読み取っていく。

  白上、引き続き未祐の方を眺めている。

佳代「あの子、たまにきてはずっとあーなのよね」

白上「え?」

佳代「あの子よ、今あんた見てたでしょ」

白上「いや」

佳代「なあんだか怪しいからって最近、万引きG面雇っちゃうほどよ。そんなら私達の給料あげてくれた良いのに。袋は?」

白上「……あ、いや、はいお願いします」

佳代「五円かかるけど」

白上「あ、いや、じゃあ、大丈夫です」


〇 道

  両手一杯に焼きそばと餃子、牛乳を抱えて歩いている白上。

  道路脇でしゃがんで自転車のチェーンをガチャガチャと引っ張る老婆の姿。

  白上、見て見ぬフリで通り過ぎる。

  白上、引き返して老婆の元へ。

白上「外れてもうたんですか」

老婆「(見上げて強めの口調で)ああ?」

白上「……すいません」

老婆「(チェーンを見て)どうしたもんかねえ」

  白上、道路脇に焼きそばと餃子、牛乳を置いてチェーンに手をかける。

  白上、すぐにチェーンを直す。

老婆「ほおおお! 兄ちゃん、天才か」

白上「昔、自転車修理のアルバイトしていたもんで……(何かに気が付いて)あ」

  黒猫、餃子を加えて去っていく。

白上「お前! 覚えとけよ!」

  白上、黒猫の逃げていく方向に未祐の後ろ姿を見つける。

  未祐、咳をしながら少しおぼつかない足取り。


〇 細い道

  歩いていく未祐の後ろを追っていく白上。

  未祐、角で曲がる。

白上、怪訝そうに後を追う。


〇 赤い屋根のアパート・前

  共通扉に入っていく未祐。

  白上、隠れながら後を追う。


〇 同・一階・美佑の部屋・表

  扉に鍵を差す未祐。

  陰からそれを見ている白上。

  未祐、膝から崩れ落ちる。

  白上、飛び出す。

  未祐、立ち上がる。

  白上、再び隠れる。

  未祐、部屋に入っていく。

白上「……俺の下やん」


〇 同・二階・白上の部屋・内

  棚に数台の一眼レフと十本ほどのレンズが納められている。

脱ぎ捨てられた服、溜まったゴミ箱。

  窓際には小さなサボテン。

  机で焼きそばにがっつき、牛乳を箱のまま流し込む白上。

  白上、片手で野球のスマフォゲームをしている。

  スマフォ画面、三振するバッター。

  白上、ゲーム画面を切って、検索エンジンに『撮影 フリーランス』と入力する。

  スマフォ画面、「応募終了」が並ぶ。

  白上、スマフォを置く。

白上「フリーランス、フリーランス。なんも無いのフリーや」

     ×  ×  ×

  横向きになって眠っている白上。

  部屋は暗く、机の上には焼きそばの空箱。

  白上、目を覚まし気怠そうに起き上がる。

  白上、スマフォ画面を見る。

  スマフォ画面、20時12分。

白上「今日も終わりかい」

  誰かの咳が聴こえてくる。

  白上、床に耳をあてる。

  咳の声がハッキリと聞こえる。


〇 同・未祐の部屋・表(夜)

  扉前に立っている白上。

桜の声「彼氏さん……ですか?」

  白上、ビクッとして振り返ると両手にビニール袋をさげた畑中桜(23)。

白上「はああ、いや、二階の、人です……」

桜「あ、こんばんは……」

  桜、扉の前にドサッとビニール袋を置く。

  ビニール袋の中身、スポーツドリンクで一杯。

  桜、一目散に走って逃げていく。

白上「……?」

  白上、下がトランクス一枚な事に気が付く。

白上「まじで、俺」

  扉が開く音。

  白上、手で下を隠しながら(隠れないが)振り返る。

  未祐が顔を出している。

未祐「(扉前に置かれたスポーツドリンクを見て)あのこれ」

白上「あ、え? あ、それ、なんやろ?」

未祐「(咳をしながら)すいません……ありがとうございます……」

白上「あ、それは、お友達の」

  未祐、スポーツドリンクの袋を持ち上げようとするが持ち上がらない。

  白上、咄嗟に手伝おうと近付く。

未祐「あ、ダメ」

白上「?」

未祐「うつっちゃう」

白上「……」

  未祐、引きずるようにして玄関に取り込む。頭を軽く下げて素早く扉を閉める。

白上「……」


〇 白上の部屋(朝)

白上の声「はい、専門学校卒業後、撮影スタジオで3年働いて、独立って感じですね」

  白上、PC画面に向かって話している。

  PC画面、面接官の姿。

面接官「その撮影スタジオというのは、具体的にはどういう役割をされましたか?」

白上「あ、えーっと、助手が最初の2年で、3年目からはカメラマンとして―」


〇 白上の夢

  クッションの上で横になっている白上。

  机の上のスマフォが震える。

  白上、スマフォを手に取る。

白上「関西で震度7……」

  白上、ハッとして起き上がる。

  白上、ゆかりに電話をかける。

  つながらない。

  白上、立ち上がって呆然としたのち、バルコニーに出る。

  小鳥がチュンチュンと鳴いて、静かな街がそこにあるのみ。

  うっすらとテレビの音と未祐の咳が下から聞こえてくる。

テレビの音「ここ兵庫県では―」


〇 白上の夢・アパート・表

  階段をもうダッシュで降りてくる白上。

  白上、未祐の部屋のチャイムを鳴らす。

  未祐、咳をしながら、出てくる。

  白上、未祐の部屋の奥にあるテレビを観ようと首を伸ばす。

白上「すいません! 良いっすか」

  白上、強引に入っていく。

未祐「(咳をしながら)あ、ちょっと」


〇 白上の夢・未祐の部屋・内(朝)

  テレビ画面に釘付けの白上。

  テレビ画面は瓦礫になった民家の前で報道するアナウンサー。

アナウンサー「いつもは沢山の人で賑わうこの商店街も何とも無残な姿です。上を見ますと、アーケードは吊り下がっており、連絡通路は今にも落ちそうな不気味な雰囲気を―」

白上「これ、俺ん家の近くや!」

  白上、振り返ると未祐の姿がゆかりとなって、逼迫した表情で白上にしがみつこうと両手を広げる。

  (夢終わり)


〇 白上の部屋(朝)

  天井を見ている白上。

  床で振動しているスマフォ。

  白上、スマフォを素早くとって耳にあてる。

ゆかりの声「あんた、いい加減にしいや」

白上「え、何……?」

ゆかり「何やあらへんねん! カードの請求がこっちきとんねん。あんた、これ私に払わせる気か?」

白上「住所変更するわ」

ゆかり「そんなだらしない事しとったらほんま知らんで。あんた寝起きか? 面接はどうやったんや? ほんで免許の更新はしたんか?」

白上「もううるさいなあ! 俺、もう三十やで。そんな昔みたいに監視せんといてえや。うっとうしい!」

ゆかり「あほか。こっちの台詞や。監視させんな。はよ働け! 正社員以外何があるんや? フリーランスって何やの? あんたに一人で何ができるんや」

白上「写真やいうとるやろ。分かった分かった、日雇いでもして何でもやったるわいや。カードの請求もこっちで何とかやる。だから、もう電話してくんな。クソババア」

ゆかり「なんやて?―」

  白上、電話を切って電源を落とし、クッションに顔を埋める。

  やはり、床の下からひどい咳が聞こえる。

白上「うっせえな! どいつもこいつも!」

  咳が止む。

白上「(床に耳をあてて)……」


〇 運転免許試験場

  列にボーっとして並ぶ白上。

  白上、スマフォを取り出す。

  スマフォ画面、『この間はお時間いただきありがとうございました。お話をお聞きして早速ではございますが、トライヤルとして一つお願いしたい案件がございます』

白上「っしゃ」

後ろの人「進んでもらえます?」

白上「あ」


〇 スーパー(夜)

  寿司売場の前で物色している白上。

  白上、700円のパック寿司と1500円の豪華なパック寿司とを見比べる。

  白上、700円のパック寿司を手に取る。

  白上、戻して1500円のパック寿司を手に取る。

白上「祝いや祝い」

  レジで会計する白上。

  レジ店員の佳代、寿司を手に取る。

佳代「9時になったらシールつくよ。20パーオフの」

  白上、店内の時計を確認する。

  時計、19時過ぎ。

白上「いや、良いです。袋、お願いします」

佳代「……あらそう」


〇 同・表

  パック寿司の入ったスーパーの袋を手に出てくる白上。

  前から歩いてくるのは桜。

白上「(気が付いて)あ」

  桜、怪訝そうな顔で白上の下半身に視線を移す。

桜「……こんばんは」


〇 アパート・外の共有スペース(夜)

  ベンチに腰掛ける白上と桜。

  白上、パック寿司を食べている。

桜「そうなんですか。私も彼女とは友達ではなくて」

白上「え? そうなんですか?」

桜「私、(前方にある一軒家を指差しながら)そこの一軒家の者なんですが、未祐さん、家の前で倒れてて救急車呼んだんです」

白上「えっそうなんですか……」

桜「でも、次の日すぐにお礼に来てくださったんですが、咳が止まらない様子で、辛そうで。どうして入院できなかったんでしょう……」

  白上、隣に立っている未祐の姿に気が付いて呆然とする。

白上「買い物……ですか」

  白上の手元からビントロが落ちて、黒猫が攫っていく。

未祐「これ、何の病気なんでしょうね」

  未祐、咳き込む。

桜「あっ大丈夫? ……ですか」

  未祐、しゃがみこんで泣き出す。

  桜、未祐の元に寄り添い背中を擦る。

未祐「うつっちゃうかもよ!」

  桜、一瞬停止するも、未祐の背中を擦り続ける。

桜「私、できることならなんでもやります。だから遠慮なく言ってください」

白上「お、俺も! 俺、部屋真上だから、いつでも出動できるし」

  未祐、泣き止まず、咳が止まらなくなる。

桜「泣いちゃだめだよ」

白上「何、何買ってくる?」

未祐「……カップ麺が食べたい」

白上「よし」

未祐「でも食べれない。吐いちゃう」

白上「じゃあ御粥! 御粥は?」

未祐「カップ麺が良い」

白上「味は!」

未祐「(投げやりに)シーフード!」

白上「よし」

  白上、走ってその場を後にする。

桜「あ、ちょっと!」

  黒猫、ビントロを美味しそうに食べている。


〇 スーパー(夜)

  籠に十個ぐらいのカップ麺を詰め込む白上。

  白上、ふと思い立って財布を取り出す。

  残り三十円。

白上「うそやろ」


〇 アパート・未祐の部屋・表(夜)

  玄関から覗く未祐。

  その前に立つ桜。

桜「どこか本当に行く予定だったんなら私行きますよ。あの人なんかてんぱっちゃってるみたいだし」

未祐「(咳込みながら)いえ、ただ、外を歩きたくなっただけなんです。外を歩いて叫んでやりたかったんです。でも聞いてもらって今夜は眠れそうです」

桜「あんまり話さないで」

  未祐、おやすみのポーズ。

  桜、真似て返す。

  扉、閉まる。

  駆けつけてくる白上。

  白上、手にいっぱいのカップ麺。

白上「またカード切ってもうた。あの子は?」

桜「帰ったよ」

白上「ええせっかく」

桜「食べれないって言ってたじゃん」

白上「ええええせっかく」

桜「私も帰るね」

白上「はい。おやすみなさい」

  すれ違う桜。

白上「あ、そういえば名前は?」

桜「桜」

白上「あ、はい」


〇 中古車屋

  並んだ車の写真を一枚、一枚一眼レフで写真を撮る白上。

  それを満足気に見ている小太りの店員・光吉(59)。

光吉「良いカメラですなあ」

白上「これも中古です。ええ車ですね」

光吉「兄ちゃん関西弁か。せやろう? 中古車っていうのは人のオーラが宿りますからね。本当はそういう家族の歴史みたいな匂いがプンプンする車が良いと思うんだけど、そうはいかないからね。いかに新しく見せるか。商売っていうのはいかに相手を騙すかなんですよ。お兄さんのカメラだってそうでしょう?」

  白上、持っているカメラを見つめる。

  カメラ、フード部分が欠けている。

光吉「私のこと、大いに騙してください」


〇 白上の部屋

  床にうつ伏せで昼寝をしている白上。

  PC画面、写真データの取り込み中。

  扉を何度も叩く音。

白上「へ?」


〇 同・前

  扉を開く白上。

  そこには桜の姿。

桜「大変! 返事がないの!」


〇 同・階段

  急いで降りていく白上と桜。

桜「名前なんだっけ!」

白上「白上!」

桜「ごめん、名前知らなかったから扉叩くしかなくって」

白上「全然!」


〇 未祐の部屋・前

  扉に耳をあてる白上。

  扉の前にはスポーツドリンクの入った袋。

桜「差し入れ持ってきたんだけど、何回叩いても返事がなくて」

大家のよし子の声「入院したよ」

白上「!」

桜「入院って」

  マスク姿のよし子(44)、合鍵で鍵を空けて扉を開く。

よし子「(中を見て)まあ、こりゃ大変だ。あんたらも手伝うんならマスクした方が良いよ」


〇 同・中

  散らかった幾本ものペットボトル、飲み薬の殻、病院の領収書、衣服。

  片付けていく桜とよし子。

桜「白上君も手伝ってよ」

  遠慮深そうに入口付近で立っているマスク姿の白上。

白上「一応、女の子の部屋やし」

よし子「ほな、これっ」

  よし子、白上に眼鏡ケースを投げ渡す。

白上「投げる?」

よし子「病院で本読みたいから、眼鏡だけできれば郵送してくれって言われたのよ。それが私の仕事。片付けはサービス」

白上「俺が行くん? ……俺が行くか」


〇 総合病院・窓口

  受付で面会札を受け取る白上。

受付の人「何の病気かは分かりません。けれど、ウイルス性の可能性が高いと思われます。だから、面会はなるべく距離をとって、それから消毒の方を忘れずに5分以内でお願いします。」

白上「5分以内? ……っていうか受付の人がなんで病気の内容まで知ってんすか」

受付の人「推測です。最近多いんです……彼女さんのように倒れて入院される方。もしかしたら、彼女さんもそうかもしれないと思いまして」

白上「彼女ではないんですが……そんな流行ってるなんて聞いたことないですよ」

受付の人「ええ。ただニュースにはなっていないだけで」


〇 同・病室

  窓からの風に白いカーテンが揺らめき、観葉植物が揺れている。

  おそるおそる入って来る白上。

白上「眼鏡……持ってきたで」

  返事はない。

  ゆっくりカーテンを開く白上。

  ベッドで心地よさげに眠っている未祐の姿。

  テーブルにそっと眼鏡を置く白上。

  そこへやってくる看護師のひかり(37)。

  ひかり、手には採血のセット。

白上「(小声で)何の病気なんすか」

ひかり「どちら様ですか?」

白上「二階の者で……」

ひかり「二階」

白上「あ、いや、彼女はただご近所さんで」

ひかり「そうですか、じゃあそこどいてください」

白上「何の病気なんですか?」

ひかり「それを知るためにこれするんでしょうが」


〇 白上の夢・病院・表

  病院から出て来る白上。

  白上、救急車から運び出される患者をみている。

  そこへ、もう一台入って来る救急車。

  白上、轢かれそうになって脇に逃げる。

白上「なんや?」

  白上の目の前に、救急車が迫ってくる。

  (夢終わり)


〇 桜の部屋(朝)

  目を覚ます白上。

  白上、床に耳を当ててみる。

  白上の家のキッチンの方から玉ねぎを切る音。

  白上、慌ててキッチンの方を見る。

  桜、キッチンで料理をしている。

桜「あ、起きた。辛口が良い? 甘口が良い? カレー」

白上「辛口……えっ(状況が把握できない)」

  白上、桜に近付く。

白上「夢か?」

桜「何、じろじろ見てんのよ」

  白上、桜に触れようとする。

  桜、その手をはじく。

  白上、鼻をクンクンする。

  鍋には美味しそうなカレー。

  白上、腰を抜かす。

白上「なんで? なんでおるん?」

桜「何? 寝ぼけてんの?」

  白上、辺りを見回すとぬいぐるみ、ピアノ、ピンク色のカーテン。

桜「ベロベロで帰ってきたんだから大家さんも私も大変だったんだからね」

  白上、徐に頬をさすり腫れていることに気が付く。

白上「いてっ」


〇 白上の回想・病院・表

  病院から出て来る白上。

  白上、救急車から担架に乗せられて運び出される患者をみている。

  その患者、よく見れば佳代だ。

白上「スーパーの!」

  白上、近づく。

救急隊員A「近づかないでください!」

白上「どうされたんですか? あの人」

救急隊員B「離れててください!」


〇 同・道(夕)

  道をトボトボと歩く白上。

  白上、スマフォを見ている。

  スマフォの内容「うちの新しい中古車が三台盗難にあいまして、かなりの経営に陥っています。写真の件のお支払いなんですが、もう二カ月ほど待っていただけませんか?」

  白上、スマフォをポケットにしまう。


〇 バー(夜) 

  照明を反射させるステンドグラスの窓が印象的な雰囲気。 

  レモンチューハイをグビグビと飲む白上。

  バーのマスター・白鷺(44)。

白上「ざまあみあがれ。俺は社会不適合者じゃ。不適合者なら不適合者らしく、やってやるわい」

白鷺「やるって何を?」

白上「(突っ伏して)あー、もう分からん。俺は生きる欲望がない。死にたくもない」

白鷺「酒飲んで叫びに来るぐらいなんだから、十分、欲望はあると思うケドね」

白上「東京弁きもい!」

白鷺「あら、そう。私には関西弁の方が抑圧的で偉そうに聞こえて耐えられないけど」

白上「ここ家賃なんぼなん?」

白鷺「月十五万ってとこね。結局二階は寝るだけだからもったいないわ。あんたにでも借りてもらえたらね」

白上「オカマと一緒なんか嫌やし」

  白鷺、笑いながら白上の胸倉を掴んで殴る。

白鷺「珍しいねえ、今時、オカマなんていう子」

  白上、椅子から転げ落ちて床でもがく。

白鷺、カウンターから飛び出してきて、白上に馬乗りになる。

白上「いってえなあ。おかまのクセに力強いねん。オカマやからか」

白鷺「もう一発私に殴らせてくれたら、あと二杯はサービスしてあげるけど」

白上「なんでなん? なんで殴るん? オカマ言うただけやで。殴られるほどじゃないやろ」

白鷺「怒ってないわよ。ただ、あんたが可愛くてしょうがない」

白上「そんなん」

  白鷺、振りかぶる。

  (回想終わり)


〇 桜の部屋(朝)

  白い机でカレーを食べる白上と桜。

白上「(頬をさすりながら)夢なんか何なのか」

桜「冷やす?」

白上「ん?」

桜「顔」

白上「ああ、良い、これも夢かもしれんし」

  桜、白上の腫れた頬に触れようと手を伸ばす。

  白上、慌ててその手をはたく。

桜「夢なら痛くないよねー。全く、だらしな

い夫みたい。どこほっつき歩いてぶつけてきたのよ。それより、未祐さんには会えたの? 眼鏡は渡せたの?」

白上「……ああ、会った会った。けど、寝てたから置いてきただけ」

桜「何の病気だったの?」

白上「知らん。俺だって気になるわ。ウイルス性らしいとか受付の人は言っとったけど。そやったら、俺もかかってるかもしれんな。君も」

桜「私はウイルスなんて信じてないから。今まで一回もかかったことないし。インフルエンザも、マイコプラズマも」

白上「その割には、よーそんなマイコなんちゃらいう名前覚えとんな」

桜「マイコプラズマ。適当に人間が付けた名前ね。カレー食べたら帰ってね」

白上「何? 急に怖なったんちゃうん?」

桜「違うよ。逆に帰らないでどうするのよ」

白上「仕事何しとん?」

桜「どうして?」

白上「いや、俺も君も、お互いの事何も知らんやん。カレー食ってるだけで。知らん同士で。普通、逆やろ」

桜「まあ、そうよね」

白上「で、何の仕事しとん? ってか名前なんやっけ」

桜「桜やーいうとるやろ。君って呼ぶのやめてよ。何か、変。一緒に部屋にいる人にそんな呼び方されるの違和感や」

白上「関西弁」

  黒猫、窓から入って来てウロウロする。

白上「あ、出たな」

桜「おいで。バットマン」

白上「? バットマン?」

  桜、黒猫を抱えて、

桜「黒いからバットマン」

白上「君んちの猫?」

桜「(首を横に振って)この時間は遊びにくる

のよね。君って呼ぶなよねーバットマン」

白上「連絡先教えて」

桜「ん?」

白上「あ、いや、カレーうまいな」

  桜に完全に身を任せている黒猫。


〇 同・表

  玄関で手を振る桜。

  眠そうに振り返す白上。


〇 アパート・表

  自分のポストから数枚のハガキの束を取り出す白上。

  未祐の部屋の扉の前に立つ白上。

  扉に耳をあてる白上。

白上「おるわけないか」


〇 白上の部屋・内

  脱ぎ散らかした衣服やスナック菓子の袋、畳まれていない敷布団。

  白上、入って来てハガキの束をゴミ箱に放り込んで水道の蛇口を捻る。

  水が出ない。

  白上、ゴミ袋からハガキを一枚取り出す。

  ハガキ、〈水道料金未納のため、ご使用停止させていただきます〉。

白上、さらにもう一枚ハガキを抜き出す。

ハガキ、〈ガス料金未納のため、ご使用を停止させていただきます〉

白上、コンロを捻ってみるが何も起こらない。

白上、ハガキを全部取り出して中身を確認し、再び戻す。

白上、おそるおそるキッチンの電気スイッチに手を伸ばす。

キッチンが明るくなる。

白上「電気だけか」

白上、敷布団の上にドサッと腰掛け虚ろな様子で腫れた頬をさすっている。

  白上、テレビをつける。

 テレビ画面、高速道路を突っ走る三台の車とそれを追うパトカー数台。

アナウンサーの声「犯人は南に向かって逃走中です。まるで、映画のワンシーンを観ているようです!」

  唖然とする白上。

  白上、スマフォを取り出して光吉に電話をかける。

白上「あ、光吉さんは」


〇 中古車屋・事務室

  固定電話を耳に当てている光吉の息子・久吉(24)。

久吉「あー親父なら風呂行きましたけど」


〇 白上の部屋・内

白上「君、息子さんか。テレビみてないんか?」

  以降カットバック。

久吉「見てますよ。よく走りますね。燃費っ悪いはずなのに」

白上「はあ? なんでそんな呑気な。親父さんは知ってんのか?」

久吉「さあね。ってかあなた誰ですか」

白上「白上です。この前お宅の中古車の広告写真撮らして頂いた者です。新車が盗まれて、いや、新しい中古車が盗まれて経営難だから支払いは待って欲しいって言われたんですよ。その車が今―」

久吉「全然払いますよ」

白上「え」

久吉「銀行名と口座番号教えてもらえます?」


〇 スーパー(夜)

  寿司コーナーの前に立つ白上、あくびをする。

  フラッシュ―「担架で運ばれていく佳代」

  白上、レジの方に目をやる。

  そこには若い店員がレジ打ちをしている。

  よく見ると、桜だ。


〇 同・レジ(夜)

  いなりと牛乳のバーコードを読み取る桜。

桜「よく会うね」

白上「こんなとこで働いとったん?」

桜「こんなとこって。先週やっと求人募集が出たのよ。ここのスーパーですっと働きたかったの」

白上「ここでレジ打ってた人、病気なったんか?」

桜「……ああ、佳代さん……」

白上「まだ戻ってきてへんのやろ?」

桜「亡くなったみたいで」

白上「亡くなった? なんか重い病気やったん?」

桜「そこまでは私も。雇われる前の事だし顔も見た事もないわ。でも、どうして知ってるの?」

白上「未祐のお見舞い行ったとき、丁度救急車で運ばれとったんや」

桜「袋は?」

白上「いや、良い」


〇 白上の部屋・内(夜)

  二リットル紙パックの牛乳を勢いよく飲みながらスマフォでゆかりと電話している白上。

白上「次は結婚式の撮影。うん、でも今はまあきついなあ」

ゆかり「こっちはこっちで大変やで。お父さん足に包丁落として大出血して、病院で十三針も縫ったんやから」

白上「まじ? 大丈夫なん?」

ゆかり「大丈夫やけど、病院代もかさむし、お姉ちゃんももうすぐ子供産まれるやろ。包むもん包まんとあかんし、もうあんたに送る金はあらへんで。むしろはよ返してもらわなかなわんわ」

白上「分かってるってえ」

ゆかり「いつまでも親が生きてる思うとったら勘違いやからな」

白上「だから、ちゃうやん、電話したのはな」

ゆかり「なんやの」

白上「そっち俺住む場所ないかな思て。ほら昔の子供部屋に使ってたところあるやろ。そこでエエから、ちょっと居候させてくれへんかな。こっちおったらなんぼ金稼いでも全部家賃に吸い取られんねん」

ゆかり「呆れた。ウチ捨てて東京に夢叶えにいく言って行ったんあんたやろ? それを何を今さら。仕事なんか写真にこだわらんかったらなんぼでもあるんやないの。何やほんま。情けない男やのお」

白上「情けなくても何でもええから。ほんで、ええの?」

ゆかり「あかんに決まっとるやろ。もう子供部屋は父さんの物置部屋なっとんねん。そんなお願いするなら綺麗なお嫁さんでも連れてきたら考えたるわ」

  白上、ため息をつく。

ゆかり「父さんみたいなため息つくな!」

白上「知らんわ。親子やもん。だいたい置いてんの」


〇 実景(夜)

  月にうっすらと雲がかかる。


〇 白上の部屋・内(夜)

  PCで中古車写真の色調整をしながら電話をする白上。

ゆかり「最近よーけ、非常食やら水やら買い込んでくんのよ。地震の夢見るんやて。もう二十年以上経つのになあ」

白上「俺も見るわそれ。 長田の商店街崩れたやろ。あのニュース映像がまだ夢でな」

ゆかり「せやかて、あんた五歳とかやろ。ほんまに覚えとんかいな」

白上「覚えてるわ。でも長田のそれだけぐらいか」

ゆかり「水道も電気も止められて、あんたん家だけ地震起こったみたいやな(苦笑)」

白上「水道とガスや。電気はまだや。わろてる場合か。まあええわ、どうせ保証人は父さんになってるんや。俺の事助けんかったら、そっちに連絡行くんやろな」

ゆかり「なんで、そんな投げやりやの。なおさらあんたの顔なんて見たくないわ」

白上「クソババアになった母さんも見たくないわ」


〇 道(深夜)

  老婆、黒猫に缶詰の餌を与えている。


〇 白上の部屋(深夜)

  布団で目を覚ます白上。

  白上、立ち上がって向かいの桜の家を見る。

  二階の桜の部屋の電気がついている。


〇 同・バルコニー(深夜)

  白上、スマフォを取り出して桜に「まだ起きてんの?」と桜にメッセージを送る。

  桜、バルコニーに出てくる。

  桜、あくびをしながらこっちを見つめる。

  

〇 スーパー・前(深夜)

  小さなコンクリートの塀の上にカップラーメンを啜る桜と白上。

桜「在庫泥棒」

白上「捕まんで」

桜「こういうのもやってみたかったの」

  桜、白上の頬に触れる。

白上「いった」

  白上、小突き返す。

桜「まだ痛いの?」

白上「痛いわ」

  桜、また触れようとするフリ。

  白上、慌ててかわし、手に持っていたラーメンの汁がシャツに飛び散る。

白上「あっつ、お前」

  

〇 白上の部屋(深夜)

  白上のカメラをいじっている桜。

  白上、上裸でTシャツについた汁をペットボトルの水で洗っている。

桜「高そう。売ればいいじゃん」

白上「ああ? (振り返って)商売道具や、言うとるやろ。レンズ触んなよ」

桜「フリ?」

白上「ちゃうわ。あー、全然とれん、何でお前ん家あかんの?」

桜「だからお母さん寝てるからって。男つれてきたのバレたら面倒なの」

  桜、白上にカメラを向けて一枚撮ろうとする。

  その瞬間、バチッと電気が落ちて暗闇になる。

白上「あー終わったー。もう何もかも終わった」

桜「白上君。どこ? ひゃっ」

  二人身体が触れ合う。

  手をとりあって徐々に互いの姿を認識していく。

  白上、キスしようとする。

  桜、後ろにのけぞってかわす。

白上「人がな食べたくても食べられんもんくって俺めっちゃうまいと思ってもうた。たかがカップラーメン。めっちゃうまかった」

  白上、強引にキスをする。

  桜、許してしまう。

桜「どっちかがウイルス持ってたらどっちもアウトだね」

白上「この際なんでもええねや」

  白上、桜を敷布団の上に押し倒す。

白上「名前なんやっけ」

桜「桜!」


〇 中古車屋・事務室・表(朝)

  白上に封筒を渡す久吉。

久吉「口座番号教えてくれたら、振り込んだのに」

白上「お父さんは?」

久吉「(指さして)向こうの銭湯ですけど」

白上「また?」

久吉「何歳ですか? お兄さん、同じぐらいな気がする」

白上「もう三十や」

久吉「六つ上か。意外と年上だった」

白上「そんなんええんやけど、ほんまに大丈夫なんか? これ貰って」

久吉「契約違反はこっちですから。それに潰れたら良いんです。こんな店。引き継げうるさいんですよ。車なんてもう流行らんでしょ」

  白上、久吉に封筒を返す。

白上「なんや、俺、君の父さんは何か好きやねん。頼むわ、ここは潰さんといて」

久吉「たったこれっぽっち」


〇 結婚式場

  バージンロードを歩く新婚夫婦。

  夫婦の前方に回って写真を撮るスーツ姿の白上。

  動画カメラマン、白上の前のめりになった身体を掴んで、

動画カメラマン「前入ってこないでよ」

白上「すんません」


〇 電車内(夕)

  白上、スーツのボタンを外し、ネクタイを荒っぽく取り外して、胸ポケットの内側に丸めて収納する。

  夕陽が白上の顔を妙に照らしている。

  白上、疲れた表情。

  

〇 アパート・前(夕)

  一台の軽トラックが止まっている。

  トボトボ歩いてくる白上。

  未祐の部屋に入っていく巨漢の男の後ろ姿。

  白上、怪しむ表情。


〇 未祐の部屋・内(夕)

  段ボールに未祐の衣服を詰めていく巨漢の男は未祐の兄・花木誠(26)。

  それを庭の方から隠れて伺っている白上。


〇 アパート・表(夕)

  軽トラに段ボールを積んでいく誠。

  それを陰で見ている白木。

  誠、軽トラの上に載って段ボールの位置を整理する。

  段ボールがトラックから一つ落ちる。

  白木、段ボールを拾って誠に渡す。

誠「すいません」

白木「あ、いえ、未祐さんどうかしたんですか?」

誠「あなたは?」

白木「あ、未祐さんの上の部屋の者でして……」

  誠、軽やかにトラックを降りてきて白木の前に立ちはだかる。

白木「(誠の迫力に)……」

  ペコリと頭を下げる誠。

誠「未祐がお世話かけました。僕、未祐の兄の誠と申します。未祐から話は聞いてます。スポーツドリンク買ってきてくれたり、眼鏡届けにきてくれたりと、ほんとありがとうございます」

白木「いえいえ、それより、未祐さんなん大丈夫ですか? ここは出ていかれるんですか?」

誠「はい。症状が落ち着かなくて、血液検査もしてもらったんですが、白血球の数値が基準値よりも大幅に少なっているということぐらいしか分かりませんでね。ただ、ウイルス性でも無いとの事でしたので、しばらくは実家のある神奈川の方で療養することになったんです」

白木「そうですか……」

  そこへ駆けつけて来る桜。

桜「ずっと上からみてたんだけど、気になっちゃって……(誠に軽く頭を下げる)」

白木「(誠に)あ、僕の……いや、えーっと、あ、隣人です。(桜の民家を指さして)そこの家の子です」

誠「ああ桜さんですね。(深々と頭を下げて)未祐が大変お世話になりました」

白木「(桜に)未祐のお兄さん」

桜「……あ(白木に頭を下げる)」

白木「(桜に)実家で療養やねんて」

桜「そう……何か大きな病気だったの? ……(誠の方をチラッと見て)あ、ごめんなさい……」

誠「いえ、原因不明でして、白血球の値が―」

白木「あの、軽く飯でもどうですか」

誠「飯……ですか」

白木「急ぎですか?」

誠「いえ、でもトラックが」

白木「(軽トラの方を見て)ちょっと離れたとこ行けばうまいもん食えるんですけど……」


〇 軽トラ・前席(夜)

  運転している誠、助手席に桜。

誠「あの子は高校から大学までは柔道部だったんですよ。所謂、体育会系で身体も丈夫だったんだです。だから余計不安なんでしょうね」

桜「そうなんですか。全然柔道部には見えませんね」

誠「当時は今より二倍は太ってましたね。体重をキープするためにってカップ麺を毎日寝る前に食べるんですよ。僕にはただ食べたいだけに見えましたが」

桜「だから―」

誠「だから?」

桜「あ、いえ……でもものが食べられないってつらいですね」

誠「まあねえ。塩分は控えなきゃいけないみたいで」

桜「良いお兄さんですね」

誠「いえ、家族っぽいことしてるだけです。うちは父さんもすぐ死んで、母さん一人なんです。じゃあ、助けなきゃっていうのが長男の役割というか、家族っぽいことなんです」

桜「家族っぽい」

誠「家族って、結局他人だと思うんですよ。僕は。だから家族っぽいことをして、なんとか家族であろうとしてるんだと思うんです。家族って」

桜「はあ」

誠「ところで、桜さんは白上さんとはお付き合いされてるんですか?」

桜「い、いえ、ただの隣人です……」

誠「隣人! 隣人……」


〇 車道(夜)

はしる誠の軽トラック。

  荷台はブルーシートでしっかり括られている。


〇 同・ブルーシートの中(夜)

  段ボールの隙間に寝転がっている白上。

  白上、ブルーシートの隙間から顔を出して、風に靡かれる。

白上「最高。やってみたかってん」

  白上、ふと、ガソリンスタンドに見覚えのある中古車が止まっている。

  ガソリンを入れる男の後ろ姿。

  見覚えのあるバックミラーの破損。

  盗まれた中古車の一台の白いアウディーだ。

  白上、スマフォを取り出す。


〇 同・前席(夜)

桜「(スマフォを見ながら)すいません。止めてください」


〇 ガソリンスタンド(夜)

  ガソリンを入れている男の後ろ姿。

  そこへやってくる未祐、白上。

白上「……あの」

  男、振り返ると光吉だ。

白上「中古屋さん?」

光吉「やあ、こんなところで会うとは」

白上「(車の方へ視線を移して)それ」

未祐「ニュースに出てたの?」

光吉「ああ、河川敷に乗り捨てられとったんよ」

  光吉、給油ポンプをしまう。

  と、逃げるように運転席に乗って車を発進させる光吉。

白上「どうして!」

  白上、未祐の手を引いて路駐している軽トラックの方に駆け出す。


〇 軽トラック・前席(夜)

  運転する誠と助手席には白上。

  信号待ち。

  数台先には白いアウディー。

誠「けど、追い付いたところでどうされるんですか?」

白上「逃げるから追う。それだけです」

誠「ウチのこれじゃあ、向こうに本気出されたら追い付けませんよ。アウディなんて」

白上「俺は、いつもこの世界からおいてけぼりな気がしますんです。何や、関係ないことに首突っ込んで、せめてもの世界への復讐なんです」

誠「復讐、ですか」

白上「いや、なんか自分て言うといて違和感ありますね。孤独なんすわ。俺なんてもう誰にも必要とされてないんすわ。そんな感じで、妹さん助けることが俺の勝手な使命みたいに、まだ俺が生きてる意味無理矢理見つけようとしてんすわ。しょーもない人間ですよ」

  信号が青になり、アクセルを踏む誠。

誠「そんな事ありませんよ」

  白上、スマフォを取り出して操作する。

白上「俺は何しとんやろ」

誠「何してるか分からない人に付き添う僕だって何してるんでしょうね」

白上「今、告白しました」

誠「告白」


〇 同・ブルーシート内(夜)

  段ボールに囲まれながらスマフォ画面を眺めている桜。

  桜、フッと笑う。

  スマフォ画面、白上から「好きだ」とメッセージが来ている。

桜「ばか」


〇 同・前席(夜)

  運転席で窓を開ける誠。

  風が入って、白上の髪が靡く。

  アウディが先の交差点で右に曲がっていく。

白上「まっすぐ行きましょ」

誠「え、良いんですか?」

白上「腹減りましたよね」

誠「腹は減りましたけど」

白上「空腹は俺のもんですから」

誠「泣いてますか?」

白上「泣いてへんわ」

  白上、涙を拭う。


〇 バー(夜)

  白木に馬乗りになっている白鷺。

白鷺「今さらそんなちっこい頭下げて何お願いするか思えば、ここで働かせてください? 住ませてください? あんたは神隠しでもあったんかね」

白上「提案したのはマスターやんか」

白鷺「もちろんいいわよお。その代り、おかま言うごとにあんたの顔面は一センチずつ大きくなっていくわよ。私はバケモン、結構結構。でもね、こうやって小さいバーやってんのは、何も社会から疎外されたわけじゃないからね。ここが中心なのよ」

白上「誰も何も言ってませんやん。暴力はやめてくださいよ。女らしくないっすよ」

  カウンターで並ぶ誠と桜。

  その様子を炒飯をかきこみながら見ている誠とホットワインを片手に持つ桜。

誠「オッケーされたんですか?」

桜「オッケー?」

誠「彼の想いは」

桜「ああ。いやよ。あんな生活力のない男」

誠「ふっちゃったんですか?」

桜「まだ返事してない」

誠「そうですか」

桜「私海外に彼氏いるんです」

誠「海外?」

桜「はい。留学中に出逢った彼氏なんです」

誠「お国は?」

桜「キプロスです」

誠「キプロス? はー」

桜「……(白上の方を見ながら)あの人見てると、なんか気になっちゃうんです。傷ついた野良猫みたいで」

  誠、スマフォに着信。

誠「あちょっと」

  誠、そそくさと席を外す。

白上「力強いねん! オカマ! オカマがここにおるぞーっ!」

白鷺「おう! ここにおるんじゃあ! ここにおって何が悪い!」

  白鷺、白上と取っ組み合いになっている。

  桜、ワインに口をつけてトロンとなる。

  戻って来る誠。

誠「治ったらしいです。熱も咳も無くなったみたいで」

桜「え、本当? 未祐さん?」

  取っ組み合いをやめる白上。

  コクリを頷く誠。

白上「じゃあまた戻ってくんの?」

誠「いえ、もう退去手続きは済んでますので……」

白上「……そう」


〇 アパート・表(夜)

  止まっている軽トラック。

  向き合う誠と白上、桜。

桜「ごめんなさいね、お酒飲めないのに。運転だけしてもらって」

誠「いえ、とにかく楽しかったです。それから改めて、未祐のことありがとうございました」

白上「……未祐さんによろしくです、あ、いや、治って良かったと伝えておいてください」

誠「わかりました。じゃあ。僕はこれで」

  運転席に乗る誠。

  去っていく軽トラ。

桜「私、彼氏いるのよ」

白上「……そうか」

桜「もう会わないことにしましょ……なんて無理か。お隣だし」

白上「いや、俺は結局白鷺さんとこで住み込みで働かせてもらうことになった」

桜「引き払うの? 今のとこ」

白上「うん」

桜「そう」

白上「彼氏って本当に?」

桜「本当よ」

白上「まあええや。飲みに来てや。いつでも」

桜「うん。飲んだ後にまた飲む話はしたくないけど。眠た」

  白上と桜の前を横切る黒猫。

桜「あ、バットマン」

白上「普段何しとんやろ。猫って」

桜「さあ……」

白上「帰るか」

桜「そうね」

白上「じゃあ」

桜「うんじゃね」

  二人、逆方向に分かれていく。

  白上、立ち止まって振り返る。

  桜、家の中に入っていく。

  白上、自分の部屋を見上げる。

  真っ暗だ。


〇 バー(夜)

  T―「二カ月後」

  テレビからニュース映像が流れている。

  ビールサーバーを洗浄する白上。

  そこへやってくる白鷺。

白鷺「一名、十時だって」

白上「えーっ? 十時閉店とちゃうんすか」

白鷺「(フッと笑って)特別なお客さんよ」

  白上、怪訝な表情。

  白上、テレビを観てハッとなる。

  テレビ、手錠をはめられた光吉の姿。

白鷺「商売繁盛のための自作自演だったなんて、なかなかやるわねあの店主」

白上「(驚愕)」

  ガラガラっと引き戸の開く音。

白鷺「あら、いらっしゃいませ」

客の声「どうも遅くにすいません。東京って結構遠いのね」

白鷺「お疲れ様です。どうぞこちらへ」

白上「(テレビが気になりながらも)いらっしゃ―(客の顔を見てさらに驚愕)母さん!」

  客はゆかりだ。

ゆかり「こないなお洒落なとこで働かせてもうて。(白鷺に)ほんとにありがとうございます」

白鷺「いえ、うちも一人じゃきついんで助かってますよ。何飲みます?」

ゆかり「焼酎あります?」

白鷺「アツカンで良いかしら?」

ゆかり「はい」

  カウンターに座るゆかり。

  その隣に座る白上。

白上「母さん、頭おかしなったんか? 向こうでなんかあったんか?」

  ゆかり鞄から、カードの未払い請求書を白上の前に差し出す。

ゆかり「住所変更せーへんせいで、ウチに届くんや」

白上「電話でゆってくれたらええやんこんなん」

  ゆかり、一枚の写真を取り出して再び白上の前に差し出す。

ゆかり「男の子や。あんたももうおじさんやで。たのんますで」

白上「え、いつ産まれたん?」

ゆかり「おとといやん。メール送ったやろ」

白上「メール最近開いてへんかった。え? そうなんや。お祝いせななあ」

ゆかり「あんたもなんか飲むか」

白上「いや、俺は」

ゆかり「(白鷺に)おちょこ二つで」

白鷺「はいはい」

白上「(小声で)ほんでほんまになんできたん?」

ゆかり「父さんが彼女つくった」

白上「え?」

ゆかり「やから、父さんが他の女と遊びにいくようなったんや」

  ゆかり、ハンカチを取り出して目元を抑えながら泣き出す。

白上「ほんまか? ほんまにいうとんか?」

ゆかり「あんたに会いたいだけでここまでくるかい」

白上「そうか……(笑い出す)」

ゆかり「何がおかしいんや」

白上「いや、悪い。別に何もおかしないけど笑けてきた」

ゆかり「ありへん。ほんま、新しい家族できるって時に」

白上「父さんも元気やなあ。もう六十やろ」

ゆかり「何が元気や」

  白上、半開きの扉から未祐らしき人影を発見して店を飛び出す。

ゆかり「ちょっと行かんといてや」


〇 同・表(夜)

  歩いていく女性の後ろ姿。

白上「未祐? ……」

  追っていく白上。

  振り返ると佳代だ。

白上「おばさん! 治ったんですか?」

佳代「あら、どうもこんばんは。お買い物しに来ないからてっきり引っ越したのかと」

白上「引っ越したんです。(バーを指さし)そこに」

佳代「あらそう」

白上「どうすか、一杯」

佳代「いやあ、私は帰らなきゃ」

白上「そうですか」

佳代「じゃあ」

白上「あ、さよなら」

  ポツポツと引き返していく白上。

  白上、ほっぺたをつねる。

白上「夢やないよな。夢やないよな」

  白上の帰る道を月が照らしている。

  (了)


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