下校中の小学生たち
四
昼食をすませると、安楽椅子にすわったまま居眠りしていた。
窓の外からのキャッキャッという黄色い声で眼を覚ました。置時計を見ると、まもなく午後の三時を指そうとしていた。小学生が集団下校をする時間であった。
大空はレースのカーテン越しに、家の南側の通りを見おろした。
数えたわけではないが、二十人ほどの小学生たちが二列に並んで通っていく。大空の家の前の信号交差点を利用するのだ。
背が高く、明らかに上級生とわかる女の子が先頭で、しきりに振り向き、後をついてくる下級生たちの集団に声をかける。
声がここまで聞こえてくる。
「そこ、きちんと前を見て歩いて。列から離れない!」
なかには幼稚園児と見まがうような小さな生徒もいて、走り回って、すぐに列を乱すから油断がならない。
列の一番後ろには、こちらも上級生の女の子が眼を光らせている。前を行く下級生たちの列が乱れると、後ろから声を張り上げている。
大空は、上級生といいながら、小学生なのに、腕白児童を指導するのは大変なことだと思いながら、その集団を目で追う。
横断歩道の信号は赤だ。
先頭の女の子は後ろ向きに立ち止まると、下級生たちに声をかける。列を乱すな。飛び出すなと。いっぽうの最後尾の女の子は、列から飛び出そうとする男の子の腕を引っ張って、列に戻している。
小学生の列と並走するように、通りを走ってきた車も、停止ラインで止まっている。
待つこと一分弱。横断歩道の信号が青になった。
先頭の女の子は横断歩道の真ん中で立ち止まり、腕をふって下級生たちに、早く渡れと合図する。
下級生たちがすべて渡りおえると、最後尾にいた上級生の女の子が歩道を渡った。
横断歩道をすべての小学生が渡りきると、上級生ふたりは、信号で待っていた車に頭を下げて進行を促した。
列からはみ出して、上級生に指導されていた下級生たちも、数年先には安全を守る側の上級生になるのかと思うと、大空の心も和んだ。
その一方で、純粋な子どもたちを見るにつけ、この前まで勤めていた職場の、ねじまがった性格の部下たち思い出す。両者を対比させてしまう。
自分たちの事務分担が気にいらなかったら、仲間で手を組めば、上司である大空の指示などくつがえすことができると考える。
あの部下たちにも、こんなに素直で健康的な小学生のころがあったのだろうか?
首を横に振って即座に否定した。連中にはこんな可愛らしい時期はなかった。むしろこっちだ。
小学生の集団に遅れること十数分、小学三年か四年と思われる、三人組の男坊主が通りに姿を見せた。集団登校をボイコットして、後からかってに来る連中だ。毎回、同じメンバーでふざけあいながら、交差点に向かうのを見かける。
この日も、なにやら大きな声で騒いでいる。
三人が交差点の十メートルほど手前までやってくると、横断歩道の信号はちょうど青だった。
ふたりが、いきなりランドセルを揺らせると、「青だ。青だぜ」と騒ぎながら駆けだした。
ひとりが出遅れた。「まてぇー」
横断歩道の青が点滅をはじめた。ふたりはぎりぎりで間に合い、道路を渡りきった。
遅れたひとりが歩道まで来たときには、すでに信号は赤に変わって、目の前を車が走り出した。
渡りきったふたりが道路の向こうで残されたひとりをからかっている。
その声が聞こえた。「おーい。遅れてやんの! おれたちは先、行くぜ」
残されたひとりは、道路を前にして地団太を踏んでいる。いっぽうの横断歩道を渡りきったふたりは、あっさり、ひとりを残して歩き出した。
ほんの信号が変わる間だから、待っていてやればいいのにと思う。
大空が小さなころ、確か母親からだと思うが、聞いた覚えがある。友達が三人いたら、一人が仲間外れになる。遠い昔のことだから、母親がどんなときに、なんのためにそんなことをいったのかは覚えていない。
横断歩道にひとり残された小学生は落ち着かないようすでうろうろしている。すると信号が赤のまま、いきなりその子は横断歩道を走りだした。
「危ない!」
大空は書斎にいて、声を張り上げた。
幸い、交差点を通過する車はおらず、その子は横断歩道を渡り終えた。
ふたりの友人に合流すると、置いてきぼりにされたことなどなかったように、その子も中に入って楽しそうにふざけ合った。
三人のすばしっこい小学生の姿は、すぐにも大空の視界から消えた。
それから大空の怒りが沸騰した。
何であの小学生たちは、あんなにも横着なんだ。いつ車にはねられて死んでもおかしくない状況だった。
「馬鹿もんがぁ!」
大空は安楽椅子に深く沈み込むと、一喝した。
( 続く )