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《即死魔法》のこれから

──そのままルインの操る巨鳥は二人を背に乗せたまま数十分程飛び続け、ゆっくりと湖に“不時着“することとなった。


不時着と言ったのは比喩でもなんでもなく、文字通りブレーキが効かない状態のまま降下し湖にダイブしたからである。


「ふぱっ……フェイっ!大丈夫!?」

「生きてる!生きてるからとりあえず上がろうか!」


二人はずぶ濡れのままおぼつかない脚で水から上がり、そのまま地面にへ垂れ込んだ。背が低く魔力消費の激しいルインをフェイが引っ張り、なんとか事なきを得る。


「にしても結構飛んだなあ……湖なんてこの付近にあったの知らなかったよ。」


フェイはそう言いながら自分のポーチを開くが、中の食料やメモ帳らしきものは水に濡れて使い物にならなくなってしまっていたようだ。


(ありゃりゃ、また新調しないとダメか。)


そして悪運が続くかのごとく、腰に収めていた短剣鎌が欠けてしまっていた。恐らくさっきの《アンフィスボーン》との戦闘が原因で刃こぼれしてしまったらしい。流石に無茶だったか、とフェイは苦笑いする。


「あの、それ捨てちゃうの?」

「私には食べられないから……よかったら食べる?」


水を含んで萎びたパンを興味津々に見つめるルイン。あの奈落にずっといて食べるものが満足になかった彼女にとってはこれ以上ない食料だった。ルインは差し出されたパンを受け取ってかじりつき、一筋の涙を流した。


(そっか……あれから録に食べれてなかったんだな。)


フェイはそんなルインの様子を眺め、何も言わずに微笑んでいた。何を食べて生き延びてきたのかは気になるところだが、きっととんでもないものなのだろう、と敢えて聞くようなことはしなかった。


「フェイは……食べないの?」

「うん、今はお腹すいてないからさ。良かったらまだあるけど、食べる?」

「食べる!!」


何も食べないフェイを心配そうに見つめるルインだったが、フェイの好意を受け取って残った食料を頂くことにしたようだ。水を含んだパンに肉や野菜が詰まった豆のようなものしかなかったが、ルインはそれを美味しそうに平らげたのである。


(ここからどうしようかな……《アグタール》からは結構離れちゃったみたいだし、食料や武器もない。)


隣で食事をとるルインの様子を微笑みながら観察するフェイ。その一方で彼女はこれからどうするかを黙々と考えていた。奈落からは脱出出来たとはいえ、現在の彼女達は何も持っていない状態だ。ポーチに幾らかのお金はあるが、街にたどり着けなければもはやそれはただの金属片同然である。


おまけにここで魔物と遭遇すれば武器のない状況での戦闘を強いられることになる。そういった直接的な問題に留まらず、最悪野宿をする場合に寝床はどうするのか、近くに街があるのか、マッピングについて云々と問題は山積みだった。


「もぐもぐ……やっぱりフェイはそのまま元居た街に帰るつもりなの?」

「確かに《アグタール》は住み慣れた街だけど……すぐには帰りたくないな。あと食べながら話すのはマナーが悪いよ。」



口に物を詰めて話すルインに注意するフェイ。こういうところは街での暮らしに慣れたフェイと、数年間奈落で暮らし続けたルインの違いなのだろう。


ルインに言ったように、フェイは《アグタール》の街に戻るのはまだまだ先の方がいいだろうと考えていた。先日Aランク冒険者のアルゼドとベイルーンを敵に回し、いざこざがあって二人からは死んだ扱いをされているだろう。すぐに戻って生還したことを伝えるよりも、例え心象が悪くなってもある程度力を付けてからの方がいいと考えていた。


鉢合わせて先日の二の舞になったら目も当てられないし、そもそも素早さ“300“の強さを身に染みて理解した彼女がまた対峙して逃げられるだろうという、甘い考えに至るはずはなかった。


更に周囲の冒険者からの目もあり、直接鉢合わせなくても何処かで情報が漏れる可能性は否定できない。そうなれば先日のように突然襲われるなんてこともある。Aランク冒険者という肩書きを背負った彼らに自分が勝る要素はなく、ハッキリ言ってそんな状態で戻れば返り討ちに合うということくらいは彼女も理解していた。


「《アグタール》に戻るつもりはない。これさえあれば他の街でも冒険者として通してくれるはずだしね。」


フェイは自分のポーチから銀色のプレート.ステータスカードを取り出して見せる。このカードは冒険者のステータス数値を表示するだけのものではなく、一種の身分証明書のようなものになっている。


名前や等級、役職から年齢まであらゆる情報を記載したそれは、《アグタール》のみならず正規の街や王国を通るための通行書になっていることも多く、このカードを提示しない者の通行を許さないといった厳しい制約のある場所も少なからずある。


「そっか……フェイも冒険者だものね。」

「ああ、こんなんでもそれなりにはやって来たんだよ。」


ルインはフェイに羨望の眼差しを向け、自分とは相容れないのではないかと俯いていた。自分がいかに嫌われているかを理解していながら決して自分を、《即死魔法》を嫌いにならないフェイ。かなり酷い扱いを受けたにも関わらず、そこには確かに変わることのない彼女の覚悟の強さを感じていた。


「まあ……今日は休もっか!明日から宜しくね!」

「明日から……え?」


フェイの「明日から」という言葉に呆気にとられて目を見開くルイン。一方でフェイはその反応を気にすることなく、濡れた服を乾かしに出ていってしまったのである。

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