《即死魔法》は脱出する
「出るって言ったって、どうするつもりなのよ?」
フェイの妙に自身ありげな顔を心配そうに眺め、ルインが聞き返す。此処はよじ登って出られるような高さのものではなく、周囲にあるのは《アンフィス》の亡骸を含めどれも風化した遺品や死骸しかない。
彼女とて好きで此処に留まってるわけでもなく、そんな方法があるのならとっくにやっていると呆れた姿勢をフェイに見せていた。
「上だよ、ほら。」
フェイが上に人指し指を差し、ルインも言われるがままに上を見る。辺りは日が昇っており、ちょうど光を遮るように一羽の巨大な鳥が周囲を飛び回っているのが見えた。彼女達が落ちた奈落はかなり深いものであるにも関わらず、その鳥の姿はくっきりと見える。
「鳥……?」
「多分 《ロックバード》……かな?ここから見えるとなるとかなり大きいけど。」
件の大鳥は太陽を遮っているせいで陰になって見辛いものの、フェイの作戦とってこの上ない条件を揃えたものであることは間違いなかった。
「多分この周辺に巣でもあるのかな。なんにせよ絶好のタイミングだ!」
「え、もしかしてあれを使うの!?」
「勿論!それじゃ落とすよ!」
「待って!?落とすってどういう───」
頭が追い付かないルインを無視し、フェイは左手を空に向かって伸ばした。
それは彼女が最も手慣れていて、最も信頼している魔法を放つ準備であった。
「──《デス》。」
彼女の指先から、虫が集まったような黒い霧が射出されると共にそれは急速に上昇する。その黒い霧は崖の外へ飛び出して尚上昇し、件の巨鳥のいる高さまでたどり着くと、鳥の身体に向かって纏わりついていく。目標の鳥の全身が《デス》に飲み込まれると、あっという間に動かなくなった。
─その巨体が崖に吸い込まれるかのように力なく落ちる。その遺体はドンピシャで彼女達のいる渓谷の裂け目へと落下し、周囲のゴミを吹き飛ばしたことで砂埃が舞った。
「ゲホッ……やったぜ。」
「ええ……?」
フェイは咳き込みながら喜んで、ルインは半分信じられないと困惑した様子で落ちてきた巨鳥を眺める。全身が白い羽毛に覆われたソレは体長にして数メートルはある巨体であり、フェイの見立て通りかつ彼女にとってな理想的な存在だった。
「で、でもこんなの落としてどうするつもりなのよ。」
ルインは恐る恐るフェイにここからどうするのかを聞いた。落ちてきたのは既に《デス》によって息絶えた鳥の死骸であり、もう飛ぶ力は残っていないはずである。
「……ここからはルインの番。飛べないんなら飛ばすってことでよろしく。」
「……は?」
彼女の言うことをルインは理解できず、ぽかーんと口を開けて呆気に取られていた。突然死体を渡されて「はい宜しくね」と言われているのである。彼女が困惑するのは無理もないだろう。
「と……飛ばすってどういう?」
「これに手綱を付けて……飛ばす。」
「うんちょっと待って?」
返ってきた返答に待ったをかけるルイン。フェイの圧倒的な自信に期待して、返ってきた返答がまさかのこれである。ルインは「嘘でしょ?」とフェイの頭がおかしくなったのだと思っていた。
「ちゃんと綺麗なまま処理したから行けるはず。」
「あのそうじゃなくて……え?飛ばすの?は?」
ちゃんと聞き返しても彼女の言っていることが理解できず困惑するルインだが、フェイの様子からしてふざけてるようにも見えない。それどころか本気も本気、本気と書いて本気と読むアレだった。
「賭けっちゃ賭けだけど、ルインの《魔法糸》を括り付けて飛ばす。」
「ううっ……やっぱそういう事なのね。」
フェイから詳しい内容を聞き、どうやら自分の聞き間違いでなかったということを確信したルインは溜め息をついた。正直彼女がやろうとしていることは言うまでもなく無茶苦茶である。
「……仕方ないわね。やってやろうじゃないの。」
「ありがとう。」
だが、上手くいけばこの長い呪縛からようやく解き放たれる。彼女にとってはそれだけでやる価値があった。
「両翼を補強して手綱で引けば羽ばたくはずだから。」
「そんな無茶苦茶でいいのかしらね……?」
フェイに言われた通りに自分の指先から糸を巻き付けていくルイン。表情にかなりの不安が見えていたが、そこには微かであるが確かな期待を抱いていた。
「それじゃあ任せたよ。悪いけどお願い。」
「はあ……死んだら責任はとってもらうからね!」
巨鳥の背中に二人が乗る。前で手綱を引くのがルイン。後ろで指示だしと微調整という名目でルインの背中にしがみついているのがフェイである。因みに死んだら責任も何もないだろ──と考える頭は彼女達にはない。
「それじゃあ引くわよ!えいっ!」
ルインが手綱を力強く引いて巨鳥の翼を動かすと、その身体がふわっと大きく浮かび上がった。翼を上下に何度も羽ばたかせることで浮力を生み、徐々にその身体は上昇していく。
「成功っ……このままお願い!」
「オッケー!慣れるまで暫く飛ばすから落ちんじゃないわよ!」
大きく飛んだ巨鳥に掴まった状態で二人は遂に奈落から生還したのであった。