《即死魔法》は自己紹介する
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あれから気まずい空気が続き、暗い奈落の底で二人は沈黙を貫いていた。元よりフェイは社交的な性格ではないため会話を切り出せず、少女もフェイを襲った挙げ句返り討ちに遭ったことでショックと申し訳なさから黙秘権を行使していた。
「あ、あのさ。君の事を聞きたいんだけどいいかな。私はフェイ、訳あってここに落ちてきた。」
「私はルイン。元々は村で過ごしていたんだけど、悪いことして捨てられたのよ。」
少女─ルインは昔のことなどどうでもいいと遠い目をしてそう言った。もう長くない命だと割り切って諦めていたのだろう。どちらかというと自棄に近い反応だった。
「まあ捨てられて当然よね。村を勝手に救って金をせびる冒険者に楯突いたら、ここに放り込まれてただけだし。」
その物言いだとまるで救ってほしくなかったみたいじゃないか、というのを抑え、フェイは少女の話をゆっくりと頷いて聞いている。
「なんで……楯突いたの?」
「その冒険者がキナ臭かったからよ。襲ってきた魔物はアンデッドで、助けに入ったのが《死霊傀儡師》。それも毎回同じヤツとなると、流石に怪しいと思わない?」
ルインの言葉にただ頷くフェイ。彼女も適当に流しているのではなく、何処か引っ掛かるポイントがあったようである。彼女の口振りからしてその《死霊傀儡師》が来たのは一回や二回だった訳でもなかったらしく、村を襲わせて助けにいって大金をかっさらう自作自演だと思っても無理はないだろう。
実際フェイもその路線で考えていた。ここまできてルインが嘘をつくメリットが感じられないからだ。
「因みに、その村って何て村?」
「サルヴァナ村という所よ。」
「……え?」
彼女が答えた村の名前に聞き覚えがあったのか、フェイは思わず少女に聞き返してしまっていた。なんとなくその反応でルインも自分の村がどうなったのか察してしまったらしい。
「その村って確か三年くらい前に……」
「その反応だとやっぱり、滅びてるのね。」
全てを察したルインの言葉に、フェイはただ頷くしかなかった。自分の故郷がないとわかった彼女であるが、彼女もそのことをなんとなくは理解していたようで、その場で泣き崩れたりはせずに達観した姿勢を貫いている。
「……それじゃあ次は貴女が話す番よ、フェイ。」
「そっか、わかったよ。」
フェイは自分がここに落とされた経緯と、境遇についてルインに話した。
まず自分が《即死魔法》を扱う魔術師であること。
次に自分のことをあまりよく思っていなかった先輩に襲われ、そのまま犯されかけたこと。
彼から逃げる道中、崖に差し掛かったところで追い付かれた別の仲間に蹴落とされたこと。
「──酷い話ね。そういえば最初から怪我してたみたいだけど、それってつまり……。」
ルインの察しの良さに「そういうことだと」頷くフェイ。彼女が復讐心に燃えている理由を、フェイのことをなにも知らないルインが瞬時に理解出来るほど酷く理不尽な話であっただろう。
特にギルドでも規制が掛けられていない筈の、《即死魔法》を扱う女の子というだけでここまでの仕打ちを受けたのだから。
「私は確かに《即死魔法》しか能がない。だけど……いや、だったらその《即死魔法》で見返してやるってだけさ。」
「……強いのね。私ならそこまでされたら逃げるわよ。」
フェイは苦笑いしながらも、ルインからの誉め言葉を受け取ってとくことにした。ある意味《即死魔法》を覚えていたからこその強さを実感できた瞬間だった。
「《即死魔法》……だっけ?そんなモノを扱ってたらここを出られたとしても、悲惨な結果になるのは変わらないんじゃないの?」
「……それはその時考えればいいと思う。まずはここから出るためにどうするかを考えないとね。」
フェイはこれからどうすべきかではなく、今どうやってここから出るかを考えていた。彼女の後々のことを考えない性格は、元より《即死魔法》の魔術師としてやって来た中で培ってきたものだ。
「《アンフィス》に乗ってどうにか飛ばせたりは……しない?」
「もう劣化が激しいし無理ね。それに私はそもそも《死霊傀儡師》なんかじゃないし。」
《アンフィス》のことを詳しく知らないフェイなりの意見ではあったが、ルインによって無理だと否定される。
「……じゃあ《人形傀儡師》?」
「詳しくはないけど、多分そうなんじゃないかしら。」
ルインの《死霊傀儡師》ではないというハッキリとした否定が引っ掛かったフェイに何処か思い当たる節があったのか、恐る恐るルインにそう聞いた。
それに対する彼女の反応からして、彼女の自分の能力については把握しているようだ。落とされる前はそれなりに冒険者を見てきたのだろうかと、彼女の生い立ちについて謎は深まるばかりだった。
「私の得た魔法は絶対にあの屑野郎なんかと同じじゃないわ……。絶対に違う!」
そう言い放った彼女の目は憎悪に揺れてギラついていた。栄養失調とも思えるげっそりとした顔の中で一番に生気に満ちている。是が非でも自分が《死霊傀儡師》と同じ力を持つことを認めないという姿勢だった。
(まあ《死霊傀儡師》とは違った動きだし、そういうことにしとこう。)
フェイはルインを鎮めるために、あえて何も言わず苦い薄ら笑いをした。大人びてはいるが、感情的に事を運ぼうとする頑固さはまだまだ子供のようである。
「それじゃあ此処から出る準備をしようか。」
フェイは上を見上げ、今が好機だと言わんばかり立ち上がってそう言った。