即死魔法の腕前
「ふーう。良い運動になりました!」
アベルトルースが物言わぬ死骸になったのを確認するや否や、表情は一転して爽やかな笑みを浮かべるリティア。その無邪気な顔からは、「くたばれ」だの「カス」だのといった暴言を放つとはとても思えない。
「……お、お疲れ様。凄いね、リティア。」
彼女の豹変ぶりに怯えながら、フェイがぎこちなく手を叩いてその活躍ぶりを誉める。一方でルインは恐怖のあまり、完璧にフェイの後ろに隠れてやり過ごしている。
「へっへー!こんなもんじゃないですよ!」
「Dランクを一撃か。確かに武器の性能も市販のモノより高いけど、リティア本人の実力や器用さが高いのは確かだ。」
リティアが調子づくの構わず、フェイは素直にリティアの実力の高さを誉める。ロックガンの精度も高く、流れるような追撃で意図も容易くDランクのアベルトルースを沈黙させた彼女。
D等級ながら、本人の切り替えの早さや力加減の調節が上手く出来ていることにフェイは驚きを隠せないでいた。
「じゃあ今度は私達の番だね。出ておいで、ルイン。」
「……うん。」
ルインに前に出るように促し、ナイフを空中に軽く放り回すフェイ。フェイの表情はリティアの前でありながら余裕そうなのに対し、ルインはまだリティアの豹変した様子に怯えている。
「来ましたよ!」
「分かってる!!」
しかしいつまでもそうしては居られない。リティアが魔物の襲来に気づき声を張り上げたのと同時に、フェイはナイフを右手に握る。
『アオオオッ!!!』
数拍置いて彼女達の前に姿を現したのは、解本の説明通り群青色の毛を持つ狼であった。大きさは頭から尻尾まで約二メートルほどあり、その頭もフェイ達の首元近くまであるとかなり大柄な魔物だ。
真っ赤に染まった不気味な瞳はまるで血走っているかのようであり、標的を一心に睨み付けている。
「深淵狼です!!単体ですが間違いありません!」
「オーケー!前哨戦といこうか、ルイン!!」
「わ、わかった!!」
フェイの呼び掛けに返事をし、ルインがマッドドールを前に構える。表情も先ほどの恐怖が抜けて凛としており、目の前のアビスウルフを睨み返していた。
『ギャオオオオッ!!』
「ふんっ!!!」
大きく口を開いたアビスウルフに向けて、マッドドールの内部に備え付けられたナイフが迎え撃つ。アビスウルフの牙とマッドドールのナイフが激しくぶつかり合い、表現しがたい金属音が響き渡った。
「〰️〰️〰️ッ!!!」
アビスウルフの全体重を乗せた攻めに、ルインは体勢を維持するのがやっとといった状態であった。ルインでは筋力や体格差が大きく、上手く攻めに転じることが出来ない。
「こいつっ……う!」
更にアビスウルフが歯を立てる度に耳障りな金属音が持続して鳴り響く。それが不快感を募らせ、ルインの士気を削いでいる。
『ギャンッ!!!』
一見有利な状況だと思われたアビスウルフの眉間に、勢いよくナイフを深々と突き刺したフェイ。有利とはいってもそれは一対一の場合に限る。当然フェイが今のルインの状況を把握していない筈がなく、間髪いれずに横槍を入れた。
『オォンッ!?』
口を離したアビスウルフに、マッドドールによる更なる追撃が襲いかかる。口元を鋭い金属製のナイフで斬りつけられ、涎のようにダラダラと血を流す。
「ルイン、大丈夫?」
「怪我はないわ。ないけど……」
フェイが心配のあまり声をかけたが、ルインは歯切れが悪そうに「けど、」と言葉を濁す。アビスウルフの攻撃に苦戦を強いられ、攻めに転じることができなかったことを引きずっている。
イビルシードやプラントといった小型の魔物相手ならば無類の強さを発揮できるルインだが、体格差のある相手の攻撃ともなると防ぐので精一杯なようだ。
実際ルイン自身が小柄というのもあるが、人形傀儡士では剣士や盾騎士といった正規のタンク役職を担うには不十分であることの表れでもある。
「……今は防御で精一杯ね。」
「無理もない。攻めは私が担うから身の安全を第一にしてほしい。」
「わかったわ。フェイも攻めすぎないようにね。」
ルインの忠告に返事はせず、左手に魔力を込めるフェイ。そのまま目の前のアビスウルフの鼻先に触れ、小さく叫んだ。
「《デス》。」
と。彼女の左手から放たれた黒い羽虫の大群か、煙のようなそれはあっという間にアビスウルフの全身を包み込み、数秒間その身体を蝕んでいく。
黒い塊が消えた後のアビスウルフは物言わぬ死骸へ化し、ピクリとも動かず力なく横たわっていた。
「……その程度、ですか。」
二人の戦闘を見届けたリティアは、吐き捨てるように言い放って見せる。チームで活動しているC等級の冒険者の動きを見た率直な感想なのだろう。
「即死魔法の一辺倒に、ロクに攻めも守りもこなせないタンク……こんなのがC等級だなんて私納得出来ませんよ。」
「あはは、リティアには退屈だったよね。」
フェイが苦笑いしながらリティアの言葉を受け止める。実際ルインはなにも言い返せないとばかりに俯き、目に涙を溜めている。今回の戦闘で更に自分の力不足を痛感しているのだろう。
「退屈も退屈ですよ。結局ルインちゃんが寄生してるだけじゃないですか。かくいう貴女も即死魔法に甘んじて、楽をしてるだけ。」
「……。」
二人の苦労をなにも知らない彼女から浴びせられる、罵声の数々。勿論事実であることも多いが、それを一切包み隠すことなく暴言のように吐き散らかしている。まるで先程フェイに煽られたのをそのままやり返しているのように、配慮というものを一片余さずそぎ落としたような言葉で罵倒する。
「別に私に関して否定はしないけど、ルインに対して二度とそんな口を聞くな。」
だが仲間のことを否定され、フェイが黙っているわけもない。瞳をギラつかせてリティアを睨みつけ、ナイフを握る手に力を込める。
「ハッ、子供の御守りがそんなに大事ですか!即死魔法使いともなるとやっぱりコネが第一なんですかねぇ?」
「……」
リティアの根も葉もない言葉に反応はせず、フェイは遠くを見据える。
「じゃあさっさと終わらせようか。この依頼に限っては面倒を見る約束だからね。」
「なに先輩ぶってるんですか……まあ不本意ですがそういう決まりなのも確かですし、早く済ませるとしましょう。」
二人は険悪なムードのままながら、アビスウルフの群れを狩るという同じ目的に合意し直したようだ。一方でルインはその様子を遠巻きに見つめ、怯えるしかなかった。




