即死魔法はチームを組む
「……え?」
フェイからの提案に目を丸くし、ぱちぱちと瞬きを繰り返すリティア。彼女はその場でぴたりと固まり、まっすぐフェイを見つめてはいるがフェイを捉えられていない、そんな状態だ。
「私が、貴女達と……?」
「あー、私達もまだチームで止まりでさ。加えてここらの地理も詳しくない。キミと組むことで互いに目的を果たせるから一石二鳥だと思ったんだけど、気に食わなかった?」
リティアの様子を読み取りながら、ゆっくりと話を進めるフェイ。喧嘩したばかりの相手にチームの誘いをかけるフェイの胆力に困惑しながらも、リティアの目には涙が溜まっていた。
「……こんな私で、いいんですか?」
「聞かなくたって、やれるんでしょ?」
フェイの試すような口に何度も頷き、右腕で目を擦り涙を拭うリティア。この提案に乗るか否か、彼女の中では答えなど決まりきっていた。
「当然じゃないですか!私の本領を見せてやりますよ!」
「そっか。じゃあよろしく。」
フェイから差し出された手を握り、お互いに握手を交わす。とにもかくにもこの場は穏便に収まったようてある。
「では終息が着いたところで……今回の事は不問にしておくが、本来であれば罰則も視野に入っていたからな。フェイ君達の優しさに感謝するように。」
「……すみません。」
事の顛末を見届けたラルクが、厳しい表情を崩さずリティアを叱責した。今回の騒動では依頼品に傷を付けたばかりか、街中で冒険者同士の喧嘩にまで発展しかけていた。私情による依頼の妨害と決して許されることではなく、場合によっては冒険者全体の信用を損なっていたであろう。
「ホント後先考えず行動するのねぇ。」
「巻き込んでごめんね、ルイン。」
リティアの様子を眺めながら、自分を置いてけぼりに話を進められたと立腹するルイン。
「いつかはパーティを組んでみたいと思っていたし、良いんじゃない?アンタが見込んだんなら、私からとやかく言うことはないし。」
すぐにケロッと表情を戻し、ルインはそう吐き捨てるように言った。リティアの加入については特になんとも思っていないようである。
「それじゃあ、三人にはいくつかあるCランク依頼の中からこちらで選ぶとしよう。まあ一番手っ取り早いのは歪竜なんだが、既に二人で討伐出来てしまってるし物足りないだろう。」
「いや、結構強かったですけどね……」
これから三人が赴くことになる依頼を選定しようと考え込むラルクの言葉に、フェイは歪竜との戦闘を思い出しながら苦笑いを溢した。
歪竜は飛べない代わりに走破能力に長け、紛いなりにも竜の名を冠するだけあって強力な爪やブレス攻撃を備えている。
その上フェイとルインを軽々と乗せられる巨体であり、D等級の冒険者が一人で挑むには相当荷が重い相手であることは想像に難くない。
「私も殆どフェイに頼ってばっかりだったもの……あの巨体に何回も吹っ飛ばされたわ。」
ルインも歪竜との戦闘を思い出し、両腕に縫いぐるみを抱えながら震えていた。彼女の持つそれは茶色の毛を持つ熊の縫いぐるみであり、腹裂け熊というモンスターを元に作られている。読んで字の如く腹が開く仕組みになっており、ルインの愛玩人形であると同時に、彼女の役職である人形傀儡師として欠かせない武器なのである。
その腹の中に鋭利な刃物を複数仕込んで攻撃できるだけでなく、防御も担えるよう人形自体が加工されている。
「……難しいな。人に直接依頼を下すのがここまで難しいと感じたことはない。何を持ってきても即死魔法の前には無力な気がしてならないよ。」
「逆に言うと、通ってくれないとこちらがキツいんですけどね。」
未だ依頼を決めかねているラルクと、即死魔法を高く持ち上げられていることに気恥ずかしさを覚えたフェイがそれぞれ苦笑する。
ラルクは三人のポテンシャルの高さに苦悩し、フェイは高い危険度のモンスターが依頼に選ばれるのではないかと不安に感じていた。
やがて目的のものを見つけたらしく、ラルクは一枚の紙を取り出しテーブルに置く。
「うん、これにしよう。Cランクの魔物、《肥竜》。三人の力を測るには丁度いい魔物だと思う。」
「「「………。」」」
ラルクの一言に、三人は背筋をピンと張って構えた。表情は険しく肩を強ばらせ、額には一筋の汗を流している。
「あれ?そんなに構えさせるつもりはなかったんだけどなあ。」
「そりゃ構えるだろラルクさんよ……。」
無自覚のラルクを見て、隣にいたロイデがやれやれと両手を大きく伸ばして呆れた様子だった。
(……なんで?)
(初めて組む三人には荷が重いってことだよ!)
未だ理解していない彼をロイデが叱責し、三人が身構えている理由を耳打ちで述べた。
まず《肥竜》はフェイとルインにとって初めてとなる相手だ。オルディン近郊の地理や魔物にまだまだ疎い二人にとってはそれだけで不利になりかねないうえ、D等級のまま過ごしていたであろうリティアも恐らく初めて対峙することになる。
まだ組んだことない仲間同士で最大限コンビネーションを活かさなければ厳しい相手であると三人が読み取ってしまったことが、この状況を生んだ理由だった。
初めの交流としては精々Dランクの魔物の複数討伐から始めていくべきだったのだ。
自信家であり、歪竜程度なら勝てると息巻いていたリティアも、これからCランクの魔物と対峙するということを実感したのか表情は堅いままだ。
「ああもう、リーダーはそういうところ抜けてるんだよ!まずは何事も経験っていっても、限度があるわい!」
ラルクの不甲斐なさに憤りを感じたロイデが、おもむろに取り出した一枚の紙をテーブルに叩きつける。そこには狼らしき魔物の絵が描かれていた。
「丁度俺がいこうとしていた消化依頼だ。内容はDランクの《深淵狼》の群れを討伐すること。お前はまだ苦手って言ってたし、いい機会じゃねえか?」
「あ、アビスウルフ!?」
ロイデからの提案にすっとんきょうな声を上げるリティア。突然路線を変更されたうえ、よりにもよって自分の苦手な魔物の討伐を頼まれたのだ。リティアの表情は青ざめていたことは言うまでもない。
「その方が、私としても助かる……かな。」
「フェイさん!?」
フェイもその提案に賛同し、リティアが更に高い声を出した。
「群れ……いい思い出がないわね……」
まだ不安が拭えず、少々表情が固くなっているルイン。彼女はイビルシードの群れを討伐した際、フェイと共に深い傷を負わされている。フェイが肉体的な傷を負っているのに対し、ルインは心身共に決して小さくない傷跡が刻まれているのだ。
「そうだよねルインちゃん!アビスウルフなんて……」
「でも、困っている人がいるなら助けたいから。フェイがいくなら私は着いていくだけ。」
「ルインちゃんんんんんっ!!?」
しかし過去のトラウマを引っ提げながらも前に進むことを決意したルイン。その精神力や向上心はリティアを大きく上回っていた。
「リティアはどうするの。苦手意識は早めに治しておいたほうがいいと思うけど……」
「わかりましたぁ……行きますってばあ……。」
他の選択肢が取れないことを悟ったリティアはその場で項垂れながら、渋々依頼を受けることを決意したようだ。




