《即死魔法》と《人形傀儡師》
「私が……“C“等級冒険者に……??」
未だ実感が湧かず、信じられないとばかりにその場で硬直するルインの肩を、フェイがぽんぽんと軽く叩いて現実へと引き戻しているようだった。
ギルドでは冒険者を格付ける上で“等級“というものが用いられており、上からA.B.C.D.Eと大きく5段階に分けられている。当然最上位のAに近づけば近づく程高い等級を持つ冒険者ということになり、それだけギルドからの信頼も厚いという証拠になる。現在フェイの等級はCで、ルインがDである。
「二人の目覚ましい活躍ぶりを見て、僕らが今回テストとして《歪竜》の討伐を依頼した訳だ。更に上へいくのに避けては通れない魔物であることは間違いなかったからね。」
状況が飲み込めないルインを置いて、ラルクは淡々と今回の依頼についての種明かしをする。《歪竜》は前述の通りドラゴンとしては出来損ないの存在であるものの、単体の危険度自体は竜と名がつくだけあって高いのだ。
ディストードの鱗は鋼鉄のように硬く、加えて飛べないのをカバーする為か巨体からは考えられない程の高い跳躍力を誇る。それでいて生半可な装備など容易く貫く程頑強な前肢の爪即ち攻撃力を持つれっきとしたCランクの魔物であり、ラルクの言うように更なる高みを目指す冒険者に立ち塞がる登竜門にはもってこいの存在でもある。
「それにチームのメンバー同士、同じ等級の方が何かとやり易いからね。」
ラルクはフェイに目線を合わせつつそう言った。やり易いと言った主観的な言葉から彼なりに二人を気遣っている様子が窺える。
「フェイと同じ…………」
だがルインは目線があちこちに行ったり来たりして、悩んでいるようだ。自分の等級が上がるという事はギルドから認められている何よりの証拠であり、自分の等級の低さが依頼を受ける際の足枷になりかねないのもあって高みを目指している一般の冒険者であれば願ってもないチャンス、普通なら即二つ返事で了承するものなのだろう。
「やっぱりまだ、私じゃ力不足よ。」
だがルインは暫く悩んだ後、「まだその時じゃない」と首を振ったのだ。その様子を見ていたフェイは特に驚く素振りもなく、寧ろ彼女の発言を肯定的に考えているようで、ラルクの方もルインの心情を察知したのか、何故かと聞き出すようなことはしなかった。
「もう少し心の整理をつけてからにしたいの。今回だって殆どフェイに頼りきりだったもの。」
ルインは自分がフェイと同じ等級の冒険者となることに対して、彼女と肩を並べられるという喜びよりも本当に自分の実力がそこに達しているのかという不安が大きかった。
等級が上がれば更に幅広い依頼を受けることができる反面、それに比例して冒険者であることの責任も重くなる。
自分がフェイと同じラインにいることで浮き足立ち、実力にそぐわない依頼を受けてしまうことでかえってフェイを苦しめてしまうのではないか、最悪その場で命を落としてしまうのではないかと例の一件があってから度々考えるようになっていた。
自分がフェイより下のラインを維持することで彼女を必要以上に傷つけることもない──そんな彼女なりの淡い気遣いであると同時に冒険者である以上は容赦なくのしかかってくる“責任“から逃げている。ハッキリ言えば自分を傷つけたくないという甘えであった。
「そっか……。まあ突然の事だし簡単に整理はつかないよね。」
フェイもそんな彼女の不安を感じ取っているのか、ルインの肩をぽんと優しく叩いた。実力は確実につけてきているとは言っても、まだまだ経験もステータスもフェイには及ばない。
それをルイン自身が理解しているからこその葛藤であり、真剣に向き合った結果出した答えを彼女が望んでいるのならば、それを肯定してあげるのが仲間のあり方なのではないか。
「私としてはルインと一緒に色んな依頼をこなしたいけどな。」
「え?」
突然のフェイからの告白に、ルインは思わず彼女を凝視した。今までも依頼をこなしてきたじゃないかとルインはフェイの言いたいことをいまいち飲み込めていないようだ。
「私も先輩としてはまだまだだし、この前なんて死にかけたもんね。ルインは自分が実力不足で見合ってないんじゃないかって思ってない?」
「……」
微笑みながら繰り出されるフェイの問いに、図星と言わんばかりに何も言い返せずにいるルイン。そんな彼女に寄り添って、優しく宥めるようにフェイは頭を撫でてあげながら話続ける。
「別に否定はしないよ。寧ろ私だってルインが倒れたりしたらきっと冷静じゃいられない。それにきっと、私じゃ周りに助けを求めることすら出来なかったと思う。」
フェイも自分が意識を失う直前のことや、《種蒔き悪魔》と戦闘での無茶ぶりを思い出して苦笑いしているようだった。
「……別に頼りきりだったって良いじゃない。人間得意不得意あるんだから、それを仲間でカバーし合えばいい。別に今回の依頼だって私一人で戦ってた訳じゃないでしょ?」
「フェイ……。」
「ルインは強いよ。これからが不安だっていうなら、全部先輩に任せなさい。」
「全部任せろ」とウインクし、ルインを励ますフェイ。彼女の気持ちを理解したルインは目に涙を浮かべつつもなにかを決意したように真剣に一度ラルクの方へ向き直る。
「……お願いします。やっぱり等級を上げてくれませんか?」
「元よりこちらの提案だからね。受けてもらえて嬉しいよ。」
彼女の意思を汲み取ったラルクは、感情のあまり泣き出してしまったルインに優しく微笑んであげていた。




