《即死魔法》は街に馴染む
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それからルインが正式に冒険者として共に活動するようになって一月ほどが経過した。二人はすっかり《オルディン》の街の生活に適応し、冒険者生活に馴染んでいるようであった。
というのもフェイが《アグタール》で活動していた時とそこまで大きな違いもなく、教えられる立場のルインも要領良く内容を理解できたのが大きかった。
「いい動きだったよ。《人形傀儡師》らしい……というのも難しいけど、どんどん良くなってると思う。」
「ほんと!?確かに難しいけど最近形になってきてたところなのよ!」
二人は丁度依頼の帰りらしく、赤褐色の蜥蜴らしき魔物に乗った状態で仲良く談笑しているようだ。ルインは膝に熊の縫いぐるみを乗せた状態でフェイに誉められて嬉しそうに微笑んでおり、フェイも今回の依頼においてルインの実力が上がっているのを喜ばしく思っているのか、僅かながら笑みを浮かべていた。
そう、魔物に乗った状態で。
蜥蜴といっても悪魔の角のように曲線を描いて伸びた黒い角を持ち、人一人容易く飲み込んでしまいそうな巨大な口から鋭い牙が覗いているそれは便宜上似たものではあるがドラゴンと言った方が近いか。
だが前脚は翼のように広がった歪なものになっており、彼女達の乗るそれは後ろ足二本で立って歩いている……否歩かされている。
奇妙ではあるが仕組みは単純であり、《即死魔法》で綺麗な状態を保った魔物の死骸をルインがコントロールする《人形傀儡師》の糸で魔物を直立させて操ることで脚代わりにしているというものだ。かつて二人がある窮地を脱した際にも同じようなことをしていたので、このような考えに至るのもごく自然なものである。
体長が数メートルもある巨大な魔物に跨がって悠々と街を歩く姿は端から見れば異様な光景なのは間違いないが、これといって特に騒ぎになる様子はない。
「まもっ……あー、あの子達か。」
「相変わらず凄い光景よね、あれ。」
こんな感じでその光景を徐々に民衆が受け入れつつあるようだ。初めこそ周囲をざわめかせていたものだが、一月経った今ではある意味街の風物詩のようなものになっており、特段街を荒らされている訳でもないため彼女達を咎める者はいない。
発案者はルインであり、自分達の脚として機能するうえに大型の魔物の全身像を持って帰還できるなど、二人からすればお互いのスキルを生かせるまさに一石二鳥のアイデアであった。
「ほえぇ……」
それでも未だ驚きを隠せず二度見したり、引き気味に凝視する者はいるが、物言わぬ死骸とは言え魔物が歩いている状況を僅か一月足らずで飲み込めという方が無理な話である。
「報酬!報酬!」
目的の建物に着くや否や、目を輝かせながらぴょんと魔物の背から飛び降りるルイン。操っている立場が居なくなったことでその場に留まる魔物など彼女からすれば乗り物同然であり、それも後始末を気にせず乗り回せる便利な道具である。
「やれやれ、まだ乗ってるんだからさ……」
次いでフェイが降りて依頼達成の旨を伝えるためにギルドの建物へと入っていく。操縦者であるルインがさっさと行ってしまうことに対して愚痴を漏らすが、怪我に繋がる事故でもないかと気だるそうに苦笑いしながら彼女の後を追う。
ギルド内部は洒落た白タイルの壁に木製の赤茶色の床のカフェに近く、冒険者が依頼を受けるカウンターや休憩を取るためのスペースが設けられた比較的質素なものだ。酒場のように冒険者が溢れていた《アグタール》のギルドとは対照的に、比較的一度に集まる人数が多くならないように造られている。
「ラルクさーん!!依頼達成してきましたー!」
そう言って我先にとカウンターまで一直線に向かうルイン。周囲の事などお構いなしに、彼女の頭の中は報酬の二文字と黄金色の景色とオーラだけが浮かんでいる。
「……《歪竜》の討伐、完了しました。サイズが大きいもので、外に置かせて貰ってます。」
そんなルインに割り入ったフェイが補足を交えてキッチリと報告する。建物の外に巨大な魔物一匹置いているというのも周りからすれば迷惑極まりなく、かといってルイン無しには持ち運べないと目の前の男、ラルクに一礼し詫びていた。
「あはは、やっぱり仕事が早いね二人とも。こちらとしても魔物の全身像は生態を調べる上で貴重なサンプルになるから目を瞑るさ。」
「本当にごめんなさい……。」
金銀混じった髪色の男、ギルドマスターのラルクは苦笑いしながらフェイをフォローしようとしていた。それでも言葉の節々にはやはり二人の行動をあまり良く思っていない素振りが感じられ、それを察知したフェイが深々と頭を下げる。
「……でも《歪竜》なんて今更調べても意味ないんじゃないかしら?」
数拍置いて、唐突にルインが今回の討伐対象のモンスターについてどこか気になったのか、単刀直入にラルクにそう言い放ったのである。
Cランクの《歪竜》は竜でもあり蜥蜴でもあり、蛙でもあると言われている不定形で歪、無機質な魔物である。それぞれの特徴を受け継いでいると言えば聞こえは良いが、その実態は飛べない登れない泳げないという三拍子揃った出来損ないである。
そんなモンスターの生態など隅々まで把握されているだろうと考えていた彼女は、わざわざ自分達にサンプルが欲しいと依頼する意味が薄いんじゃないかと思っていたようだ。
「そうだね。実際《歪竜》の生態は既に解剖で熟知されているし、解本にも出されているよ。」
「解本……?」
「魔物の生態とか中身を事細かに記した本のことだよ。」
聞き慣れない言葉に首を傾げるルインの横についていたフェイが解本について分かりやすく説明していた。解本一つで魔物の外見から習性、部位ひとつひとつの強度から食べ物、有効な属性など魔物に関するあらゆる知識を網羅できるといっても過言ではない。
そんな魔物のサンプル等、ギルド側からすれば無価値とまではいかなくともそこまで必要に迫られるものでもない筈で、二人ともその事に多少なりとも違和感を持っていた。Cランクの魔物であっても解本に出されていないモンスターは少なくなく、ましてや二人の能力はサンプル回収に優れていると言える。それ故わざわざ歪竜をチョイスした理由が二人には分からなかった。
しかも今回の依頼はラルクから、要するにギルドから二人に出されたモノであるため、討伐に至る動機にも少し欠ける部分があった。
「……ここまで引っ張っても意味ないね。実は今回の依頼はルイン君の等級を上げる為のテストみたいなものだったんだよ。」
「えっ……!?」
ラルクから突然告げられた事実、にルインは目を見開いて驚いているようだった。
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