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《即死魔法》は目をつけられる

──フェイは日が落ちて真っ暗になった《アグタール》の街を抜け、一人森の中で心を落ち着かせていた。街からそこまで離れていない場所であり、危険なモンスターもいない。澄んだ空気と心地よい風が吹くその森で、彼女は身体を伸ばして休んでいる。


(……ここ二年間ずっと、師匠を越える魔術師になるって頑張って来たのになあ。)


フェイは自分のMPが大きく下がっていたことにショックを受けていた。これまで《即死魔法》を習得したことで成長が遅くなるという話は何度も聞いてきた彼女だったが、まさかあそこまで露骨に下がるとは思わず、魔術師たちからもそんな話は聞かなかった。


《即死魔法》を習得した時から他の属性の魔法を新たに習得することはなく、フェイはあくまでも致し方なくソレを使っていたというだけだった。



なにせずっと一人だったから。《即死魔法》以外の魔法など殆ど使えない彼女がこの冒険者生活を保つためには、《即死魔法》に頼る他なかったのだ。


「なんの為に……冒険者なんかになったんだろ。」

「冒険者になった意味はあるぞ!」


自分を見失っていたフェイを追ってきてたのか、本来聞こえるはずのないと思っていた聞き覚えのない声がした。彼女が身体をビクリとさせて振り向くと、真夜中であるにも関わらず金色に輝く鎧に身を包んだ男、アルゼドがそこにはいた。


「な……なんの用ですか??」

「暗い表情をしていたものだから何かと思ったが……なあんだ、そんなことで悩んでいたんだな。」


アルゼドは気さくな笑みでフェイに近づくが、不気味なまで精巧に造られた機械質な顔と必要以上に伸ばすトーンにフェイは怯えた獣の如く後退りする。



──嫌な予感がする。


「折角の先輩のアドバイスを無下にしようというのかね?」

「い、いえ……そうじゃなくて、あの、後ろにもう一人いらっしゃいますよね。」


フェイの言葉にアルゼドの笑みは消え、冷酷な無表情へと変わった。人嫌いな性格が災いし、自分に降りかかる視線を察知する力に優れていたのである。


「信じがたいがバレてるみたいだぞ、ベイルーン。」

「やれやれ……黙っていれば穏便に済んだのだがな。」

「か……″影の男″!」


アルゼドの後ろから、黒い外繭を全身に纏った人型の影が姿を現した。アルゼドのような目立つ外見とは反対にシンプルかつ隠密に優れた全身黒タイツか黒子に近い外見をしている。

アルゼドとは対照的に細身であり、服装のせいで余計に姿が捉えづらい。そんな彼は通称″影の男″と呼ばれる暗殺者(アサシン)、ベイルーンであり、彼もまたアルゼドやカタリーと同じAランクの冒険者である。彼らはパーティを組んでいると同時に《アグタール》で絶対的な権力を持っている。


「こんなガキにまで知られているとは……暗殺者(アサシン)として光栄と言っていいのかわからないな。」

「まあAランク冒険者なんだしそこは仕方ないだろ?」


フェイは立ち上がって二人を睨み付ける。Cランクに上がりたての自分が対峙してどうにかなる相手でないことはわかっているが、彼らに目をつけられるということがどういうことかはなんとなく理解していた。


「それで……そのAランク冒険者の二人が何の御用で?」

「雑魚の冒険者の女の子に言うことなんてひとつだろうが。まあまあ……わかんないなら仕方ない、よく聞けよ?」


アルゼドがわざとらしく咳き込み、フェイの身体を舐め回すように眺める。フェイはもしかしたらお金を奪われるかもしれないと袋に手を掛けている。


「ああ、お金はいい。代わりに一回ヤらせろよ。」

「……っ!嫌だ!」


フェイは予想斜め上の回答に身体を固まらせたが、すぐさまその要求を拒否した。アルゼドも玩具を見つけた子供のような笑みから一転、表情も険しくなる。C級ごときに自分の要求を突っぱねられたという事実がプライドを傷つけ、その事に怒りを感じているようだった。


「どうせ逃げられないってのはわかってるだろ?俺の怒りを買わんうちに従っておいた方がいいぞぉ!」

「……嫌なものは嫌だ!」


アルゼドの威圧感に気圧されながらもフェイは片手に短剣鎌(ショートシックル)を握り、要求を頑なに拒否する。当然アルゼドの態度は徐々に苛立って荒々しいものになるが、何度言われようとも答えを変えることはなかった。


「もういい、ただでは済まさんぞ……ベイルーン!」

「やれやれ……俺はガキの身体は好かんのだがな。」


ベイルーンがそう言いながらも両手にそれぞれ短剣を構えた瞬間、フェイはすぐさまその場から逃げ出した。




当然そのすぐ後をベイルーンが追……わなかったのだ。


「三十待ってやるからそのまま逃げろ。獲物が簡単に手に入っても面白くあるまい、あまり失望させるなよ?」


フェイの素早さを表すSPDは百ちょっとなのに対してベイルーンのSPDはその三倍程で、まともにやり合えば五秒と持たない。その辺りはベイルーンなりの優しさ……というよりは自身のステータスから来る絶対的な驕りだった。


(言われなくてもっ……逃げてやるよ!)


フェイは言われるまでもなく、全速力で少しでも遠くへと走った。


「……いち、に、三十。」


「てっ……てめえ!」


だがそんな彼女を裏切ってすぐさま追ってくるベイルーン。汚いところを熟知した大人といった感じで経験で劣るフェイに刃を向け、容赦なく襲いかかってくる。


(──ッ!)


ベイルーンは本職の剣術を巧みにこなし、フェイの腕や脚、脇腹を着実に傷付けていく。寸分狂わぬ刃捌きは彼女の顔を傷つけないように、かつ動く脚や剣を持つ腕に集中してダメージを与えていく。


フェイも攻撃を弾こうと必死に腕を振るうが、片方を防ごうがもう片方に斬りつけられジリ貧であった。このままだと動けなくなるのも時間の問題だろう。



「──《デス》っ!!」


「無駄だ。」


剣を持たない左手を構えた瞬間、ベイルーンは勢いよくフェイの腹を蹴り飛ばした。軽々と吹き飛んだ彼女の身体は地面に叩きつけられ、森の緩やかな坂を転がっていく。


「当然お前の事は二人から聞いている。お前はどこか昔の俺に似ている……。」


「どういう───ッ!?」


ベイルーンの意味深な発言に身体を起こそうとした所で身体がバウンドし、森の最奥の崖際に差し掛かった所で彼女の身体は止まった。


「話す必要も時間もない。お前も犯されるくらいなら死んだ方がマシだろう。」


「まっ……待っt」


崖際で寝転がるフェイの背中をサッカーボールのように蹴るベイルーン。甲冑のような防具の隙間から覗く彼の目は、フェイの境遇に同情した悲しげなものだった。


「これはせめてもの情けだ。じゃあな。」


「うぐっ!!」


ベイルーンは彼女の返答を待つことなく、そのままフェイの身体を崖底へと蹴り落とした。

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