《即死魔法》は喧嘩を買う
「はいはい散った散った。」
すぐさま割り込んできた白銀の鎧に身を包んだ冒険者数人によって、あっという間に人だかりは散っていく。ギルドマスターである彼の仲間であることは容易に想像でき、周囲も特に声を上げることなく彼らの指示に従っていた。それでも有無を言わさぬ力業に圧されラルク達に対する不信感を抱く者も少なからずおり、睨み付けるような抗議の目線がフェイ達に突き刺さっていた。
「……それで民衆を煽り立てて何をしていた?」
「……。」
ラルクは人だかりが減った辺りでそれに乗じて逃げ出そうとしていた《弓術士》の男の首根を掴んで詰め寄り、事の顛末を聞き出していた。それに対して彼は立場が悪くなったのか、無言を貫きそっぽ向いて無視を決め込んでいる。
彼の表情から既にあの不気味な笑みは消えていて、「はあ」と溜め息をついて不貞腐れているだけだ。自分は悪くない、なにもしてないと口笛まで吹く始末であり、反省の色は愚か今回の騒ぎを悪い事だと思っているかどうかすら怪しい。
「答えろ。Dランク《盗賊》、アーノルド。」
「え……!?さっきCランクって言ってなかった……?」
「ああそうだよ!どうせ俺達ぁDランク落ちこぼれの《解体屋》チームだよ!」
Aランク冒険者のラルクに詰め寄られ、ルインに嘘を見抜かれて逆上する《弓術士》……改め《盗賊》の男アーノルド。冷静さや大人びた振る舞いは取り繕ったうわべでしかなく、彼の本性がこちらであるということなどフェイもルインもすぐに理解することができた。
「もしかして執拗に絡んできたのって……」
「チームって言ってたし、パーティを作って全うに生きたかったんじゃない?自分を偽ってる時点で全うもなんも無いけどさ……」
何故《解体屋》の連中があそこまで絡んできたのかを察し、二人の目が憐れみの視線へと変わった。その反面、自分が貶した《即死魔法》使いに自分を否定されたショックと怒りでアーノルドはギリギリと歯を鳴らし、眉間に皺を寄せている。
「リ……リーダー……」
一方でその様子を遠巻きに眺めていた《解体屋》の男は自分の真後ろに白銀の鎧を纏った冒険者がいることにも気付かず、状況が悪いのもあってか割り込むこともせずアーノルドの身をただただ案じているだけである。
「あ“ぁ“……?《即死魔法》なんてクソなもん使っといてテメェが全うだぁ……!?」
「別にそんなこと言ってない。でも少なくとも私達を騙して脅した挙げ句こんなことする君がまともな訳ないよね。」
フェイはあくまでも客観的に見てアーノルドが悪いと諭す。彼がルインを仲間に率いれる際には冒険者の等級を騙り、似て非なる別の職業を名乗り二人に暴行とも取れる行為を行っている。その上先程の演説は流石に行き過ぎた行為であり、彼女が怒るのも無理はない話に思える。
「うるせええぇ!!!足手まといの分際で俺にそんな口を利くなァァァァァァァァ!!」
だがアーノルドはその事実から目を背けるばかりか《即死魔法》使いであるフェイに諭されたことで完全にブチ切れ、先程まで残っていた化けの皮が剥がれ落ちて罵詈雑言をひたすら喚き散らしていた。
ハッキリ言って憐れでしかないが、彼の中では″冒険者の癌″同然である《即死魔法》使いに説教をされたということが何より許しがたい事実であった。
彼は銀色に光る短剣を振り回し、周囲に斬りかからんとばかりにばっさばっさと空を切り裂いている。狂乱していながらも完全に目はフェイを捉えており、充血した瞳は理性の欠片も見られない程血走っていた。
「負け犬のテメェなんざここでブチ殺してやるよゴラァァァァァァ!!!」
そして怒りが限界に達したらしいアーノルドがその短剣を握り、獣同然のがなり声を上げてフェイに飛び掛かった。フェイントのひとつもなくまっすぐと掻き斬るように振り下ろされた彼の短剣は、フェイが新調した黒のナイフとかち合い鋭い金属音を鳴らす。
「負け犬は君だろ……思い切りと筋は良いのに努力の方向を間違えてる。」
「ああ″ン!?」
いきなり襲われたことに対してもフェイは冷静さを欠くことなく、アーノルドの攻撃に押し負けないように剣を握る力を強めてそう返す。しかし性差や職業柄からなのか単純な力比べではアーノルドに分があるようで、フェイの方がほんの少しだが押されているようだ。
「ああだったら押し返してみろよ!!そこまで言うなら打ち負かしてみやがれ劣等がよお!!」
鍔迫り合いで彼女を押していることで自分の武器が勝っている、と信じて疑わないアーノルドは勢いを緩めることなく自分の全体重を短剣に乗せて更に圧を掛ける。所詮《即死魔法》使いか、と見くびっているのか彼は怒りを顕にしつつも笑っている。
「……打ち負かしはしない。」
「あ?お!?」
フェイは一瞬力を緩めたアーノルドに向かって腹に勢いよく蹴りを放った。「予想外だった」と呆気に取られて後ろに軽く吹っ飛ばされると、その場で無様に尻餅をついた。
「おがっ……!?」
「言われるがままに押し返させてもらったよ。」
フェイは周囲を一度見渡した後、決着が着いたと言わんばかりに武器を納めアーノルドを見下ろす。だがその表情は不思議と柔らかい笑みを浮かべていた。