《即死魔法》は買い物する
ギルドカウンターを後にした二人は、今回の依頼で得た報酬金で《オルディン》の街での買い物を楽しんでいた。特にルインは村育ちということもあり街に置いてある品物がどれも良く見えて目移りしてしまっているようだ。
「わあ……綺麗!」
そんな彼女が特に目を輝かせていたのは冒険者用の服を売っている仕立て屋兼鍛冶屋のお店である。特に仕立て屋には魔術師のドレスやエルフをモチーフにした弓術士の服などの戦闘服のみならず、一般人向けの服装から貴族服まで様々なものを取り揃えているようだった。自分もこんな服を着てみたいという年相応の少女なら誰しも抱くであろう感情がルインにもあるということだろう。
「ルイン、あまり無駄遣いは……」
フェイはそう忠告をしようとして、何かを察したのか自ずと口を閉じてルインの様子を眺めていた。恐らくこういった買い物をしたこともなく、見るもの全てが輝いて見えるこの場所で自分の忠告など耳に入る筈もない──と若干呆れながらもルインの気持ちを最優先に考えた結果、自分は何も干渉しないという方針を決め込んだ。
(ルインがあんなに笑ってる……彼女も元はこんな普通の女の子だったんだもんね。)
寧ろルインの素顔のような一面を見られたことに微笑むフェイ。ルインは同年代の少女と比べればかなり大人びて見え、時には自分の境遇を理解し諦める潔さと、仲間を本気で守りたいと無茶してまで戦おうとする勇敢さを持っている。だがそう変化したのも彼女の生い立ちが関係しているだけのことでしかなく、ルインも至って″普通の女の子″である。
(……普通の、か。)
「フェイー!こっち来て!」
「はいはい、今行きますよ。」
目新しいものを見つけたルインが目を光らせて唐突にフェイを呼び止めた。フェイは自分の胸の内を仕舞って苦笑いしながら彼女の元へと駆け寄る。ルインの奔放な姿に振り回されているフェイの姿、その光景はまるで貴族のお嬢様に振り回される執事のようでもあった。
───
様々な出来事がありながらもひとしきり買い物を楽しんだ二人は先日依頼についての会議をしたテラス席のような場所で落ち合い、その結果を報告することにした。
フェイは一度買い物くらい好きにさせてもいいかとも考えてはいたようだが、チームを組んで活動する以上ルインが学ぶべきことは多いと考えたうえでの提案である。
「色々と買えた?」
「うーん……」
買い物の結果を聞くフェイだったが、それに対するルインの反応は芳しくなかった。てっきり色々買いすぎてしまうのではないかと心配してはいたが、それにしてはまるでいいものが見つからなかったとでも言わんばかりであった。
「あれ、買わなかったの?」
「うん……でもボロボロだったから服は買ったわよ。」
ルインのボロボロだったワンピースはまるで新品同然に変わっていて、土掛かって破れていた筈のそれは風に煽られてたなびいている。だがそれ以外の変化も見られず、ルインが今回買ったのは新品のワンピースだけのようであった。
彼女曰く他の服はサイズも合わず、戦闘向きでもない。自分の職業柄武器もいらないから買うものがなかったし、アクセサリーも綺麗だったけど必要ないと思いの外理性的な買い物をしていたようだった。
「フェイはなに買ったの?」
「ああ、今出すよ。」
ルインに聞かれたままフェイは自分の買ったものをテーブルに並べていく。片手で振るえる短剣と、彼女の趣味とは反したような可愛らしい熊の縫いぐるみであった。
「え、ぬいぐるみ……?」
当然ながらルインは縫いぐるみに対して不思議な感情を抱いたことは言うまでもない。大きさは約五十センチ、両手で抱えて持つくらいとかなりの大きさであるが、なんとその縫いぐるみはお腹が裂けるように開く仕組みになっており、その様にぎょっと目を丸くして驚くルイン。
ジョークグッズにしてもかなりドッキリ要素が強く、可愛らしい見た目に反した強烈なギャップは見る人によってはトラウマを植え付けられるであろう。
「《マッドドール》っていってね、武器とか爆弾を収納する縫いぐるみなんだ。《腹裂け熊》っていう魔物がモチーフになってる。」
「へ、へえ。そうなのね。」
その不気味さに若干引き気味になりながらも、ルインは必死に取り繕おうとしていた。いまいちその用途を把握しきれないとばかりに、「え、なんでそんなものを……」と困惑しっぱなしである。
「で、聞きたいんだけどどうしてこれを……?」
「その場その場で調達するのもあれだろうからさ。これルインにと思って。」
「あ……なるほど。」
フェイの意図を理解したルインであるがその心境はかなり複雑で、正直素直に喜べないでいた。まあ無理もなく、如何に実用的であるとはいっても腹が裂けるというビジュアルが完全にアウトだからだ。普通の女の子のプレゼントにこんなグロテスクなものを渡せばきっとその子はトラウマに苛まれて寝られないだろうというくらいインパクトが強い。
……顔は可愛いのにである。
「ま、まあ折角のフェイのプレゼントだしね。ありがたく使わせて貰おうかしら。」
ルインは自身が抱くプレゼントに対する感情を圧し殺し、ひとまずフェイに感謝を伝える。まあモノはどうであれ、チームメンバーからの折角の気持ちを無下にすることも出来ず、自分の職業柄マッチしたチョイスをしてくれたということについて前向きに捉えることにしたのだった。
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