《即死魔法》は報告する
フェイは今しがたルインの姿をハッキリと見たところだが、ルインもまた手当てを受け頭や腕、脚など至るところに包帯を巻いている。だがルインはそれを諸ともせず一歩一歩踏みしめるようにゆっくりとフェイに近づき、何も言わずぎゅっと彼女へ抱きついたのだ。
「バカ……どれだけ心配したと思ってるのよ!」
「ルイン……ごめんね。」
数日振りの対面に思わず涙を流し、「もう離さない」とばかりにフェイに抱きつくルイン。ここ数日一言も離せぬまま、ずっと不安に駆られ続けていた彼女の重荷が、ここに来てすっと風が撫でるように取り除かれた瞬間でもあった。
「もう……!バカ!バカ!」
「……。」
ルインが貯め続けてきた物が一気に溢れ、ありったけの想いをフェイにぶつけているようにも見える。フェイはというと、そんなルインの止めどない感情とそこから繰り出される締め付けと殴打を無言で受け止めていた。
(彼女たちもちゃんと絆で繋がった仲間……というわけか。)
エリアスはそんな二人の様子を遠巻きに、自らが干渉しない程度に眺めているだけであった。その物憂げな表情は、何処か過去を懐かしんでいるかのようにも見えるが、その真意は彼のみぞ知ることである。
───
「それじゃあ……ありがとうございました。」
「お世話になりました!」
それから更に一週間程が経過した頃、フェイの右腕も動くようになり二人は同じタイミングでようやく退院することとなった。ルインの方も包帯が全て外され、戦いで付いた傷も塞がりきっている。
まだ万全とは言い難いものの簡単な採取依頼をこなせるくらいには回復しており、二人の顔にも笑顔が戻り始めていた。
「それじゃあ……一応ラルクさんに報告しよっか。」
「ええ、報告して初めて依頼達成になるのよね!」
フェイは最後の確認としてギルドマスターを務めるラルクという男に依頼達成の報告をしようとルインを促す。依頼達成の旨はエリアスから伝えてくれると言ってはいたが、かなり期間の開いたことであるし報酬もまだ貰えてはいないのだ。
それに今回の依頼において《種蒔き悪魔》のことをギルドマスターに報告しなければならないということもあった。
二人は約二週間振りに《オルディン》の冒険者ギルドに足を踏み入れる。外見は変化していないものの、長い間留守にしていたこともあって一瞬だが入るのを躊躇してしまう。
だが依頼達成したという事実はあるため、彼女達は報酬を貰う権利がある。高く聳え立つ建物の威圧感に気圧されつつも二人は重い扉を開ける。
「……お疲れ様、二人とも。」
扉が開いたことで当然周囲の目線を集めることになる。その中の一つは《オルディン》のギルドマスター、ラルクのものであり、表情は少し堅いものの彼の目は二人を温かく出迎えてくれているようだった。二人もすぐに彼の居るカウンターへと駆け足で向かう。
「紆余曲折ありましたが、無事帰還しました。そちらに報告の証拠品が送られたと聞きましたが。」
「《デビルシード》が二百と《デビルプラント》が五十、そして件の《種蒔き悪魔》だね。いやいや、依頼の管理が杜撰だとエリアスに怒られてしまったよ。」
フェイとラルクは今回の依頼についての報告のやり取りを行っていた。数匹は街に辿り着く前に落としてしまったが、それでもとんでもない数である。
「今回のケースは異例中の特例だったとはいえ、一度偵察係に全依頼の下調べを行い脅威度を改めて設定するよう務める所存だ。特に初依頼だというのにルインくんには荷が重かったのではないかな?」
「……怖かったです。」
今回のイレギュラーな事態によって実際死の瀬戸際まで追いやられた二人だが、特にルインは今回の出来事が大きい傷として心に深く刻まれたことは言うまでもない。自分の力不足で仲間を失いかけたことのショックは決して忘れないほど大きかったのだ。
「でもルインがいたから依頼が達成出来たんだよ。ありがとう。」
「……!!」
自分の背中にぎゅっとしがみつくルインにそう言葉を投げ掛けて感謝を伝えるフェイ。実際フェイ一人ではあの魔族に到底敵いはしなかっただろうし、ルインがいなければ野垂れ死んでいたのも事実だ。戦闘を大きく引っ張っていったのはフェイだが、ルインもまた依頼を達成するうえで大活躍したと言えるだろう。
「《種蒔き悪魔》の方はこちらで少し研究を進めなくてはならないから保留にしてほしいのだけど……そうだね。依頼達成の百ケテルに《デビルプラント》の買い取りで……これが今回の報酬だ。」
「わあ……お金だあ!」
ラルクは硬貨の入った袋をそれぞれ二人に手渡した。報酬の基本金である百ケテルを二等分した五十ケテルに、《デビルプラント》五十匹を買い取ってもらった百五十ケテルを別の袋に入れたものをフェイに渡す。
ルインは報酬に気をとられていたこともあってか、硬貨の入った袋を渡され目を輝かせていた。
「フェイ、一緒に買い物しよ!」
「はいはいわかったわかった。取り敢えず落とさないようにねー!」
我先にと走るルインを駆け足で呼び止めようと追いかけるフェイの後ろ姿をジッとラルクは眺めていた。その様子は何処か昔を懐かしんでいるかのように見えたが、彼女達にそれを知る術はない。
依頼を達成した高揚感に釣られるがまま、太陽に照らされて白く輝く《オルディン》の町を二人は走るのだった。