《即死魔法》は鍛練する
「───せいっ!」
フェイは治療所のすぐ側にある訓練用スペースでリハビリを兼ねた特訓を行っている。此処はちょっとした広場のようになっており、彼女のように病み上がりの冒険者が鈍った身体を動かす場所であった。
草原のような原っぱと弓や魔法を試す為に置かれた薄い木のターゲット。拘束具のような鉄のナニかが掛けられた太い丸太のようなものがそれぞれいくつか置かれているだけの簡素な場所ではあるが、冒険者のリハビリにはうってつけであると言えるだろう。
「《ウォータアロー》!!!」
フェイは長らく使っていなかった凍水属性の魔法、《ウォータ》を一点に向けて撃つ《ウォータアロー》を放ち、見事にターゲットに命中させた。木で作られた看板のようなそれは非常に脆く、《ウォータアロー》が突き抜けた位置に風穴を開けている。
「やっぱ前より出力が落ちてる……といっても二年くらい使ってなかったかな。」
たがその質感に何処か納得がいかなかったらしく、彼女は不満そうに左手を開閉させていた。
今でこそ周囲に疎まれる《即死魔法》一本で戦うフェイであるが、全く持って他の属性魔法が使えないという訳ではない。というのもこれまで全くと言っていいほど使う必要性に駆られなかっただけなのである。
ずっとソロで淡々と魔物の素材を回収していくだけの生活をしていた彼女が《即死魔法》以外の魔法を使う理由があるかと問われれば言うまでもなく無い。特に適正のない初級魔法など、いくら小細工と応用を利かせたところでが彼女にとってそれはなんの意味も持たない素質でしかないのだ。
《即死魔法》使いという差別同然のレッテルを貼られた彼女にとっては。
「《ニービルボール》!!」
続けて自分の手のひらから黒い球体を三つ生み出し、《ウォータアロー》で風穴を開けたターゲットに向かって放った。空中で独りでに爆ぜた黒い球体から微小な紫色の粒が飛び出すと、まるで羽虫の大群の如くターゲットに群がっていった。
遠くから目視するのは難しいが、木のターゲットに無数の細かい穴を開けている。
「っ……!!やっぱり消耗が凄いな。」
フェイは魔力を使ったことで疲労を感じたのか草原の地面にドサッと音を立てるようにしてその場に座り込んだ。病み上がりであることも関係しているのだろうが、彼女は荒い呼吸を整えて、諦めたような乾いた笑いを浮かべているようだった。
「駄目だ、こんなの割に合わない。」
魔法の威力とコストが噛み合っていないと、早々訓練を投げ出すフェイ。実践ではおろか訓練ですら一般的な魔法を放棄するレベルであり、その姿だけを見れば《魔術師》としての才云々ではなく、彼女の努力が足りないと周りは言うだろう。
(《ニービルボール》は消耗が激しい……《デス》を組み合わせるにしてもかなり大きい隙ができるな。)
だが彼女が折れたのは《ニービルボール》を使った《即死魔法》との組み合わせについてである。無属性魔法の《ニービルボール》は属性を操る本人の素質に関係なく発動できる魔法であるが、無属性即ち本人の魔力、MPを大きく消耗することでもある。
それぞれの属性には《気質》と《素質》というものがあり、《気質》は言わば属性を纏う風、空気のようなものである。水の中で火が着かないように、また地面が空に干渉しないように場所や状況に応じて魔術師に属性のパワーを与えるものを《気質》といい、術者本人の魔法のサポートや魔力消費を大きく抑える効果がある。
《素質》は本人の適正属性が何かを表しており、遺伝や生い立ちによって色濃く左右される一種の才能のようなものである。周囲の《気質》を上手くコントロールする働きもあり、素質に応じた属性の魔法を習得しやすいという点がある。
無属性には《素質》こそあれど《気質》はなく、完全に術者のMPと魔力に左右されてしまうせいで一般的な六属性の魔法に比べて消耗が激しい。無属性の《ニービルボール》に加えて《即死魔法》を加えるとなればその魔力消費量は馬鹿にならず、ハッキリ言って非効率だ。
「《ニール》!!」
フェイは気を取り直して、次に灰色に灯る人魂のような炎を左手から放つ。これも《無》属性の魔法であり、単純にぶつけて物理的なダメージを与えるだけという至ってシンプルなものでしかない。《魔術師》であれば誰でも使えるような最低級の魔法だが、フェイは何を思ったのか片っ端から魔法を撃ち続けている。
(先輩としてルインに教えられるようにしなくちゃね!)
今回の戦いで人形がないとルインが戦えないという事実を突きつけられたフェイは、《魔術師》としての基礎である無属性魔法を教えようと考えていたのだ。《人形傀儡師》であるルインは自分の指先に魔力を込め、文字通り人形を操っているため、その気になれば新たに魔法を覚えられるだろうという期待と本人の戦闘能力の低さを感じた提案である。
そしてもうひとつは、《即死魔法》のせいで魔術師としての成長を止められた自分の上を行って欲しいという彼女なりの願いのつもりであった。
「《ニビルショット!》」
だからこそフェイは諦めることなく自分の限界ギリギリまで訓練に勤しんでいた。自分が入院していることも忘れ、誰もいない庭園で魔力尽きるまで魔法を放ち続けたのだった。
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もし宜しかったら【コミュ障娘の死術呪言~異世界で人類の敵になってしまったようだ】の方も是非読んでもらえれば幸いです。




