《即死魔法》は入院する
「……かなり危険な状態でした。現在は彼女の身体に残った異物を除去を完了させ、安静にさせています。目覚めるまではもう少し掛かるかもしれませんが……」
「……そうですか。あの、友達を助けていただいて本当にありがとうございます。」
それからというもの、ルインの声を聞いた通りすがりの冒険者の助力あって、《オルディン》の街の端に位置する冒険者用の治療所へと運ばれることになった。
彼らの数日にも渡る治療の甲斐あって事なきを得たようで、現在フェイは治療用の個室でぐっすりと眠っているそうだ。一方ルインはルインで両手脚に包帯を巻かれており、彼女が受けた傷も決して浅いものではないことが窺える。
「それが私達の仕事ですので。あと、こちらがルインさん用の痛み止めになります。ルインさんもお大事に。」
「ありがとうございます。」
ルインの感謝の気持ちを業務的に、だが温かく受け取った担当医の女性からスープ状の飲み薬を貰ったルインは、感謝してもし切れないとばかりに頭を下げ続けていた。
(やっぱ薬って苦いのね……。)
椅子に腰かけたルインは医師から渡されたスープを飲み、その苦さに苦言を漏らしていた。
ここに来た当初は動揺して会話どころではなかったルインだが、今ではフェイの状態を話す担当医の女性の言葉をしっかり聞けるだけの理性と落ち着きを取り戻している。
「……落ち着いたかね。」
「あっ……エリアスさん。」
そんな彼女の元に現れたのは、フェイとルイン二人の担当医を務めている青年、エリアスだった。この治療所ではかなり腕の立つ医師らしく、短めに切られた茶髪から白髪を覗かせている温厚そうな顔つきをした男性だ。
二人が此処を訪れた当初からフェイの手当て、ルインのメンタルケアまで行ってくれた人物である。
「彼女がここに運び込まれた時は色々な意味でビックリしたよ。全身打撲に裂傷、加えて右腕から種がポロポロ落ちてくる……よく生きてたよ、全く。」
「うっ……。」
ルインは担当医と代わった一人の男からフェイの怪我の説明を無言で受けていたが、その凄惨さに彼女は一瞬耳を疑うような素振りをしてみせる。
だが改めてそれが事実であることを認識したルインの目からは涙が流れていた。
「ああ……こんな痛々しい話をするべきじゃなかったかね、申し訳ないお嬢さん。」
「あ、いえ……大丈夫です。」
エリアスが「自分の悪い癖」だとルインに向かって謝った。
特に右腕が植物に寄生されているという話はまだ十三と年端もいかない少女に話すにはかなりショッキングな内容であるだろう。最悪植物恐怖症になっても何らおかしくない事態である。
「続けてください。無茶苦茶ばかりする友達を止められなかった……いや、覚悟をしていながら仲間を助けられなかった無力な自分への戒めですから。」
「ふむ……強いんだね、君は。」
だがルインは怯まず、エリアスに話を続けるように頼んだのだ。彼から告げられる痛々しい傷痕、フェイが抱えていたものを聞くことで、自分もそれを理解し共に背負う選択が出来るだろうという彼女なりの覚悟であった。
(私のせいで……こんな……)
加えて自分がいかに無力で、未熟で、仲間の脚を引っ張り続けた結果目を背けたくなるような傷を負わせてしまった事に対する懺悔のつもりでもある。
「だから……そのまま続けてください。」
「そのつもりだったが、それよりも君には別の話をしなくてはならないみたいだね。」
「……別の話?」
ルインは話を続けるように医師に頼むが、彼から返ってきたのは意外にもそんな答えだった。てっきり続けてくれるのかと思っていた彼女の目は驚きから見開かれている。
「君達が持ち帰ったあの……魔族の解剖を行った。」
「……!!」
医師の男の言葉にルインはハッとなり、彼を仰々しく見上げて口を開かれるのを待っていた。
「通称《種蒔き悪魔》と呼ばれるれっきとした魔族でね、文献でしか発見されてこなかった化石みたいなものだったんだよ。それも推定Bランクというとんでもない魔物だったらしいんだ。」
「Bランク……。」
自分達が相手したものがそんなに強かったなんて……と驚愕するルイン。自分はDランクであり、先輩であるフェイですら一つ上のCランクの冒険者である。
厳密に言えば冒険者に与えられる等級と魔物の脅威度を示すランクには差があるのだが、少なくとも彼女達が相手取るには明らか力不足であったということは言うまでもないだろう。
ハッキリ言って無謀を極めているであろう相手を前に二人揃って生きて帰ってこれただけ、非常に幸運である。
「きっと彼女も、あの場所で一人だったら生きては帰ってこれなかっただろう。君の頑張りはきっと彼女にも伝わっている筈だよ。」
「でも……でも結局は私のせいでっ!!」
「……だったら彼女が起きた時にでも直接謝ればいい。彼女の無事な姿を前に君はそう言って泣きながら出迎えるつもりなのかい?」
「う……、それはっ……」
ルインはエリアスを前に言葉を詰まらせ、どうすれば良いのかをひたすら考えている。感情を昂らせているものの、それを上手く表せないのはまだまだ彼女が精神的に幼いことを痛感させられている。ひとつひとつ整理しようにも、何から気持ちを片付けるべきかがわからないのだ。
後悔と自責と……喜びに悲しみに怒り。無事だと告げられてなお完全に信用しきれない自分の内にある恐怖心まで。
奈落の底から出た時に抱いたものに近いくらい、多くの様々な感情がぐちゃぐちゃに入り交じっている。
「まあ後は彼女の目覚めを待つだけだ。容態は安定しているしベッドも狭くはない、なんなら一緒に寝ることを許可するが……。」
「お願いします!」
エリアスの提案に食い入るように即答したルイン。その後彼女はエリアスに連れられて、フェイのいる治療所の一部屋に案内された。
そこはかなり大きなベッドと着替え用のクローゼットだけがある寝室であり、二人どころかルイン程の背丈の少女がもう一人入れそうな程大きいものだった。
「それじゃあまた明日。君もまだ完治してないんだ、安静にね。」
「ありがとうございます……おやすみなさい。」
二人が運ばれてから数日、既に一週間程の時間が経とうとしている。ルインはエリアスに一言「おやすみなさい」と告げてすぐさまベッドに潜り込むと、横たわるフェイの背中にがっしりと掴まって離さないと言わんばかりに思い切り抱き付いた。
「ごめんなさいフェイ。私が迷惑掛けたばっかりに……」
ルインは力強くフェイの肩にしがみついて涙を流していた。シーツが濡れるのも構わずありったけの感情を込めて泣きじゃくっている。
「本当にフェイと一緒に依頼がこなせて、とてもワクワクしたし楽しかった。強敵に挑む高揚感も、冒険者としての覚悟も、あんたに会えなかったら得られなかったのよね。」
フェイに囁き掛けるように、ルインはありったけの感謝を込めてぽつりと嗚咽混じりに言葉を込める。
「私だけ色々貰ってばかりで……あんたをそんな酷い目に遭わせて……ほんと自分が馬鹿みたいよ。」
自分の力の弱さを後悔してもしきれないと悔しそうに歯をギチギチと鳴らし、唇を噛み締めるルイン。
「もしあんたがまた目を覚ましたら……今度は私があげるから!優しさとか……温かみとか……友情とか……!フェイがこれまで苦しんできた分まで、死ぬまで沢山楽しませてあげる!」
自分の言いたいことを言い切れたらしく、そのままルインはコロッと深い眠りに落ちることとなる。その様子をぼんやりと、だが確かに聞いていたフェイは寝返りを打って彼女の方を向き、寝息を立てているルインの頬を優しく撫でる。
(全く……こんなにボロボロなのに私の心配ばかりして。)
数日の睡眠を経て目を覚ましたフェイが寝静まったルインの頭を左手で、起こさないように優しく撫でる。ルインが被った怪我は自分程ではないが、それでも相当深い傷を負っている。
全身の至るところに包帯が巻き付けられているその姿は同じ境遇の自分が見ても非常に痛々しい。特にフェイと比べて露出の多いルインは手当ての痕がより外に晒されているのだ。
「……気にかけてくれてありがとね。」
胸元で寝息を立てているルインを宥めるように、彼女に聞こえるかも怪しい程の掠れた小声でフェイは囁き微笑んだ。ずっと一人で自分の心配をしてくれたうえ、彼女の本音と強い覚悟を聞くことができたことがなによりも嬉しかったのである。
フェイは慎重に身体を起こし、ベッドから降りてゆっくりと立ち上がった。数日ぶりということもあって身体が思わずふらつくが、長い間休んでいたせいで鈍ってしまうと彼女は病室の扉を開けたのだった。