《即死魔法》は決着する。
地面に崩れ落ちた魔族の身体はぴくりとも動かない。《即死魔法》を全身に受けたことで、その生命活動が強引に止められたのである。
「……起きて、起きてルイン。」
「……痛っ!!」
フェイは相手の死を確認すると、すぐさまルインの肩を揺らして彼女を起こした。ルインはというと身体の痛みに震えて涙目になってはいるが、命に別状は無いようでフェイは安堵していた。
「あ……終わったのね。」
後ろで横たわる魔族の身体を見たルインは、決戦に終止符が打たれたことを理解した。それと同時に、フェイの左手に自分の両手を添えると、何故かルインが大泣きし始めたのだ。
「ううっ……全く無茶ばっかりしてぇ!!死んじゃったらどうするつもりだったの!?」
明らかにさっきよりボロボロなフェイの姿を見て相当無理をしたことは想像に難くない。寧ろ魔族の返り血に濡れ、口から血を吐いている彼女の姿を見てそう思わない方が異常だろう。
「ご……ごめん。」
「ごめんじゃないわよバカァ!!!」
完全に感極まって泣いてしまっているルインだが、その表情は怒っていながらもフェイが無事だったことによる安堵と、依頼を達成できたという喜びが入り雑じって言葉にし難いものになっている。
フェイはルインの言葉に苦笑いを浮かべ申し訳なさそうにしながらポーチを漁るが、目的のアイテムにはいつまでたっても辿り着けないでいる。どうやらとっくに回復薬は切れてしまっているようだった。
今回はルインの初依頼ともあって多く準備をしていたつもりではいたが、元よりEランク依頼ということもあり完全に依頼基準でしか準備をしてなかったため、寧ろここまで回復薬が持ったこと自体が奇跡と言って過言ではなかった。
「ひっぐ……」
「……。」
互いの無事に感極まって泣くルインの頭を、「よしよし」と宥めるように左手で優しく撫でるフェイ。
「ありがとう……ルイン。」
これまでにないであろう痛みや恐怖にも負けず正面切って戦ってくれたルインの頑張りは自分が一番わかっているし、ここまで残る覚悟と死ぬかもしれないという葛藤にルインが苦しんでいたこともフェイは理解しているのだ。
「うっ……フェイぃ……!!」
フェイに褒められたことでルインは奇跡ともとれる二人の無事と決着にようやく実感を覚えたのか、フェイにぎゅっと抱き付いたのである。か弱くも力強い包容は、ルインの全体重乗せているのかかなり重く感じられた。
「よしよし……。ひとまず帰ろっか。」
フェイはそう言って一頻りルインを宥めた後、自分の身体を引き摺るようにして立ち上がった。魔族と正面切ってぶつかり合ったボロボロの身体は一人で立ち上がるのがやっとといった状態だ。
ルインもフェイ程ではないものの、今回の戦闘で決して小さくないダメージを全身に負ってしまっている。殆ど休息を取っておらず無茶な提案ではあったが、とにかく一刻も早く彼女達は帰りたかったのだ。
彼女達は目の前で横たわっている魔族の遺体と、《デビルシード》やプラントの詰まったバッグを背負って洞窟を後にする。
悪魔の巣窟のようなこの場所の事を、一刻も早く報告しなければならない。Eランク依頼だからと長年放置された結果、いつの間にか手がつけられなくなってしまっている場所はきっと此処だけではない筈だ。
今回のケースをギルドに認識させることで、彼女達のような被害者も、命を落としてしまう冒険者もきっと減るだろう。
───
どれ程長い時間戦っていたのだろうか。日は既に暮れ、外は闇夜に飲まれ始めている。頼りない夕暮れの太陽が仄かに道筋を示すものの帰り道は文字通り一寸先は闇といった様子であり、負傷している少女二人で通るにしてはあまりにも危険だ。
せめて日が昇るまで待つことも考えられたはずだが、回復薬も食料も尽きた状態でこれ以上長引かせる意味もないというお互いの判断である。
「もう少し……もう少しだよルイン。」
「あんたの方がキツいんでしょうがっ……!!」
それでも二人は互いに励まし合い、フェイが道しるべに用意した地図を使って街へ向かってゆっくりと歩き続けている。
(あ……街ね。)
ゆっくりと、だが確実に歩を進めていくうちに、少し遠くの方からではあるが建物の影がルインにも見えてきた。目的の場所まではもうすぐである。
「ほら、あと少しだから頑張るわよ!」
ルインも酷く傷ついた身体でありながら、泣き言ひとつ漏らさずフェイの歩幅に合わせていた。今回の依頼ではあまりにもフェイが無理をし過ぎていることを察しており、加えて彼女の背負う荷物もルインが背負うにも重すぎた。
何も出来ない自分に出来る唯一の事は、仲間を元気付けてあげることだったのだが。
「……フェイ?」
先程まで返してくれていた筈の相槌が聞こえなかったことに不安がよぎり、すぐ横にいるはずのフェイに一度呼び掛けるルイン。
それに対してフェイからの応答はない。突然どうしたのかと一度ルインはフェイの服の袖を掴んで反応を窺うが、それに対してもフェイからのアクションはなかった。
(……!!!)
それどころかルインの力に引っ張られて、その場にパタンと力なく崩れ落ちてしまったのだ。フェイはうつ伏せで倒れ、背負っていたバッグから数匹の《デビルシード》の死骸が地面に投げ出されて転がっていく。
ルインが何度呼び掛けても反応はなく、いつからそうなったかも分からないがどこかで確実に意識を失ってしまったようだ。
「いや……いや……!!フェイ!起きて!」
ルインは数回フェイの身体を揺すって必死に起こそうとするがまたしても反応はない。幼いながらも彼女の中に少しずつ嫌な予感がよぎる。それは彼女にとって考え付く限り最悪な結末であった。
「……誰かフェイを!!友達を助けて!!」
少し遠くにそびえる《オルディン》の街の人々に向けて大声で助けを求めるルイン。涙でぐしゃぐしゃになり、声にならない嗚咽混じりの叫びで必死に誰かを呼び止めようとしている。
「誰かお願い!!お願いしますっ……!!お願い!!友達を……助けてください!!!」
ルインは誰かを頼らなければ何も出来ない自分の無力さを痛感し、隣で倒れているフェイからも離れられずただその場で大声を上げることしか出来なかったのだった。