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《即死魔法》は立て直す

「とりあえず立ってよね。」

「ああ、うん……。」


フェイはルインが差し出した手をとって立ち上がるものの、当然ながら状況が理解できず周囲をキョロキョロと見回しながら困惑していた。


《デビルシード》が魔族に襲いかかっている光景は意味不明であるし、自分が無事な理由もルインがここまで誇らしげにしている意味もわかっていない。


だが《デビルシード》の身体は不規則にゆらゆらと浮いており、一回も地面に降りることなくまるで羽虫のように群がっている様子は異様であるということはフェイにもわかった。


そんな彼女もルインから手渡された回復薬を再び飲んでゆっくり体勢立て直し、少しずつ冷静さを取り戻していった。



「なるほどね……本当に助かったよ。」

「もっと褒めていいのよ!」


この光景のカラクリはルインの人形傀儡師のスキルが成せる業であり、両手の指に魔法の糸を絡ませそれぞれの指に一匹、計十匹の《デビルシード》を操っているというものだった。


指一本で操っているため本当に飛ばして戻してという単調な動きしか出来ないが、陽動や時間稼ぎには十分すぎる。



「わかったわかった。まずはちゃんと終わらせよっか。」

「……そうね。」


フェイはルインの軽く頭を撫で、やるべきことがあると彼女を諭す。当然ながらルインもその覚悟を決めきった後なので、そんなことなど百も承知ですぐに魔族へと向き直った。



『スガァァァァ!!!』



一方魔族は自分にまとわりつく操り人形(デビルシード)を振り払い、力ずくで握り潰して粉々にしているところだった。


「大丈夫なの……ルイン?」

「やれることはまだまだあるわ。バッグ借りるわよ。」


やがて十匹の《デビルシード》は全て粉々になったことでルインは再び武器を失うことになったが、彼女は迷わなかった。




武器ならここに幾らでもあるからだ。



「オーケー、ありったけぶちこんでいいよ。」

「そう言ってくれて助かるわ。」



二人は動く手で軽くハイタッチを交わし、ちょうどこちらを向いて敵意を剥き出しにした魔族を再び睨み付ける。



「……防御は任せたよ、ルイン。」

「……前はしっかりよろしくね、フェイ。」



既に極限状態であるにも関わらず、フェイはそう言って相手に向かって駆け出す。ルインもすぐさまバッグの中にある《デビルシード》の死骸に糸を括り付け、平行してフェイの元に飛ばした。



『ヴガァァァァァ!!!』


翼を力強く羽ばたかせて飛翔し、勢いよく降下と上昇を繰り返す魔族の動きに攻めあぐねるフェイだが、強引にぶん殴ってくる相手の攻撃を避けながら冷静にタイミングを窺っている。



「空にいたって逃がさない!」


ルインが巧みに《デビルシード》を操り、魔族の動きを抑制するように付かず離れずの位置を保って牽制していた。先程のように指全部を使って操ってるわけではなく、それぞれの手に一匹、計二匹で魔族の迎撃に当たっているようだ。



『グアァ!!』


間合いから瞬時に退いたことで相手の殴打が空打った。あの一撃一撃が、《デビルシード》を容易く粉砕できることは前々のやり取りで既に把握している。


これらは彼女の武器であると同時に今回の換金元。悪戯に数を減らす訳にもいかずその扱いは慎重になっている。



『グオオオオオオオオ!』


攻撃を避けられたことに憤りを見せる魔族が大きく吠え、突如凄まじい風圧を放った。さっきまでの咆哮とは明らか別物であり、洞窟の中であるにも関わらず風に煽られ怯む二人。


「凄い風っ……!!」

「流石に魔法だと思うっ……!!」


少女達の華奢な身体を押し潰すが如く吹き荒れる風。その圧倒的な力は魔族が放った魔法ではないかとフェイは推測した。実際魔族は轟きを上げたまま二人に追撃する様子もなく、顔一面に広がる口を開いてありったけの怒声を響かせている。


「ううっ……あぐっ……!!!」

「ルイン!」


モロに風圧に晒されたルインの細く脆い身体から、僅かだが不気味に軋む音がした。彼女は激痛に悶え、このままではいつ大事に至るか分からない状態だ。


「このっ……墜ちろぉ!!」


フェイが片手でありったけの力を込め、手に持つ鎌を魔族へ向けてぶん投げた。鎌は空中で回転しながら僅かに相手の翼を掠めるだけに止まったが、それでも感覚はあったのかどうにか攻撃を止めることはできた。


「ルイン!大丈夫!?」

「大丈夫っ……たぁ!!」


全身に鋭い痛みが走り、ルインはその場でしゃがんで縮こまっている。冒険者としてまだまだ駆け出しの彼女は痛みを知らない。涙目になりつつもどうにか立ち上がろうとはするが、五体満足だった状態から既にボロボロである。


「無理はしないで。ほら……。」

「あんたが言えたことじゃないでしょうが……。」


ルインは差し出された回復薬を飲み干し、痛みを無理矢理和らげさせた。フェイの言葉に「お前が言うな」と軽く返してすぐに態勢を立て直す。再び両手に武器を構え、フェイの後ろについて魔族から距離を取る。


次いでに丸腰のフェイの武器を《デビルシード》に回収させ、そのままフェイの足元に鎌を弾いた。フェイはそれを受け取り、すぐさま片手で持ち上げて体勢を立て直す。



『ヴガァァァァァ!!!』



魔族が咆哮を上げながら再びフェイに向かって全速力で突進する。ルインの陽動を諸ともせず、一直線にフェイの身体を捉えるつもりで拳を振り下ろす。


だがフェイが刃を上に向けたことでその手首に鎌の刃が当たり、そこから上がボトっと乾いた音と共に落ちた。手首の断面から血が滴り、普通の人間であれば失血死していそうな程の量の血液が地面に小さな溜め池を作り出していた。



『ガァァァァ!ガァァァァァ!!』

「こっちも封じさせてもらうわよ!」


そこへすかさずルインが飛ばした《デビルシード》が、残った左拳へ噛みついた。既に右手がない状態で左手を封じられて取るのも困難だろう……と思った矢先、魔族は壁を殴って《デビルシード》を粉砕したのだ。これでは大した時間稼ぎにはならない。


「くそっ!まだまだやるわよ!」

「あまり刺激するなルイン!!」


フェイの忠告も無視して魔族の妨害を続けるルイン。先程までフェイに意識が向いていた魔族だが、当然ながらルインの存在が煩わしく感じられるようになり、少しずつ意識が彼女に向きつつある。



『ズグ……ガァァァァ!』

「い……いやぁぁぁぁっ!!」


ついに魔族がルインへと翼をはためかせた低空飛行で突撃してきたのだ。フェイとルイン、そして魔族が三角形の位置にいたことで《デビルシード》の他に壁もなく、フェイが庇うのも間に合わなかった。


「あぐっ……!!!」


魔族の殴打が《デビルシード》越しにルインの右胸を打ち付け、彼女の華奢な身体を大きく吹き飛ばした。地面へ勢いよく投げ出されたルインの意識は朦朧とし、皮膚を切り付けてしまったのか頭から血が流れている。


「ルインッ!!」

「う……フェイ……??」


意識はまだありどうにか生きているようだが、どう見ても戦える状態ではない。


「ありがとう……あとは私がやるから、ゆっくり休んで。」


フェイはそう言って自分のポーチに仕舞っていた回復薬をルインの顔の近くへ置いて、二人を凝視していた魔族へ振り返る。その目付きはこれまでになく鋭く、普段の理性的で冷静な彼女とはかけ離れたものだった。



それはルインと奈落で出会う直前に受けた自分の仕打ちを恨んだあの時のものに非常に似ている。



『....!!』


魔族の身体が僅かに震え、フェイを前にたじろいでいるように見えた。彼女から滲み出る殺意を感じとり、本能的な危険を察知してるようだ。


「……」

『...』


命のやり取りに言葉は不要、とでもいうのか。フェイも魔族も共に話す、吠えることも無く向き合った後、お互いがほぼ同時のタイミングで飛び出した。フェイは左手に鎌を持ち、魔族は残された左拳を握っている。


「……ぐっ!」

『グガッ……』


互いの武器がフェイの右胸と魔族の右腕を殴り、切り裂いた。フェイは大きく吹き飛ばされて口から思い切り血を吐き、魔族は至るところから出血し続けていた。



「───ってえ……。」

『ズグァァァァァァ!!』


両者共に限界が近づきつつあるのか。フェイは既に突破しているのだろうが、ふらふらとおぼつかない足取りで再び近づくと、語らうかのように拳と刃を再び互いの身体に叩き込む。


「あぐっ……!!!」

『グギャァァァァア!!!』


今度はフェイの右脚と、魔族の腹に向かってそれぞれの武器が振り下ろされた。フェイはその場で片膝を突き、魔族は出血のせいか身体がふらっと後ろに倒れそうになる。



「っ……!!!」

『オアァァァァ!!』



フェイが再び鎌を振るうのに合わせて魔族も拳を叩きつける。お互いの武器は武器同士でぶつかり合い、金属を打ち鳴らす鋭い音を響かせる。


互いに命を削り合い、武器がお互いの身体を確実に傷つけていく。少女の華奢な身体と、悪魔の血塗れの身体は既に幾度ない攻撃で悲鳴をあげていた。



「いっ……!!」



先に鍔競り合いに折れたのはフェイだった。痺れた左手から、カランと空しい音を立てて武器が地面へ落ちる。そこへ容赦ない魔族の鉄拳が、彼女の身体目掛けて振り下ろされるところだった。



だがフェイはそれを気にせず自分の左手を魔族の胸元へ押し当て、乾いた笑みを浮かべて微笑んだ。



「私の……勝ちだよ。」


彼女の左手から吹き出した黒い霧が魔族の傷へと入り込むと、フェイに鉄拳を喰らわす手前で身体が前のめりに倒れ、そのまま地面へ突っ伏したのだった。

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