《即死魔法》は躊躇う
『グウッ!!!』
魔族は片手でジャラジャラと浮かばせていた大量の黒い粒を二人に向かって投げつけた。人の爪ほどの大きさのそれは、珈琲豆か植物の種のように見えるもので、特にこれといって有害だとは思えない。
……が。
「身を守って!」
「わ……わかった!!」
何が起きてもおかしくないとフェイは鎌の刀身でそれを弾き、ルインもそれに倣って人形を使い防いだ。
彼女達が弾いたことで地面に散らばった小さな″種″は口を開き、小さいながらも《デビルプラント》と酷似した茎を伸ばす。やがてそれは醜悪な牙を覗かせたドス黒い花を咲かせたのだ。
「ルイン、人形を手放して!」
「でも……」
「いいから!!」
周囲を見渡し、瞬時にその光景を把握したフェイはすぐさまルインに人形を手放すよう言った。だがそれは即ち、ルインの攻撃手段や防御策を失うことと同義であり、そう易々と切り捨てられるようなものではない。
フェイの言葉に理解できず困惑するルインだったが、彼女の焦りようを見て仕方なくといった感じで渋々魔法糸を切って武器を手放した。
シュルシュルシュル……
「────!!!」
「……危なかった。」
その瞬間 《ナイトゴブリン》人形の至るところから植物の蔓が伸び、周囲にはこびる″花″と同じものを大量に咲かせたのだ。あと一歩遅れていたら彼女まで巻き添えを食らいかねないところであったことに衝撃を受け、絶句するルイン。
「どうしよう、これじゃあ何も出来ないっ……。」
だがそれ以上に、盾と武器を同時に失ったことで完全に戦えなくなってしまったことの方がショックのようだった。一緒に戦うと決めた矢先にこの状況である。自分がこの場にいることでかえってフェイの邪魔になるだろうことは、経験の浅い彼女にも理解できた。
(これの再利用……はもう出来ないわね。)
ルインは自分が戦う手段を考える為に一度ナイトゴブリン人形を見つめるが、すぐに駄目だと視線を移す。甲冑の隙間や露出した腕、脚など色々な部位に蔓が生えており、完全に苗床と化してしまっている。
蔓から茎を伸ばして咲いた花が二人に危害を加える可能性は非常に高い。そんな爆弾を背負ってまで人形に執着するだけ無駄だと切り捨てたようだ。
『ズガァァァァァァァ!!!』
「……相手はこっちだよ!」
すぐ横ではフェイが鎌を振り回しながら必死に戦っている。既に疲労もピークを迎え、限界が近いにも関わらず一人で魔族と対峙していた。相手の殴打をすんでのところで回避し続け、確実にカウンターを決められる時にだけ全力で斬りかかることで消耗を抑えているようだった。
(そういえば、どうしてフェイはアイツに対しては魔法を撃たないのかしら……)
ルインはフェイがなぜずっと即死魔法を撃つことを躊躇っているのかを考えていた。先程の大技を目の当たりにし、もしかしたら魔族相手でも倒せる可能性があるのに出し渋っている理由がいまいち理解できずにいた。
流石に手を抜いているとは思っていないものの、即死魔法を使う魔力すら惜しんでいるように見えて不思議でならなかったようだ。
「痛っ……!!」
一方で魔族の拳を回避しきれず、不安定な姿勢で行った防御の反動を食らったフェイが片足を若干曲げて姿勢を低くしながら、目の前の魔族の動きを必死に追っていた。ふらふらと後ろに倒れそうになる身体を必死に直立させている。
(まだ……全然平気なのかな?)
未だ勢い止まらぬ魔族を前に、フェイがそう苦言を漏らした。身体の至るところに斬られた傷こそあれど、効き目があるのかどうかすら怪しいくらい俊敏に動き回っている。痛みに鈍感なのか、それとも単純な痩せ我慢なのか。
その是非は種族も価値観も感覚も異なるフェイに理解できるものではないが、唯一彼女が理解できるのはこの戦闘がまだまだ長引きそうだと言うことであり、軋む身体を必死に立て直している。
(傷口から上手いこと入れば可能性あるかな……)
フェイは自分の左手を確認しつつ、鎌を握る力を強めながら《即死魔法》の可能性を考えていた。
圧倒的な実力差を覆せるだけの力は恐らく《即死魔法》しかないということを彼女がわかっていない訳ではなく、単に出し渋っているのだ。
《即死魔法》とは言わば″死の体現″。死を連想させる外傷や感情を飲み込み、半ば強制的にその命を捩じ伏せる魔法である。勿論相手が弱っていれば通りやすく、何度も放てば放つだけ成功率も上がる一種の状態異常に近い。
(……消耗が激しい。耐性のことも考えて削れる時は削るしかないか。)
フェイが最も問題視しているのは、相手の即死耐性というものがどれだけなのかということであり、自分の魔力を消費して戦えるかという点だ。高位の魔物に備え付けられている《即死耐性》と魔法を数回受けたことで生まれる《耐性》と《抗体》が今の彼女を悩ませている。
まず死線を潜り抜けてきた強者は自ずと《即死魔法》に対する耐性を得ることができる。死と隣り合わせである境遇を乗り越え続けてきたことで、生命活動を維持するための力が強靭になり、一度や二度の《即死魔法》には屈しない精神が自然に手に入る。
それ自体フェイも分かってここまでやって来た訳で大した問題ではないのだが、どちらかというと後述の《耐性》や《抗体》こそが彼女を悩ませる原因であった。
言わば属性魔法に対する後付けの《耐性》や、状態異常を受けて出来る《抗体》。文字通り魔法のダメージを軽減し、状態異常の効き目を悪くするものであり、それは《即死魔法》も例外ではない。
前もって魔族が得た《即死魔法》耐性を破れる程のダメージを与えられず魔法に頼れば、更に後付けの《抗体》に阻まれる可能性すらある。
使えば使うだけ成功するとも、逆に失敗するとも言える博打に賭けられる程の余裕はフェイにはない。
「……絶対に諦めないから。」
─まだ″魔法″はまだ使わない。確実に片手を離さなくてはならず、離したところでそう何発も連続で撃てるようなものでもなく、簡単に間合いを詰められる俊敏な相手に魔法を撃つのは例外こそあれど自殺行為である。
それに相手は格上であり、単純なパワーや戦闘技能、技術、スキルのレパートリーまであらゆる点が劣っている。″即死に耐性があるうち″は撃ったところで魔力の無駄遣いなのである。
だからこそ、喰らいついて喰らいついて……自分の身を犠牲にしてでも確実に仕留められるだけの力を一発に込めようと彼女は決めたのだ。そもそも《耐性》を気にしなければならないほどフェイの魔力(精神力)は枯渇している。
「ィ……!!フェイ!?」
突如ルインに呼び止められ、フェイは魔族との距離を離した。ルインの顔は何故だか青ざめており、何かに怯え恐怖しているようにも見える。
「フェイ……その……腕!!右腕!!」
「右腕?右u─────!!」
フェイも自分の身体の異常に気づいたらしく、右腕を見ると同時に一瞬身体が固まっていた。何故なら彼女の右腕に巻き付くように、ナイトゴブリンのものと同じあの蔓が生えていたのだから。