《即死魔法》の大技
「いくよ……ルイン!」
「オッケー!」
魔族の咆哮に怯まず間合いを詰めるフェイ。その後ろではルインがゴブリン人形を操り、フェイの補佐に努めていた。
「りゃああっ!!」
フェイは勢いに身を任せ跳躍すると、ありったけの力を込めた鎌を斜めに振り下ろす。その刃は魔族の肩から脇腹までを一直線に切り裂き、そのまま力任せに空へと突き抜け放物線を描く。致命傷は避けられたものの、魔族の身体に深い傷を残したのは間違いない。
フェイの身体が鎌を振るった力に引っ張られ不安定になるが、その一閃は迷いを一切感じさせない彼女の覚悟の強さを感じさせる。
『ゴオオオオオッ!!』
ふらついた彼女に飛んできた魔族の殴打がフェイの顔を捉えた刹那、何かがフェイの視界に入り込んで金属がぶつかり合う音を洞窟に響かせる。
「──ルインっ!!」
「私だってやれるわよ!」
フェイを守るかのように割り込んだナイトゴブリンの鋼の鎧が、相手の拳をしっかりと受け止めていたのだ。フェイが後ろを振り向くと、してやったりと悪戯っぽく笑うルインの姿があった。
『ズグ……』
魔族が予期せぬ防御にたじろいでいる隙にフェイは距離をとり、ルインもすぐさま人形を手元まで手繰り寄せる。地力で大きく劣るぶん、強引な攻めより堅実に行くことを選んだようだ。
『ギャッ!ギャッ!』
『キシャアッ!!』
次第に周囲の《デビルシード》達も二人を敵と認識して飛び掛かってくるようになり、苦戦を強いられているようであった。フェイは最低限の動きで彼らを捌き切り、ルインがその撃ち漏らしから互いの身を守るように専念する防御寄りの動きになっている。
『オオオオオオオオッ!!』
「いっ……きゃあっ!!」
魔族から繰り出される強引な肉弾戦をゴブリン人形で必死に防ぐルイン。だが容赦ない攻めと魔族の威圧感を前に上手くいなせていないようで、このまま食らって体勢が崩れるのも時間の問題であろう。
「退いてっ!!」
その様子を当然見逃す筈もなく、フェイは鎌を大きく振るって魔族の攻撃に横槍を入れる。すんでのところで魔族が大きく後ろに飛んで回避した為攻撃は当たらなかったものの、ひとまず距離を離すことはできた。
とはいえ周囲の《デビルシード》《デビルプラント》をいなしながら魔族と一定の間合いを取り続けなければならず、ゆっくりと、だが着実に二人の体力を奪っていた。
『ズオオオオ……』
魔族は二人との距離を詰めず、その場から動かずにいる。人間のものと変わらぬ右腕を上下に振って掌で小さな黒い粒を片手お手玉のように飛ばし、余裕そうに遊んでいるかのようだ。
「ちっ……」
「これはこうで……こっちはこれで!!」
魔族があからさまな隙を晒しているにも関わらず二人は《デビルシード》の飛び入りのせいでまだ攻め込めずにいる。ルインはその大群を抑え込むのに必死だが、フェイはそれを見越した相手の挑発を前に歯痒そうにしている。
「……ルイン!後ろに下がって!」
「わかった!!」
フェイが何かを考え付いた素振りをし、ルインを自分の真後ろへと後退させる。彼女に向かって飛び掛かかってくる《デビルシード》達を前に鎌を地面に突き立て、武器を離した左手を高々と上げる。
「……仇なす者を飲み込まん。《万死の黒霧。》」
彼女の詠唱と共に手先から《デス》らしき黒い濃霧が《デビルシード》の大群を覆い尽くしていく。ギラリと輝く彼女の真っ赤な瞳すら飲み込む程の黒い霧は、フェイを中心とした台風のようにどんどん広がっている。
「……《デス》。」
霧が渦巻く風切り音の中で、フェイがぽつりと呟いた。
するとあれだけ濃かったはずの霧は一瞬にして晴れ、周囲を寄せ付けないほどの強風も、《即死魔法》が生み出す死も、何もかもがそこから消えていた。霧が立ち込めていたはずの場所には、無惨に転がる《デビルシード》達の死骸だけがあったのだ。
「フェイ!!いきなりそんな物騒なモノ飛ばさないで!!」
「ははっ……これが一番手っ取り早かったから……。」
最奥から離れて様子を窺っていたルインがフェイに駆け寄ると、第一声にそんな説教を飛ばした。下手すれば彼女も巻き込まれ兼ねなかった程の強力なものだ、ルインが怒るのも無理はないだろう。
「取り敢えずこれで《デビルシード》の方は解決ね!なんならもっと早い内に使って欲しかっ……フェイ!?」
「ああ……このスキルなんだけどさ、ありったけの魔力使ってるから連発出来ないんだよ。」
ドサッと崩れ落ちる音と共に、フェイはその場で片膝を着いていた。幾ら魔力を回復させたとはいえ、精神的な負荷に思わず身体がふらついてしまったようだ。ルインもその様子を見て、慌てて彼女に回復薬を手渡した。
「ん……。流石に大技は無理だけど、これで《デス》程度なら大丈夫そう。」
「幾ら《即死魔法》っていっても、魔力は無限じゃないんだから無理しないでよ!」
回復薬を飲み干したフェイはすぐに立ち上がって鎌を両手に握る。だが先程まで微かにあった精神的疲労が今になって色濃く表れているように見えた。
彼女の頬からは絶えず汗が流れ、全身が小刻みに痙攣し肩で息をしている。こういった言動に反した表れは回復薬では補い切れない疲労やダメージが少しずつかさんでいる証拠であり、最早いつ倒れてもおかしくないところまで来ているようだった。
それにルインが言うように、魔力は無限に見えてそうではない。魔法を使うということは本人の魔力、即ちエネルギーを使っているわけであり、行使するにあたって精神的な消耗が大きいことは言うまでもない。
魔力そのものは多少なりとも回復出来るとはいえ、無理に回復させたところで心身が持たなくなって倒れるのが関の山である。それはイレギュラーな《即死魔法》であっても変わらない。
本人の心の持ちようではあるが、そう何発も大技を撃ち出せるほどの強靭な精神を持つものは少ないのだ。
「あとはアレだけだから……大丈夫!」
「ここまで来たら絶対勝てるわ!」
限界が近いながらも無理を承知で互いに鼓舞し合い、一呼吸置いて魔族を再び睨み付ける。魔族はというと、《デビルシード》の死を目の当たりして手元を遊ばせるのを止めたところだった。
もうひとつの方の作品書いてたものですごく遅れました……