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《即死魔法》は信頼する

力任せに振るわれた刃は魔族の皮膚を掠め、小さくも確かな傷を残す結果となった。とはいえ至るところから筋肉が不自然に隆起したような身体に大したダメージを与えたとは言い難く、フェイは地面に着地すると同時に大きく距離をとった。



『ズゴオオオオオオオオッ!!!』


魔族は再び咆哮を上げ、不気味なほどゆっくりとフェイに顔を向けた。彼女を敵だと認識した素振りのようで、ぱっくりと大きく開かれた口がなんとも言えない不快感を募らせている。



『ズガアッ!!』


魔族は一鳴きするとほぼ同時にフェイに向かって殴りかかった。背に生えた翼を羽ばたかせ、丸太のように太い腕による殴打が容赦なくフェイの華奢な身体に向かって振り下ろされる。



「っぐ……!!」



フェイは鎌を両手で持ち、武器でどうにか殴打を防いでいるが、鎌と拳がぶつかり合う度にキン─という金属音が閉鎖的な洞窟内に響き渡り、武器からの衝撃に加えて彼女を苦しめていた。


「らあっ!!」


両手に持つ鎌を力任せに振るって拳をいなすことに集中するフェイ。それが幸を奏したのか、大きく拳を弾かれ軌道を逸らされた魔族がフェイから距離を取った。


筋力を含めた全体的なステータスがあちらに分がある中で、感情的に振り回すフェイの行動をある意味危険視したということの表れだろうか。



(う……手が痺れてるな。)


武器を地面に落としこそしなかったものの、たった数回の殴打を防いだことで両手に痺れを感じるフェイ。武器を握る手に力が上手く入らないようだ。


(やっぱステータスっていうか……経験の差かなあ。)



フェイは仮武器としてこの場に鎌を持ち込んだことを後悔しているようでもあった。元より彼女は《魔術師》であり、その例に漏れず今のような正面切った戦闘は苦手な分野だ。



ただ普通の同業者と比べれば装身具の違いもあって身のこなしが軽いため、即死魔法に限定した剣と魔法を両立させた《魔法剣士》のような立ち回りはできる。だが他の職業(ジョブ)に求められるような筋力や防御力の数値はCランク冒険者に限定しても圧倒的に足りていない。


「ぐっ───あっ!!」


特に今のような拳と拳の殴り合いなどもっての他である。万にひとつも彼女に勝ち目はないと言えるだろう。再び飛び掛かってきた魔族からの蹴りを防ぎこそしたものの、麻痺した手の力では到底受け止めきれず吹き飛ばされる結果となった。


手から鎌が落ち、カランという乾いた音が洞窟内に虚しく響く。フェイは蹴りの衝撃で壁に背中を打ち、不安定な体勢から立ち上がろうと身体を必死に起こしていた。



『ズオォッ!!』


限界が既に近いフェイにたたみかけるが如く、魔族が再び飛び掛かる。彼女目掛けて一直線であった魔族だが、突如二人の間に“銀色の鎧を着た何か“が割り込んだのだ。


魔族は急ブレーキをし、天敵を前にした小動物のように飛び退いてフェイから再び距離を取った。ソレは空中で不自然に浮いており、銀色の甲冑と鎧に身を包んだ子供程のサイズをした魔物だった。



「───離れて!!」



ルインが魔族に向かってそう言い放つ。ソレの正体はルインが操る“《ナイトゴブリン》“人形であった。魔族がフェイから離れるのを確認するとルインはフェイに駆け寄り、そのまま口に金色の回復薬を捩じ込んだ。


「がっ……!?」

「もう!大口叩いておいて結局無茶苦茶じゃないの……!!」


敵を前にルインは泣きながらフェイの口に回復薬を流し込んで説教垂れている。フェイは意表を突かれたと言わんばかりに目を丸くし、突然襲いかかってきた感覚に思わず咳き込んでいた。


「ゲホッ……とりあえず放s……ガハッ!?」

「馬鹿!馬鹿!フェイの馬鹿!」


フェイの懇願虚しくルインは感情的に回復薬をフェイの口に無理矢理押し込んでいる。互いに涙目になりながら、特にフェイは必死にルインの行動をとめようと彼女の方をバシバシ叩いている。



「ッ!?……!?」

「もう!私の気持ちも知らないで自分勝手なんだから!!」



相変わらずフェイの口に流し込むのを止めず、ルインが一人説教を始めた。因みに当の魔族など置き去りにしてであるが、魔族の方は二人の様子を恐る恐る見ているだけである。



「私達はチームなんじゃないの!?一緒に命を背負う仲間じゃない!あんたは結局、全部独善的な自己犠牲で片付けようとしてるだけ!!」



ルインは二本目の回復薬の蓋を開け、話し続ける。


「それに一人で抱え込むなって前に言ったでしょーが!そんなに私が信用できない!?あんたより弱いから頼れないの!?」


ルインはフェイを叱りつけながらも自分の不甲斐なさや無力さを何処か感じているらしく、目から涙が溢れ落ちていく。真っ赤にした顔から見えるその表情は怒りというより悔しさの感情が強く表れているようだった。


「そんなの……そんなの私だって分かってるわよ!でもあんたが一人で傷つくのが嫌なの!!全部仕方ないで割り切って、仲間として迎えてくれたあんただけが苦しそうにしてるのが……」


「ルイン……とりあえず落ちついt」


「耐えられないのよ!!!」


「がぼぉ!?」



ルインは何かを言おうとしたフェイを黙らせるかのように、回復薬を強引に流し込んで飲ませていた。フェイが必死に止めようとするも歯止めが効かず、呼吸器が塞がれたフェイの意識が僅かに揺らいだ。



「もしあんたがここで死ぬつもりなら、私だって一緒に死んでやるわよ。元々あんたがいなかったら、既に無かった命だもの。どうせ死ぬなら好きにやらせてもらうわっ……きゃあ!!」



フェイに回復薬を飲ませたまま自分の覚悟を赤裸々に語ったルインだが、その身体がふと軽く押し倒された。犯人は言わずもがなフェイであり、彼女の表情は先程の動揺など無かったかのような冷静なものに戻っている。



「……ルインに殺されるところだったよ、まったく。」


手の感覚を確かめるように鎌を握ったフェイが、悪戯に愚痴を溢すように軽く笑いそう言った。暫くしてフェイが問題ないと満足そうに笑みを浮かべ立ち上がる。


「覚悟は分かったよルイン。その上で一度、私からの頼みを聞いてほしい。」


ルインは「?」マークを浮かべたままその場に座り込んでいるが、その表情は何処か不安そうな陰を覗かせている。また戦力外だと突き放される不安が残っている証拠でもあった。



「……一緒に戦ってほしい。」



フェイは表情を堅くして右手を胸に当てると、その場で深々と一礼しルインに頼んだ。冷静さを欠かない真剣なものだったがそこからは申し訳なさそうな素振りが窺える。


彼女もルインが魔族に怯えていたことは理解しており、それを知った上で戦ってほしいと頼むのがどれだけ酷なことか。葛藤や心の痛みを抱えながらもフェイはそうルインに懇願した。



一人では絶対に、あの魔族を倒すことは叶わないからである。

二人で戦ったところで勝てるかも怪しい上、二人して命を捨てる可能性も高い。だがその一縷の希望と仲間としての信頼を懸けるには二人で戦う他ないと判断したようだ。



「……絶対に生きて帰るって約束だからね。」



ルインも両手を胸にあてて覚悟を決め立ち上がると、目の前で二人を凝視していた魔族が敵意を感じ取ったのか力強い咆哮を上げた。

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