《即死魔法》は鎌を振るう
「──ッ″!!」
「───!?」
咆哮の衝撃に襲われた二人は威圧感に身体が呑まれ、その場で立ちすくんでしまっていた。たった一度の咆哮であるにも関わらず、フェイは圧倒的な力の差をひしひしと感じ取っているようだ。
「……。」
一方でルインは、両手でフェイの背中にしがみついている。目の前の魔族を前に恐怖で脚が震え声も上げられないばかりか、最早一人で立つこともままならないようだ。これまで冒険者としてやって来たフェイですら圧倒される程の迫力であり、まだ慣れていないルインがこのような状況に陥るのも無理ないだろう。
寧ろ初めての依頼で魔族を相手取ることになるとは誰が予想できたであろうか。
(……せめて私がしっかりしないと。)
背中を掴んででも必死に立ち続けているルインをそのままに、神経を研ぎ澄まして魔族の様子を窺うフェイ。轟音に爆ぜた片耳を左手で押さえ、鎌を握る右腕にグッと力をいれる。
休息を挟んだとはいえ、フェイの身体はまだ完治しきってない。そんな状態で戦ってどうなるかなど火を見るよりも明らかに思えるが、当の本人は全くもって諦めているような素振りを見せずにいた。
「フェ……フェイ……聞こえてる?」
「うん、聞こえるよ。」
ルインが弱々しい声でゆっくりと、語りかけるようにフェイを呼んでいた。フェイが振り向いて見たルインは未だ恐怖で震え、目から涙を浮かべている。か弱くも全力でフェイの背中にぎゅっと抱きついていて、精神的に相当参ってる様子が窺える。
「フェイは怖くない……の?」
ぽつりと呟くようにルインがそう問いかける。明らか自分達より強いであろう魔族を前にして、戦意を失わず手に武器を握るフェイの姿が不思議でならなかったのだ。フェイ自身かなり動揺しているのだが、自分の事で精一杯な彼女にはそれを理解する術はない。
「正直言うと怖いよ、すっごく怖い。」
「え……?」
フェイの口から出た言葉に思わず目を丸くするルイン。彼女の事だから、きっと強がって「大丈夫」と言って自分を突き放すのではないかと信じて疑わなかった。
それに自分を逃がすために戦おうと武器を構えたフェイを見て、死ぬことすら恐れていないのではないか、とすら考えてるくらいであった。そんな強がりな彼女が自分の前で「怖い」なんて弱音を吐くのが意外でならなかったのだ。
「ここまでやって来た中で一番……かな。」
フェイはふう、と息を整えながらそう言い放つ。彼女は冷静さを保っているものの、その額には汗が流れていたり左腕が痙攣していたりと目の前の存在に対して形容しがたい感情を抱いているようだ。
それは畏れか絶望か、あるいは強敵を前にした高揚感か。複数の感情に振り回されるかのように鎌を一振りするフェイ。いつからか轟音によって麻痺していた身体は立ち直っており、まだ痙攣こそすれど既に万全の体勢が整っていた。
「私だって痛いのは嫌だし、死ぬのも怖い。即死魔法なんて使っておきながら変な話だけどね。」
魔族を前にしてルインに振り向き、苦笑いしてみせるフェイ。当のルインはフェイの心境を理解できず、目を丸くしたまま困惑した状態で話を聞いている。いつ魔族が動き出すのかも分からないというのに悠長ではないかとすら思える程だ。
「魔族なんて相手したことないし、次の瞬間には戦わずして死にそうなくらいさ。もし一緒に逃げられるならすぐにでも逃げたい。」
「だったら……!!」
はっきりと「逃げたい」と言ったフェイの背中にしがみつく力を強めたルイン。魔族は咆哮を上げ、既に二人を認識しているであろうが未だ攻撃する素振りを見せない。もしかしたらこのまま逃げられるかもしれないという一縷の希望を抱いていた。
だがフェイは違った。正確には逃げられない、というよりももうひとつの理由に悩み、退く足が鎖繋ぎ止められているようであった。
その理由とは恐らく───
「ここで仕留めなきゃ駄目なんだよ。《デビルシード》の群れに魔族が関わっている以上、根源を切らなきゃ何も変わらない。」
フェイは目線を再び魔族に向け、手に持つ鎌の刃を向けた。黒一色の無骨なソレは洞窟から漏れる光を受け、鏡のように魔族のシルエットを刀身に映して見せた。
「あれが……元凶だから。」
「うん。」
ルインもその事には気づいているようで、言葉の節々から感じられたフェイの考えを彼女なりにどうにか読み取っているようだ。数度頷き、一頻り考えては頷きを繰り返す。フェイもまたルインの言葉に何度も頷いて彼女の当惑をゆっくりと紐解いてあげていた。
「怖かったら背を向けて逃げたっていい。今回の事を責める人なんて誰もいないし、責めさせなんてしない。それに……まあどうせ仕方が無かったの一言で片付くだろうさ。」
「……。」
中々恐怖心が拭えないルインに、あくまでも逃げるのも選択だと諭すフェイ。今回の出来事は完全にギルド側の不手際であり、イレギュラーな例でしかない。ここで依頼を投げ出したところで二人を責める権利など誰があろうか。
もしあるとするならばフェイとルインの二人か、依頼を中途半端に投げ出された無知な依頼者だけだろう。
それにも関わらず、フェイは頑なに魔族と戦うつもりでいた。一体何が彼女を突き動かすのかは定かでないものの、強い決意があっての事だということは容易に想像できる。その意思はきっとルインが何を言おうと変わることはないのだろう。
「でもせめて、遺体だけは持ち帰ってほしいかな。」
「え……それってどういう!?」
フェイの発言の真意を読み取れず、あたふたするルインだが、その意味を聞く時間は残されていないようであった。
『ググゥ……』
目の前の魔族の口が再び大きく開き、再び咆哮を轟かせようとしている様子が見て取れたからである。当然フェイもルインもその事に気づいており、もう逃げる時間もそう残されていないことを感じ取っていた。
「そろそろ……か!!」
フェイが先手必勝と言わんばかりにその場から全力で駆け、屍の山から降り立った魔族に向かって鎌を振るって斬りかかった。