《即死魔法》は苦戦する
『アジェェェェェッ!』
フェイが振り下ろした黒い鎌は、我先にと飛び出した《デビルプラント》の茎をすり抜けるように掠め、その胴体にあたる種の部分に命中した。《デビルプラント》の身体はそのまま弾き飛ばされ、洞窟の壁に激突する。
『シャアァァァァァァァァァァァァ!』
『ジェエエエエエッ!』
それに構わず《デビルシード》と《デビルプラント》の大群が次々に飛び掛かってくる。あまりの数の多さに二人は中々仕留めきれず苦戦していた。
「ルイン下がって!」
「わ、わかったわ!」
人形以外の攻撃、防御手段を持たないルインを後方に、フェイは大群に向かって《デス》を放つ。敵意を持って近づいてくる《デビルシード》の群れは彼女の放つ黒い霧に包まれ、一匹、また一匹と確実に息の根を止められていた。
「こう見るとやっぱりえげつないわね……。」
ルインはその光景をただ横目で眺めることしかできなかった。その表情は、一瞬で《デビルシード》達を溶かしていく魔法の異様さに恐怖しているようにも思える。
「ちっ……やっぱり多い、多すぎるわこれ。」
確実に数を減らせているようではあるが、フェイは未だ衰えぬ《デビルシード》達の数の多さに辟易していた。終わりの見えない戦いというのは心身共に疲弊しやすく、加えて本来あまり連発しない魔法を撃たされている彼女は少々疲労が溜まっているようだ。
(Eランクとは言えここまで放置してたって……流石に杜撰すぎないか?)
元より報酬の低さと数の多さ故に冒険者が寄り付かない依頼であり、フェイ自身もある程度の数は覚悟しているつもりだった。それでも精々百を下回るくらいだろうと、ルインの初依頼ということも考慮した上で受けたはずだった。
しかし蓋を開けてみれば百や二百など悠に越えているであろう《デビルシード》の大群に、その進化体である《デビルプラント》が波のごとく常に容赦なく特攻してくるという地獄絵図であった。それは最早群れを通り越してそこに《デビルシード》の国が出来上がっているといっても過言ではないだろう。
(にしてもいくらなんでも繁殖しすぎでしょこれ……)
フェイはそう愚痴を漏らしつつも、何処か嫌な予感が頭によぎっていた。あまりにも数が多すぎる。それも《大量発生》で繁殖しすぎたで片付けられる状況ではない、無理があるだろうと彼女は片っ端から《デビルシード》を弾き飛ばしながら考えていた。
「なんでこんなに……たまたま環境に適しすぎていたから?」
「──フェイ!危ない!」
考え事をしていて攻撃が疎かになっていたフェイに飛び掛かってきた《デビルシード》の噛みつきをどうにかゴブリン人形で防いだルイン。フェイもそれを見てハッとなり、すぐさま大きく鎌を振るうと《デビルシード》を次々に弾き飛ばした。
「ごめんルイン!」
「私は大丈夫だけど人形が……」
そう言って泣き出しそうな顔をするルイン。どうにかフェイを守れたものの、ゴブリン人形の下半身は《デビルシード》に咬みちぎられてしまっていた。これでは《人形傀儡師》として動けないと焦ってしまっているようだ。
それを見たフェイは何かを思い付いたのか、背負っていた茶革の鞄を地面に降ろす。
「大丈夫!この中に予備を入れておいたからそれ使って!」
「───わかった!」
ルインは言われるまますぐさま鞄を開け、中に手を入れる。《人形傀儡師》の能力で浮かせたそれは、先程と同じゴブリンの死骸だった。
だがその身体には銀色の鎧を着ており、武器も鉄製と先程のものと比べるとかなりランクアップしている。Eランクであり本来は全く恐れられないゴブリンだが、その本領は亡くなった冒険者の鎧や甲冑を剥ぎ、武器を巧みに扱う器用さである。
こういったゴブリンは《ヨロイゴブリン》や《ナイトゴブリン》等、別のモンスター扱いされていて当然ランクも高い。フェイが調達してきたゴブリンは甲冑と鎧に鉄の剣という騎士を彷彿をさせる姿から、《ナイトゴブリン》というDランクモンスターとして扱われている。
「これならさっきみたいに咬みちぎられることもない筈だから、あとは防御に徹して!」
「わかった!フェイも無理しないで!」
ルインはフェイに「無理をするな」と忠告だけしてナイトゴブリン人形で防御する態勢に入った。流石にあの大群を捌ききれないだろうということは彼女も理解しており、無力さを痛感させられながらもこちらにきた《デビルシード》達を弾き飛ばすことだけに専念することにしたのだ。
『ギチイイイイイッ!』
「っ!!」
《デビルプラント》の長い首が大きくうねり、鋭い牙でフェイの肩に噛みついた。すぐに反応して鎌で弾き飛ばすが、大きく吹き飛ばされただけで《デビルプラント》はその茎をくねらせて平気そうな素振りをして見せた。
「フェイ!!」
「問題ない!」
ルインの掛け声に、全く痛みを感じないといった感じでわざとらしく鎌を振り回し無事を訴えるフェイ。彼女はダメージを受けたことよりも全く違うことに対して舌打ちをした。
(全く武器が通らないな……。)
今回の依頼用に街で買った鎌であるが、《デビルシード》を吹き飛ばしこそはすれどその刃は全く刺さっていなかったのだ。因みにこの依頼で倒した《デビルシード》、《デビルプラント》は全て《デス》だけで仕留めている。
──フェイはこのまま消耗しても勝ち目がないと判断した。
「《デスヴェール》!!」
フェイは勢いよく鎌を振るって霧による障壁を作り、《デビルシード》と自らを分断する。フェイは肩で息している辺りかなり消耗しており、これ以上数を減らすことは難しいだろうと思っていた。
「はあ……一旦退こうか。」
「動けるの?」
ルインに聞かれるまでもなく、フェイはルインに退却の指示をするとそそくさと鞄を背負って走りだす準備を済ます。ルインもナイトゴブリン人形を抱き締めながら先行して逃げることにした。
「とりあえず入り口まで走るよ!」
「了解!」
二人は《デスヴェール》の壁が消えるまでの間に、一目散に入り口に向かって全速力で駆け出した。




