《即死魔法》.依頼開始
ラルクから依頼の概要を聞いて改めて準備を済ませた二人は、《デビルシード》が大量発生しているといわれる洞窟へたどり着いた。そこは洞窟というにもかなり不安定な場所で、所々ヒビのような裂け目から太陽の明かりが灯っている。それだけでなく光を反射して輝く硝子のように透き通った鉱石が青白く光り、松明の役割を果たしているようだ。
「さて……ちゃんと確認したし早いところ終わらせよっか!」
「勿論!初陣はやっぱり成功で収めたいわ!」
ルインがフェイの一言で活気づき、かなり自信ありげにそう言ってみせた。
「取り敢えず飛びかかってくるやつを凪ぎ払えばいいのよね!」
「そうだね。《デビルプラント》は無理せず私の方に弾いてくれれば仕留めるから、確実に種の方を根絶やしにしてほしいかな。」
ルインは手に持つ膝丈サイズの人形に糸をくくりつけ、それをふんふんと飛ばして見せる。彼女の持つ人形というのは、膝丈程の大きさをした人間の子供のような人型であるがその造形はかなりおぞましく、耳は尖り醜悪な顔つきに錆びたような赤茶色の皮膚という人間離れした姿をしている。
これも元はれっきとしたモンスターであり、一般的に《ゴブリン》と呼ばれるEランクモンスターである。そのランクが示すように本体の戦闘能力はほぼ無に等しく、魔法も全くと言っていいほど習得できない。主に固いものを鈍器のように振り回して攻撃する。
このゴブリンは《人形傀儡師》としての本領を発揮するために、この洞窟にたどり着く間に現地調達してきた彼女の人形兼武器である。それ故特殊な加工などされているわけもなく、単純にルインを守る盾のようなものだ。戦闘能力など端から期待していないししてはいけない。
「……来たよ!すぐに構えて!」
「りょーかい!手筈通りにちゃちゃっと終わらせてやるわ!」
目的の姿を捉えたフェイの合間に反応し、ルインもゴブリン人形を構える。その手には棍棒を持たせ、弾き飛ばす準備は出来ていると言わんばかりに人形の手を振り回していた。
『ゲッシャァァァァァァァァァァァァッ!』
─フェイの合図から約十秒、魔物のような鳴き声と共に鋭い牙の生えた青緑色の貝のようなものがコロコロと転がりながら現れた。脚でなんとか踏み潰せそうではあるがそれでも犬猫くらいの大きさはあり、これ見よがしに見せつけられた鋭い歯を見ると中々接近に持ち込むのを躊躇してしまいそうになる。
「手配書通りの姿……《デビルシード》だ!プラントに警戒しながら囲まれないように撃破するよ!」
「オーケー!出陣!!」
どうやら目的の《デビルシード》を発見したようで、二人はすぐさま戦闘態勢を取る。ルインはゴブリン人形を盾のように前に押し出し、フェイは《オルディン》の街で新調したらしい巨大な鎌を両手で持ち上げ大きく振りかぶった。前の武器が戦闘で使い物にならなくなってから、今回の大量発生依頼には持ってこいだろうと街で購入した無骨な黒い鎌である。
「一ヶ所に固めて《デス》で纏めて仕留めるよ!」
「わかってる!フェイも新武器に振り回されんじゃないわよ!」
最初に現れた《デビルシード》の後ろから波のように同種の大群が姿を現したことで二人の表情はより真剣なものへと変わった。
『ゲシャ!!』
『シャアッ!!』
《デビルシード》が二人目掛けて飛びかかる。身体の構造を疑いたくなる光景だが、二人はそれを気にすることなく片っ端から《デビルシード》を弾き飛ばしていく。
「その人形噛まれないようにね!」
「わかってる!これが私の武器なんだから!」
牙で噛みつこうとする動きを見てルインに警戒を促すフェイ。自分の保身だけでなく、人形の状態から常に距離感を掴んで的確に動かさなくてはならない複雑な役職《人形傀儡師》であるが、ルインは手元の糸を手繰り寄せてゴブリン人形をどうにか操っていた。
操るといってもタックル同然に《デビルシード》を文字通り弾き飛ばすだけであるが、初陣でもあるのでそこはある程度仕方ないのだろう。
「よし……纏めて喰らえ!!」
ある程度固まった所で左手を武器から離して《デス》を放つフェイ。彼女の左手から放たれた黒い霧は《デビルシード》の山をまるごと包み込み、その口の中へとどんどん侵入していく。
奴らはしばらくもがいていたものの、霧が晴れると同時に《デビルシード》の山は動かなくなり、上から力無く転がり落ちるように崩れていった。
「まだ来てるわ!」
「わかってる!」
次から次へと《デビルシード》がぴょんぴょん跳ね回ったり転がったりしながら彼女達に襲い掛かってくる。その数は衰えることを知らず、寧ろ増えているようにも見えた。
『シャアァァァァァァァァァァァァッ!』
『ゲッシャァァァァァァァァァァァァ!』
『ゴシャアァァァァァァァァァァァァッ!』
そしてその大群の一部、ごく僅かではあるが、《デビルシード》の口から長いチューブのような茎を生やしたモンスターが大きく咆哮を上げているのが見えた。茎の先端にはまた別の口があり、そこから鋭い牙が覗いている。パッと見は《デビルシード》がヒルのような生き物に寄生されているように見えなくもないが、口の向き等を考えると決してそうではないことが窺えた。
「……やっぱり《デビルプラント》もセットか!」
「それって狩れば狩るだけお金になるのよね!」
《デビルプラント》を目にしたルインは目を輝かせ、意気揚々と構えを取る。お金になると聞いて思いの外やる気なようだった。
「一応言っておくけど保身第一だからね!深追いは禁物だよ!」
「そんなのわかってるわよ!」
フェイの忠告を「わかってる」といいつつもゴブリン人形を手元に手繰り寄せるルイン。その表情には僅かに焦りも見え、わざとらしく周囲の《デビルシード》に目線を移していた。
(やっぱり目眩んでたよね……言っといて良かったわ。)
ルインが《デビルプラント》を狩ろうとしていたことは勿論フェイにバレているが、彼女はその事を口に出そうとはしなかった。モンスターの大群を前に口論している余裕はないと頭を切り替えて鎌を両手に持ち直すと、飛びかかってくる《デビルシード》目掛けて力強く振り下ろした。