《即死魔法》は絡まれる
自らを《解体屋》と名乗った男は両手にそれぞれナイフを構えてフェイに圧をかける。彼女に負けないほどの鋭い目付きをしており、あまり関わってはいけない部類の雰囲気を醸し出していた。
「なにか用ですか……?」
「用はねぇ、けど単に気に食わなかった。それだけだ。」
男はフェイの言葉を一蹴し、銀色に光るナイフを片手で回していた。その器用さや男の纏う黒い布服からして素早さを意識する盗賊なのではないかとフェイは考える。
「ここのギルドマスターもよくこんな奴を入れられるぜ。加入させたところで空気が悪くなるだけだってのによお?」
「そんな言い方ないじゃないのよ!!」
彼の言葉にそう反発したのは、意外にもフェイではなくルインだった。彼女は顔を真っ赤にし、自分のことのように男に激怒している。
「いや、そんな言い方しかできないね。お前らの言う仕事は元より、《解体屋》である俺様の本領だ。《即死魔法》の魔術師ごときにこなせると思うなよ。」
男はフェイを小馬鹿にしながら、仕事の邪魔をするなとでも言いたげにそう言い放った。その内容からしてどうやら先程のやり取りを聞かれていたな、とフェイは薄々感じているようだ。建物の中、それもギルドカウンター周辺で人が居るのは至極当然だ。その中で運悪く《即死魔法》を良く思わない人に聞かれてしまったらしい。
「ああ、その事でしたらこれから“チームでの“依頼を探すところだったのでお気になさらず。私は手出ししないのでどうぞ頑張ってください。」
フェイはそう言って立ち上がり、軽く礼をすると《解体屋》の男から少し距離をとった。
「お前のような無能がチームを組んでいるのが気に食わねえって言ってるんだよ。」
「はあ……あの、パーティをお探しだとしたら他を当たってください。」
男の一方的な当て付けに余計な反応を見せることなくひらりと回避するフェイ。彼女はあくまでもこの場を穏便にやり過ごす事だけを考えていた。
「しかもこんな小さいガキを連れ回して、冒険者は遊びじゃねえんだぞ?」
男はそう言って屈み込み、今度はルインと目線を合わせる。その様子は必死に粗を探しだそうとする迷惑な輩そのものだ。あくまでも叩くのはフェイだけで、その理由というのも彼女が《即死魔法》を使う魔術師だからでしかない。
「遊びのつもりでやってんじゃないわよ!」
「ちょっルイン、私なら大丈夫だってば……」
男の挑発に激昂するルインを宥めるフェイ。彼女としては下手に刺激して相手を怒らせたくないという気持ちが強かったのだが、ルインはそれを許してはくれなかったようだ。
「フェイも言われっぱなしで悔しくないの!?」
「別になんともないから下がって!」
「でも……」
「いいから!」
声を荒げるフェイに言われるがまま、ルインは後退り男から離れる。その事を確認した彼女は、屈む体勢から立ち上がった男と睨み合った。
「あーあーもう許せねえわ~。ここまでコケにしやがってなぁおい?」
「……。」
男の眼はカッと見開き、両手にそれぞれナイフを構えて今にも斬りかかってきそうな状態だった。彼の紫の瞳は充血し、赤いヒビのようなものが遠目で見えるほど血走っていた。
(もう……こうなるから静かにやり過ごしたかったのに。)
一方でフェイは頬に一筋の汗を走らせ、少しだけ屈んで姿勢を低くしていた。やれやれと軽いため息をつきながらも目線は彼の全身をしっかりと捉え、ここで万が一戦闘になってもどうにかして凌ぐつもりでいるようだ。
「あ?やる気かオメーよぉ?」
「やる気はないから退いてくれるなら私はなにもしない。だけど襲ってくるならそれなりの対応はさせてもらうから。」
ガンを飛ばしてきた男に対して警戒は解かず、自分からなにもする気はないといいつつも右手に短剣鎌を構えるフェイ。彼女としては出来るだけ穏便に済ませたいところだが、彼の様子からしてそれは難しそうだなと既に半分は諦めていた。
(……フェイ?あの様子だと和解は多分無理よ?)
(わかってる、だから少し手伝ってくれない?)
男に聞こえない程の小声でルインが耳打ちをしてきた。彼女も男の様子が尋常でないことはわかっているらしく、恐らく穏便には済まないだろうと思っているようだ。フェイは後ろで背伸びして話掛けてくるルインに続けて何かを言うと、視線を男の方へ戻して再び構え直した。
「忠告はしたからね。」
「こんの減らず口がぁ!黙らせてやる!」
男は両手にナイフを構えて勢いよく飛びかからんばかりにフェイに向かって走ってきた。フェイは特段焦ることもなく、寧ろ「やっぱこうなるか」と諦めの表情を浮かべていた。
「お願い、ルイン!」
「言われなくてもやれるわよ!そりゃ!」
ルインの掛け声と共に突如男の身体が宙に浮いたかと思えば、そのまま地面に叩きつけられる。まるで糸で吊られた操り人形のように、彼は身動きとれず地面や壁にぶつけられて完膚なきまでに叩きのめされていた。
「ながあっ!?がっ!ぐふっ!!なん……!でっ……!」
言わずもがなこの状況は《人形傀儡師》であるルインが作り出したものであり、魔法の糸を指先から飛ばして男の関節等あらゆる所に糸を絡ませることで文字通り操っているのだ。
因みに昨日の戦闘で《アンフィスボーン》を操ったのと全く同じものである。
「卑怯だ……卑怯だぞ《即死魔法》使い!こんなもので人の身体を操って恥ずかしくないのか!」
男も身動きが取れない理由を把握こそしているものの、ルインではなくフェイがやっていると思い込んでいるようだ。
「操ってるのは私なんだけど《解体屋》さん?そのまま首をはねられたいのかしら?」
「ひいいっ!?」
ルインはわざとらしく指先から伝うピンク色の糸をこれ見よがしに見せつけ、男を恐怖のどん底まで陥れようとしていた。
「ルイン待って、ちょっとイケない顔してるから落ちついて。」
「あ、あぁ、ごめんフェイ。」
これ以上はいけないと不気味な笑みを浮かべるルインを止めるフェイ。一先ず彼女に拘束を解くように促した後、男の反応をじっと見つめていたが、あまりの恐怖に放心したのか男はその場から動けなくなっていた。
「これどうする?ギルドに突き出してみる?」
「多分もう懲りたと思うし、大事にはしたくないから放っとこうよ。」
その場でだらしなく崩れ落ちている男を置き去りに、フェイ達は一先ずここから離れることにしたのだった。
評価頂きましたありがとうございます!
最近こちらに集中してあまり書けてませんが、【コミュ障娘の死術呪言~異世界で人類の敵になってしまったようだ】の方も良かったら読んでいただけると嬉しいです!