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真夜中のホットミルク

見切り発車で書いているのでまったくタイトルにセンスがないですね。

落ち着いた頃に何話か変更するかもしれない。


 除霊は済んだとエクソシストの彼女は告げた。

 それでも念のためにとここの家主はカトリアに一晩泊まってほしいと言った。エリオはその一部始終を見ていたが、彼女は二つ返事で了承した。



「どうぞお召し上がりください。そこのエリオが作ったものですが、味はなかなか悪くないですよ」


 夕食の時間にカトリアを招いて、屋敷の全員がテーブルに揃った。

 テーブルには、エリオ以外の人数の皿が揃っている。余分にあった材料からカトリアの分も用意したが、メインディッシュの手ごね牛肉のソース煮込みは出すべきか最後まで悩んだ。今朝作っておいたタネには普段の3倍の量が入っている。


「……少々香辛料が効いておりますね」


 メインディッシュの皿に盛り付けられたそれを見て、カトリアが指摘する。

 丁寧に擦り込んだ混入物の臭い消しのために、エリオはよくそうしている。料理に疎いあの二人はともかく、カトリアには気づかれるかもしれない。


「そうですか? でも味は悪くないですよ」


「こちらの料理は牛を使っていますよね。せっかくのご好意ですが、私の種族は牛肉は口にしませんので、パンとスープで結構です」


「いや、そうでしたか。これは失敬。しかし見ただけで肉の種類がわかるとはさすがですな。牛を口にしない種族と言いますと、ティンガル族かメーガンか……はたまたラト族か」



 横目で睨む婦人には気づく素振りもなく、ヴォルガード公はトークに花を咲かせている。カトリアは彼に合わせて当たり障りない言葉を選んだ。


 そんな会話もエリオは口にできない。スラムの育ちで、奴隷で、さらには呪われた一族の末裔だ。

 どうしたらこんな悪条件が揃うのかと自分でも笑ってしまう。


 テーブルから距離を置いた部屋の隅で、エリオはほくそ笑んだ。奴隷の自分にはこれからも縁のない話だ。誰も笑う自分など見ていない。

 ここにいられるのもあとどれくらいだろうか。エリオは暖色の灯りに自分の悲観的な運命を見透かしたようだった。



「ヴォルガード公、念のためにこちらを渡しておきます。婦人にも。眠る前に水と一緒にお飲みください」


 食事を済ませた彼らが、テーブルから離れた居間でそんな会話をしているのが聞こえた。食器を片付けながらエリオは耳を澄ます。


「これは?」


「壺に憑いた邪気は祓いましたが、悪夢を見ると言うことはヴォルガード公の身体にすでに取り憑いている可能性があります。これは除霊剤です。睡眠導入効果もありますので、お渡ししておきます」


 黒の小袋に入った薬を、彼らに渡しているようだ。

 そこまで律儀にしてやるような奴らではないと内心思ったが、エリオは黙って食器を洗いに行った。


 食器を洗い終わる頃には居間には誰もいなくなっていた。各々の部屋に戻ったのだろう。それよりも腹が減ったと残りの材料で何を作ろうかエリオは思案に耽ける。



「奴隷のお仕事は一息吐いた?」


 横から思いもしないちょっかいをかけられ、エリオは椅子にようやく腰を着いたが飛び上がった。声がした方向とは反対に仰け反り、暗がりに見えるカトリアの姿を確認する。


「な、なんで……」


「まだ灯りが点いていたから、あなたがいるのかと思って。毎日こんなことをしているの?」


 エリオとは対照に、落ち着いたカトリアの声が調理場に響く。その低い声は狼狽るエリオを制するようだ。

 よく見れば寝巻きのような軽装に着替え、長い髪は僅かに湿っている。エリオが食器を洗う間に風呂を済ませたようだ。まだ肌寒さが残るというのに、開けた胸元から彼は咄嗟に目を逸らす。


「……これが俺の仕事だから」


「そうね。文句も言わず偉いと思うわ。食事に何を入れても気づかれないほど信頼を置かれてるんですもの」


「……気づいてたんだ」


 頬が赤くなるのも一瞬で冷めて、エリオは得体の知れない人物に向き直る。

 その人は、エリオを捕らえるように真っ直ぐな視線で見つめている。その微笑みに、薄らと悪寒さえ覚える。



「ねえ、何か温まるものを淹れてほしいの。まだ眠れなくて」


 こんなタイミングで彼女から注文を受けるとは思わなかった。自分の腹も満足に満たせていないが、エリオは調理場に戻って彼女のためにホットミルクを淹れることにした。


 それに一日を通して彼女の不可解な行動に、エリオも引っかかることがあった。探るにはいい機会だと、煮込んだミルクを器に流し入れる。


 テーブルに先に着いていた彼女に、温まった器を差し出して、自分も向かい合うように座った。


「……どうして庇ってくれたの」


「別に庇ってなんかいない。あなたのことを告発したところで私へのメリットもないからよ」


 エリオが淹れたミルクを一口啜りながら、淡々と言った。

 確かに蟷螂のあの信用しきった反応なら、報酬もしっかりもらえるだろうが……どこか腑に落ちない。どう探りを入れるべきか煮詰まり、エリオは押し黙る。


「あ、このミルクにも何か入れて私の身体に悪戯しようなんて考えてる?」


「はあ?!」


 黙り込んだエリオに、ちょっかいをかけるようなカトリアの上目遣いが見据える。エリオの椅子の脚が床を引き摺った。取り乱している場合ではない。

 蟷螂用の料理には3倍の量を練り込んだが、疲労した頭にはそんな考えは微塵もない。


 コトリ、とマグカップをテーブルに置き、おもむろに彼女は立ち上がる。後退るエリオを置いてきぼりにして、カトリアは踵を返す。



「おやすみ、エリオ」


 宝石のような瞳は、妖艶さとともに不穏な空気を纏い、エリオを夜の闇に沈んだ部屋に残していった。




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