ボーイ・ミーツ・ガール(2)
絹糸のような柔らかい髪は、彼女の背中まで伸びている。上質な春用の外套は、小柄な身体と彼女の雰囲気によく合っている。
奥の部屋まで案内してほしいと、ここの家主に招かれた客人に頼まれて付き添うが、その客人の方が自分より前を堂々と歩いているのでエリオはどうするべきかと声を掛けそびれていた。
「お名前は?」
先に声を掛けたのは、彼女の方だった。
前を歩く足取りは変わらず、こちらを振り返ることもない。
「えっ……」
「お名前をまだ伺ってないのだけれど」
しかし彼女はどうやら自分に話しかけているようだと、エリオは喉を詰まらせる。こんな奴隷の使用人に話しかける物好きはいないか、揶揄われているのだろう。
「あの、俺はここに雇われてるだけの使用人なので……」
「そうみたいね。その生傷も、あなたの飼い主につけられたのかしら」
今朝あの男に殴られたばかりの生傷を思い出す。切れた口の端の血は固まっていたが、思い出すとまた痛み出してきた。
「……」
「客人に見えるところで暴力なんて、趣味が悪いわね。あなたの飼い主。ああいう小金持ちは苦手よ」
まさか、こんな自分の傷みを理解しようとしてくれる人がいるとは思わなかった。スラムの出の自分には何もない。いつも後ろ指を指されて耐えていた。
「……エリオ」
「エリオ……そう、素敵じゃない。私は好きよ。エリオ」
スラムで目を覚ました頃から身寄りのないエリオは、そんな温かい言葉を掛けられたことはない。
会って間もない年上の女性にそんな言葉をかけられ、想像にもしなかった感情が胸の内に込み上げる。
赤い顔を隠すように、エリオは鼻の下を掻く。前を歩くカトリアは、自分のことなど見えていないだろうが。
エクソシストはこの目で初めて見たが、エリオが想像していたよりも人徳が備わっている良識な人物のようだ。胸の内の戸惑いを感じ取られないように、呼吸を落ち着かせる。
「ここには何歳から働いているの?」
「……8歳から」
柔らかい髪質、アメジストの瞳、白い肌、一目見てわかる品と育ちの良さ。
この国には様々な種族がいるが、一体彼女はどこの出の者だろうか。上流階級にはフェアリーやエルフの種族が多い。彼女から香る雰囲気はフェアリーに似ているが、エリオには確信が持てない。
自分を押し殺して生きてきた彼には、勇気を出してそれを尋ねることもできなかった。できたばかりの首筋の痣がただ憎いと彼は歯軋りをした。