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ボーイ・ミーツ・ガール(1)


 掃除をしたばかりの薄汚い格好のまま客人の前に出ていいものかと一瞬迷ったが、外に待たせておくとあの蟷螂にあとで小言を言われそうだ。


 軽く埃を叩いて、エリオは玄関に出ることにした。

 大掃除で疲れ果てた腕には、金持ちの家の大扉がこれ以上ないほど重く感じる。やっとの思いで内開きの扉を開けると、外で待機していた客人の顔が拝めた。


 どんなしけた顔のおっさんが出てくるかと思っていたが、扉の向こうにいたのがあの蟷螂とは不釣り合いな可憐な雰囲気の女性で、エリオは目を見張る。

 彼と対面した謎の女性は、彼より少し高い目線からエリオに視線を絡めた。



「ご機嫌よう。カトリア・ゲルシュツアルトと申します。ヴォルガード公はいらっしゃるかしら」


 身汚い使用人のエリオにも、女性は微笑みかける。

 所作のひとつひとつが洗練されている。身なりからも高貴な生まれであることは明白だ。呆気に取られながら、彼女の挨拶にエリオは軽い会釈を返した。

 しかしあの蟷螂とどこに接点があるのかとエリオは疑う。年齢も10歳のエリオとはそこまで離れているとは思えない。


 その女性のことに思考を奪われていると、ふと声をかけられた。その問いかけでエリオは意識を現実に引き戻す。



「……あ、はい。どうぞこちらへ」


「素晴らしいお屋敷ですね」


 応接間への廊下を連れて歩く途中、その女性がそう言った。屋敷だけはな、と毒を吐いてエリオは適当に頷いておく。


 応接間に着くと、先に軽装に着替えたここの家主が待ち構えていた。

 エリオが連れてきた客人を見るなり、出迎えるどころが蟷螂のような眼つきでじっと睨んでくる。


「誰だ。その娘っ子は」


「お初にお目にかかります。ヴォルガード公。カトリア・ゲルシュツアルトと申し上げます」


「おお、ゲルシュツアルト公。お待ちしておりましたよ。どうぞお座りください」



 慌てたように蟷螂が取り繕い、彼女を革張りのソファーに座らせる。どうやらこの二人は初対面のようだ。釣り合わない二人にどんな接点があるのかと、エリオは思考を巡らせる。


 しかしそこの蟷螂に「お前はもういい」とあしらわれ、エリオは応接間を離れるしかなくなった。


「私は構いません。ヴォルガード公。彼も是非ここにいてください」


 カトリアという女性はそう言って、エリオに微笑んだ。不意打ちの微笑みにエリオは心臓が跳ねたが、蟷螂は渋々という風にエリオがこの場にとどまることを許した。


「では、本題に入りましょうか。お話ください」


 広い応接間の中央のテーブルで話し込む彼らを、扉の前でエリオは静かに見守ることにした。

 どうして自分がここにとどまることになったのかはわからないが、話の内容には興味がある。息を潜めるようにエリオは彼らの会談に集中する。


「貴女のことを紹介いただいたフェルツ公に相談した通りだが、ここ最近恐ろしい夢を見ることがある。思えば半年前から、うなされることはあったが仕事が忙しくて疲れているのだろうと思っていた。だが、最近はその頻度も増えて、妻までが同じように悪夢を見るようになった」


 約半年前から、ヴォルガード公は原因不明の悪夢に悩まされていた。その内容は、内臓を悪魔に食い散らかされるものだったり、魔女に火鍋の中に突っ込まれて身体を丸ごと焼かれるものである。



祓魔師(エクソシスト)である貴女にどうか悪霊を追い払っていただきたい。報酬は弾む。一流の祓魔師である貴女なら何とかしてくれないか?」


 ヴォルガード公の口から出た言葉に、エリオは息を飲む。

 エクソシスト……!? あの可憐な女性が、悪魔払いを生業とする職に就いているとは素直に信じられなかった。だが、ヴォルガード公の必死な顔はとても冗談を言っているとは思えない。


「そうですね。心当たりがあるとお伺いしましたが……」


「ええ。ちょうどその時期に仕事の関係で譲り受けた壺がありまして……どこの職人が作ったものかもわからない代物でしたが、断ることもできず奥の部屋に飾っております」


 その壺なら、エリオも見たことがあった。

 大仕事から帰ってきて一段と疲れた顔の蟷螂に押し付けられた壺は、確かに薄気味悪い錆びた色を全体的に纏っていた。

 どこに置くか困ったので、物置同然の部屋に眠らせている。


「見せていただけますか?」


「ええ。すぐにお持ちいたします」


「いえ、そちらの部屋まで伺いましょう。その部屋に原因があるということも無きにしも非ずですから」


 態々部屋まで行くと申し出る彼女に戸惑いを見せる蟷螂など構わず、裾の皺を整えて立ち上がる。

 これまで静観していたエリオの方を不意に見たカトリアが、おもむろに口を開いた。


「できることなら、あなたにお願いしたいわ。使用人さん」


 突然の指名に、エリオは頭を真っ白にして前に組んだ両手を握り締める。

 彼女曰く、無闇に影響を受けている者が原因に近づくことは、魂を吸い取られる危険性があるので控えるべきだという。悪夢にうなされるヴォルガード公と婦人は論外だ。


 昔見た貴婦人が身につけていたアメジストのような輝きを纏う双眸が、エリオを見つめてふわりと微笑みを浮かべる。

 彼にはその瞳が何を汲み取っているかがわからなかった。




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