奴隷のエリオ
アスタルナ帝国。
主に鉱山と豊かな資源に囲まれた大国だ。様々な種族が集まって国家を築き、特に力を持つとされる大陸の先住民ウグアス族を皇帝に置く王政国家だ。
帝国暦は400年余り。
近郊には陸続きの民主国家や共和国もあり、長年の友好な関係を築くことができている。
しかしこの国には古からの奴隷文化が根強く残る。かつての大陸にいた一部の希少種族は、他の先住民から奴隷種族として迫害を受け、現代においてもその名残が残っていた。
貿易主のヴォルガード家で、雇われ奴隷として働くエリオは生まれた頃から天涯孤独の身であった。
幼少の記憶にある頃からスラムで食べるものを探し、身なりがいい者達の貴重品を盗み、金を稼ぐための職を転々と探し続けて、今の奴隷仕事にありついた。
こんな奴隷仕事でも、食事と寝床に困らなければエリオには十分だった。真冬にスラムの路地で死にかけた経験がある彼にすれば、屋根裏部屋の獄中のような生活も雲の上のようだ。
家主のヴォルガード公は非常に気難しい性格で、気に入らないことがあればすぐにエリオに手をあげるような胸糞悪い男だが、先進国のこの国で貿易事業を幅広く展開しており目利きはいい。
どれだけ暴力を受けようが、雨風を凌ぐ屋根のない外で震える生活に戻るより、エリオは雇主のご機嫌を取る方がマシだと思った。
気候が暖かくなり始めたこの頃も、繁忙期のストレスからヴォルガード公がエリオに手をあげる回数は増えていた。
奴隷仕事の合間にエリオは彼らの目を盗んで、屋敷の応接間の掃除のついでに口元の切れた傷を看ていた。
「あの蟷螂じじい……朝から二発も殴りやがって……夕飯の惣菜に黒虫の微塵切りわからねえように混ぜてやるからな」
こんな山奥に豪勢な屋敷を構えているものだから、年中害虫には困らない。あの蟷螂にいいようにされた日には、特に力を入れて事細かにカットした害虫料理を振る舞うことにしている。
この国が豊かな鉱山と自然に恵まれている環境のお陰か、多種多様な生物が常に繁殖し物好きな収集家が新種の生物を発見したというケースは珍しくない。
ヴォルガード公と同居する婦人は、裕福な商人の三女の生まれでろくに料理も知らないから、エリオが家事をするところもろくに見ていない。ほぼ毎日鏡に映る自分に夢中だ。最近皺が増えてきたとエリオは思う。
そんなことでこの日のディナーも豪勢な料理を作ることにしたエリオだが、この日は珍しく応接間の掃除を奴に頼まれたことに疑念を抱いた。
ここは普段使われていない部屋だから、室内は常に埃臭い。ここを掃除するということは、客人が来るということか。面倒臭くなるとエリオは項垂れながら、奴隷として働くしかない。
エリオが寝る屋根裏の10倍は広い応接間を一人で磨き上げたところで、この日は少し早い時刻に家主が帰ってきた。エリオの予想通り、客人が来るらしい。
また仕事で出会った取引先を家に招くのかと、食事を作る数が増えることにげんなりしていた。口の端の傷がまだ針を刺すように痛む。
「お客様がもうすぐ着く頃だ。お前が玄関で出迎えろ」
蟷螂のくせにキーキーうるさい。
自分が招いた客ならお前が出迎えないのかと目で訴えるが、さっさと自室に着替えに行ってしまった。
大事な取引先なら奴隷の使用人に出迎えを任せるはずがないが、言われたことは従うしかない。
今晩のメニューをどうするか悩みながら玄関に向かう。ちょうど客人を知らせるチャイムが鳴った。
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