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侵入者


 湯気が立ち昇る大浴場に、ボロ着を脱ぎ捨てたエリオは飛び込んだ。もちろん男湯の客はエリオだけだ。


 師匠面をするあの女はエリオにさっさと臭い身体を洗って来いと言って、部屋からさっさと追い出した。

 何だよ、自分も大体同じようなもんだろと小言を言ったが、地獄耳のあの女に追及される前に脱衣所まで逃げてきた。さすがにあの女も男湯までは入って来ないだろう。



「何日ぶりの風呂だ……ありがてぇ……」


 何ならこのまま溺れ死んでも本望だと、余計な魔が差した。



 貸し切りの大浴場を堪能しながら、エリオは数分前のドロシーとの会話を思い返す。

 彼が借りた部屋は、質素な居間付きのツインタイプの一室だ。部屋の設備は所々塗装が剥がれていたり、錆びついていてあまり綺麗だとは言えないが、元奴隷のエリオの目から見ても掃除は特に丁寧に行き届いているようだった。


 部屋に入って手近にあったテーブルに旅の荷物をどっさり置いて、フカフカのベッドに感嘆するドロシーのもとへエリオは問いかける。


「それで、俺がお前の跡を継ぐには何をしたらいいんだ」


 ベッドに飛び込む3秒前というところで水を差された彼女が、憮然とした顔でこちらを向く。


「最近の若い奴はすぐそうやって答えを出そうとする。そこらの野良犬だってもうちょっと待てるわ」


「おい」


「あなた、まだ10歳なのよね。エリオ。ヤマトナデシコの力がまだ未熟だわ。第二次性徴を経て緩やかにヤマトナデシコの霊能(シャーマン)は安定するの。まずは少しずつ能力をコントロールするところから鍛えていかなきゃ。まあのんびりとやりましょう」




 ……あいつはそんなことを言っていた。

 その後はすぐにエリオを部屋から追い出し、ドロシーは内側から扉を閉めた。仕方なくエリオはこうしているわけだ。でもまあ湯加減は悪くない。


 時折自作の鼻歌を混じりながら、一人の時間を堪能する。

 ふと、自分はこれからどうやっていくのかという考えがエリオの頭に過ぎる。


 お先真っ暗闇だった自分の将来が、今度は真っ白な空白だ。何も頭に浮かばない。今後あの女に付き合わされて、自分がどう生きるかなんてエリオには想像ができなかった。何年後かの自分は、どんな大人になっているのだろうか……。





 ————……誰か。



 またあの声だ。この宿を見つける前に、どこかから風のように吹いた声。

 それがまるでエリオの脳内に直接語りかけている。



 ——……そこにいるのは誰?




 水のように透き通る声は、エリオを認識しているようだ。

 しかし、エリオは出所がわからず、戸惑うことしかできない。辺りを見回しても、広い大浴場にはエリオの他に誰もいない。得体の知れない相手に、エリオの喉は押し潰されて掠れた声もままならない。




「エリオ!」


「うわああああああ!?」


 エリオは自分の身を抱き寄せる。そこに突然大浴場の戸を蹴り飛ばす勢いで、ドロシーが突入してきた。潰れたはずの喉が一気に開いて、エリオは恐らく人生で一番の悲鳴を上げた。

 何度も自分の目を疑ってみたが、あれは自分の師匠を名乗る女で間違いないようだ。頭おかしいのか、あの女。エリオは朦朧とした意識の中でなんとか股間部を手で押さえた。


「ここね。霊媒の気配が一段と強い」


「ちょ……ここ男湯なんだけど!? あんた正気か!?」


「知ってるわよ。ガキの玉に興味ないから安心なさい」


 自分が最初に呪い殺す相手はこの女にしようと、エリオはこの瞬間に誓った。生まれたその瞬間からこの世は下剋上なのだとエリオは10歳にして知っている。だからいつかこの女を呪い殺して自分は成り上がるのだとエリオは悟った。




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