わけあり宿で
この日は、陽が沈む前に何とか宿にありつくことができた。
人里離れたボロ宿ではあったが、布団とシャワーがあれば十分だと二人は宿に転がり込んだ。
これで今夜の寝床は確保できたと、喜んでいたのも束の間……。
「お客さんには悪いんですがねえ、ここの宿もうすぐ潰れるんで今日で閉める予定なんですよ」
チェックインしようと宿の戸を叩いたが、受付でここの管理人らしき白髪の中年の男から、そんなことを言われてしまった。このままでは門前払いだ。
「はあ!?」「なんで!?」
「昔はこの辺も鉱山が発展していたんだが、数年前に資源を取り尽くして次第に客足も遠のいてねえ。それでも何とか手を打とうとしたんだけど、ここ最近は泊まりのお客さんからおかしな話も聞かされて、経営が回らないんだよ」
しみじみとこれまでの経歴を語る男に、二人は唖然とする。ようやく寝床を見つけたというのに、その宿も先は短いと追い出される羽目になるとは……。
「そういうわけだから、お客さんには悪いんだけど……」
「その客から聞いたおかしな話というのはどんなものかしら?」
話を切り上げようとした彼に、ドロシーは詳しい説明を求めた。エリオは自分より背の高い受付のデスクに阻まれながら、隣で成り行きを見守ることにした。
「それが……寝静まる夜中に何かの物音がするらしいんですよ。泊まったお客さんからは、何かを見聞きしたなんて話をよく聞いておりまして……そういう話が付き纏うとうちもやっていけなくなりまして……」
この辺りも鉱山が栄えていた時代は人の行き交いが頻繁だったが、鉱山採掘の最中で死亡事故も幾つか起きていたという。
一通りの話を耳に入れたドロシーは、ひとつ頷いて重い口を開けた。
「なるほど……そういった事情なら、こちらで何とか対処できるかもしれません。こう見えて霊媒を扱った相談事を請け負うこともしばしばありまして、お力添えはできるかと。私はパトリシア・エレッタと申します。あと隣にいるちっこいのは、弟子のエリオットです」
横目でじとりとエリオは睨む。
よくもまあ息をするように嘘が吐ける。エリオットなんて陳腐な名前をつけたものだ。
これが偉大な聖女だと言うのだから、エリオは片腹が痛い。
「ほお、そうですか。しかし悪霊祓いができたとして、経営が回る見込みはないしねえ……」
「冷静になってください。ネガティヴな思考も、その悪霊に影響を受けている場合がかなりあるのです。悪霊を祓うことで状況が好転することも期待できますよ」
「おお、なんと……!」
なんか話が上手いこと乗り出している気がする。ちょろいのかこの店主、とエリオは欠伸を漏らしながら大人達のやりとりを片耳に入れた。
「そうですね、報酬は今日の宿泊費と食事代で結構です。あと見晴らしのいい露天風呂」
「うちは団体向けの大浴場しかありません」
「ならそれでいいわ。行きましょう、エリオット」
ここの管理人の男に話を付けたドロシーに手を引かれ、エリオは宿の玄関を潜る。
また子供扱いしやがって……そうやってむくれるエリオだが、振りほどくほど嫌がるものでもなかった。
そんな弟子のおとなしい様子を見て、ドロシーは彼に見えないようにしてやったりと頬を緩ませるのだった。