聖女は奇跡を求めて
かつて聖女とは、世界の平和の象徴であったり、傾いた戦況を覆すためのトリガーであったり、絶望する者達に寄り添い心を癒すことを生業としていたらしい。
それを丸ごと引っ括めて『救済』と呼んだそうだ。
エリオはあれからドロシーに聞かされた話を整理した。
聖女の弟子として生きる決意をした彼だが、彼女の口から出る言葉は、狭い世界でまだ10年ほどしか生きていない彼にはこの世の起源を説くような壮大な話だった。
10度の転生を繰り返した彼女は、これまで数々の絶望的な戦場を乗り越えて、救えなかった生命も多く見てきた。
それでも聖女は最後の砦でなければと、ボロボロの身体でもロザリオを握りしめ、人々の希望として立ち上がった。
――聖女の力は、万能ではないわ。祈りが届かなければ奇跡は起こせないし、どれだけ傷を癒しても武力の前には無力だった。
そこまで身を削るような経験をして、彼女は止まることはできなかったという。
自分が止まってしまえば、そこですべてが途絶えてしまうことがわかっていた。世界も、生命も、人々の願いも、だから光を求めて祈り続けた。
聖女は、最後の光でなければならない。
自分がその光になれるのかと、エリオは自信が持てなかった。
遠くから差し込む光に、エリオは閉じていた目を薄く開ける。朝だ。東の空に朝日が昇ろうとしている。
寝起きの頭に不意に気配を感じて、彼は横を見る。
そこには目を閉じるドロシーの顔がある。耳を澄ませば、微かな寝息が聞こえる。
あまりに無防備に眠る彼女に、エリオは気持ちのやり場に困る。当たり前だが彼は女性に慣れていない。ほのかに香るいいにおいにも慣れていない。
まさか初日から野宿になるとは思わなかった。
毛布が一枚しかなかったから仕方がないが、今朝起きたらこんなに至近距離に顔があるとは聞いていない。夢の中の彼女に文句を言っても仕方ないが。
夜明けの風の冷たさに意識も醒めて、エリオは青草の寝台から起き上がった。草の上でも身体が痛い。
「はあ……」
すやすやと眠る聖女に自分の分の毛布をかけてやって、エリオは息を吐く。彼女の胸に下げられた十字架は、冷たく朝日を反射している。
もう野宿は御免だと思っていたが、一人で眠るより心地いいと思ってしまった。
あの時の自分とは違うと、ぬくぬくと眠る彼女が教えてくれた。
自分はこの先どう生きるのかなど、エリオにはわからない。
……だけど。俺は。
――エリオ。あなたをこちらの都合で巻き込んでしまったことには変わらない。それでもあなたがいいと言ってくれるなら、この十字架をあなたに託したい。
火の粉の記憶とともに爆ぜて揺らめく、貴女の眼差し。
どんな時もその宝石は綺麗なのだと思った。
「……いいよ。俺があんたの弟子になってやる」