聖女なんてやってられるか
大陸を覆い尽くそうとする魔物達の大群。
この大国カリヴァルには、大きな災いが降りかかろうとしている。
カリヴァルの民は魔物の大国侵略を恐れ、震えることしかできなかったという。
しかし魔王の襲来に、国の安寧と秩序を願い立ち上がる者達がいた。のちに彼らは『円卓の五騎士』と讃えられた。
その円卓の一人――聖女マリアナは、天界から授けられたロザリオを手にカリヴァルの民を護り、円卓の騎士達を献身的にサポートすることによって、魔王アグトゥースとの死闘の戦いを勝利へと導いた。
カリヴァルには再び安寧の時がもたらされ、彼らは国を救った英雄としての名声を得る。
マリアナも英雄の一人としてカリヴァルの民に特別愛されていた。
――何度見た光景か。
ロザリオに祈り、傷を癒し、人々に救いの声をかける。そうすれば皆が私の名を崇める。慈悲深く、心優しき聖女様を。
こんなことはもう何度も経験してきた。
これでもう9回目だ。一国の聖女として働き、大衆に慈愛をばら撒くこの役職に就いたのは。
私はこれまで9度の輪廻転生を繰り返してきた。
そしてそれはすべて聖女の役職を遣わされてきた。
最初の頃は、聖女の力に目覚めて自国と国民のために奮闘した。国の平和と民の笑顔のためならばと、この身を捧げて命を賭すことも厭わなかった。
ある時代では聖女オルタとして天災から大陸を救い、ある時代では聖女ジャンヌとして他国との戦争に乗り出し軍の士気を高めた。
そして国を救うと、皆が私を激励し崇めてくれた。それは素直に嬉しいと思う。最期まで皆に愛されて自分の役職を全うできたのだから誇りに思える。
だが、私は9度の輪廻転生を経て、とうの昔に燃え尽きてしまった。聖女として生きることにも、自己を犠牲にして国を救うという大義を背負うことにも。
だって、そうだろう。莫大な時間と労力をかけてやっと自国を救ったというのに、死んで生まれ変わったらまた新しい自国を救えと? 救っても救ってもまた壊される。やってられるか。
私は何度世界を救うことになるのか。
生まれ変わるなら今度こそ平凡な人生をと願うが、世界は悪の手に滅ぼされ、聖女の力とともに記憶は目覚め、自分には特別な力があると周りから畏れられ、そんな力があるならこの国を救えと見ているだけの大衆に背中を押される。逃げ場などなかった。
この先も聖女の呪縛から逃げられないのなら、私にも考えがある。
どうせ今度の転生先も大なり小なり敵の侵略に遭い、私は絶望的な世界情勢の世界線でまた聖女として派遣されるのだろう。
それならばボイコットしよう。
聖女の役職を放棄する。
もう荷が重い肩書きは背負いたくないのだ。
かくして、カリヴァルを救った麗しき聖女マリアナは、享年56歳にして、かつての仲間や国の民に惜しまれながら息を引き取ったのだった――……。