08 作戦会議
地下1000キロメールにある巨大基地、マリス・ステラの見学は思ったより驚きが少ない。そりゃあ完全二足歩行のロボットが歩きまわり、人間と談笑している光景や、見たことのない奇妙な装置、自分で自分を開発するロボットというのは、地上ではお目にかかることのない光景ではある。
しかしだ、ロボットも人も顔を突き合わせて会話しているのを見ると、地上と同じような気がするから不思議だ。人種や性別がひとつ増えた。その程度にしか感じない。
ロボットと呼ぶと嫌な顔をされるというのも、実に人間じみている。
科学こそ進んではいるが、未来に来た訳でもないし、海外に来たのと俺にとってはかわらない。
むしろすれ違う人々がこっちを指さしたりして、ヒソヒソ話すのを見ると学生時代に戻ったような気すらする。
そんな見学の中で一番驚いたのは、魔道書という存在。
年代がわからない程の昔から存在していた魔道書。その断片に俺のことが書かれていた。普通、信じれない話だ。予言だなんて非科学的だし馬鹿げている。偶然の一致で片付けるのが自然だろう。
でも俺は信じる。信じたいから信じる――。
「失礼します」
断片室の連中はなんというかアウトロー気質で、俺にとっては居心地が良くて、ついつい軽い口調で話してしまう。しかし、いつでもそういう訳にはいかないだろう。
アイリーンに続いてブリーフィングルームに入った俺は、挨拶とお辞儀をして席についた。やはり注目されている気がする。
制服も着用した、断片室の株が下がるようなことはしたくない。
今日は打ち合わせだという、詳しいことは聞いていない。
部屋には大小様々な机と椅子が置いてある。部屋の前方に壇上とスクリーンがあって、俺にはそれが教卓と黒板のように思えた。
「えーと、全員そろっていますね」
最後に入ってきたおかっぱの女の子。※ただしロボットだ。は、室内を見もせずに確認すると、教卓の前に立った。
「それでは作戦の概要を説明する前に、アキヒロ君の所属を決めます」
突然名前を呼ばれたことに俺は驚いた。ぼかぁ何も聞いてませんですけど?
「アキヒロ君」
同名の誰かがこの中にいる? そう思って返事を遅らせるも誰も返事をしない。しゃーねー、やっぱし俺か。
「はい!」
「はい、ありがとう御座います。もうほとんどの方がご存知だと思いますが、彼が大励起を起こしたアキヒロ君です。
室内の多くが俺を見ている。前の席の人なんか、首だけを180度回してこちらを見ていらっしゃる。俺は苦笑いを返してさしあげた。
「彼が昨日搭乗した機宿は、断片室が所持している旧型機でした。次の作戦は実戦となりますので、彼には万全の準備をしてもらいたいと思います。つきましては彼の所属する部署と、搭乗する機宿を決定したいと思います」
「ハイ!」
前の方に座るポニーテールの子が手を上げた。顔がはっきりとは見えないが人間の美人さんだ。首にホクロがある。
「それならば、戦室第一班に所属するのが妥当です。戦室ならば機宿も兵装も豊富です。というか戦室の一班か二班にするかぐらいしか選択肢はないと思います」
ポニテは言いたいこと言ってさっさと座った。もうちっとうなじを観察したかったな。
ポニテの言うことは道理に適っているらしく、他の連中は悔しいが仕方ない、みたいな雰囲気を出している。
おかっぱもそうですね、と顔に書いてある。
「アキヒロ君。どうしますか?」
俺の机にはホログラムで情報が表示された。各部署の特徴と、所持している機宿やその他の装備、さらには給料の目安まで。
なるほど確かに戦室、戦闘行動室第一班の厚遇ぶりが目立つ。一応俺に選ばせる形にしてくれるわけね。ふーん。
「さて、アキヒロ君どうしますか? 次は実験のようにミサイルが相手ではありません。恐ろしい怪物との戦いです。戦室なら一班でも二班でも十分なものを用意してくれると思いますよ」
「違う部署の兵装は借りられないのですか?」
「出来ないことはありませんが、機宿の製造年代が違うと装備できないことがほとんどですね」
そっか、それは残念。しかし、俺の気持ちは最初から決まっている。俺の長所のひとつは、決めたら一途なところだ。
「わかりました。決めました」
「どこに?」
「俺は、断片室に入ります」
いつもは五月蝿いぐらいよく喋るアイリーンが、部屋に入ってから一言も話しやがらねぇ。
「どうしてですか? 断片室にはろくな機宿も兵装もありませんよ? 貴方を拾ったのは断片室ですし、その功績は評価しますが、貴方の能力ならどの部署だって引く手数多です。そこの資料を見たでしょう。評価査定Eマイナス。言い方は悪いですが、全部署で最低のところですよ」
引く手あまた。それが逆に気にくわない。どいつもこいつも人を実験動物のような目で見やがって、使えると分かれば手のひらを返す。ふん。地上と同じじゃねーか。確かに各部署の特徴のページに上に、はっきりと部署毎の評価査定が書かれてあった。だがそれがどうした? 魔道書を、予言を、俺を信じてくれたのは断片室のメンバーなんだろ? アンタ達はこいつらも、俺の事も別に信じちゃいなかったんだろ?
「どうしてですか、か。ナァおかっぱちゃん、マシンにとって大事なことは何かね? スペック? 強さ? 汎用性? 整備のしやすや? 燃費? ねぇなんだと思う?」
「私はこれでも大佐ですよ。上官に対して口のきき方が……」
「答えになってねーよ。いいか教えてやる。お前等もよく聞け!」
全員が俺のほうを向いて、俺の声を聞いた。俺が何を言うのか、しっかり耳と意識を向けている。俺、アキヒロではない。大励起を起こしたパイロットが何を語るのか聞こうとしている。
「マシンにとって大事な要素。すくなくとも他の機宿に無くプレアデスにはある大事な、だーいじな要素。それは……美しさだ」
アイリーンが目を見開いて俺を見ている。
「なんだこの手抜きみてーなガッチガチのフォルムは。やるきあんのか?」
「それは防御力を……」
「うるせー! 気合でカバーしろ!」
立ち上がったポニテを秒で黙らせる。
俺はプレアデスの立体画像を大きく表示した。
「見てみろこいつの美しい流線型を、ミロのヴィーナスのような腰つき、ニケのような背面スラスター。お前等昨日コイツのエグゾーストを聞いたか? 猛々しくも美しい音色だったろ?」
「それはつまり、見た目が好みだから、その機宿に乗るということですか」
「そうだ。ついでに言えば俺は断片室の奴等が気に入った。ちょっとまだろくに話を出来てねーやつもいるが、それはこれからのお楽しみってところだ」
「はぁ。ひとまずいいでしょう」
おかっぱは仕方が無いというように引き下がった。ポニーテールは座ったまま震えている。あれはメッチャ怒ってるな。
「ぶえぇぇーーん。アヒびロォォぉぉー!」
横に座っていたアイリーンがタックルするような勢いで、しがみついてきた。
「ぶあああぁぁぁぁん。よがっだよぉぉぉぉぉ。どこにもいかないで、よがったよぉぉぉぉぉ」
「痛い痛い。角でぐりぐりすんな」
「だっで。だっでぇぇぇぇ」
俺にしがみ付いて泣きじゃくるアイリーンは、完全に幼児だ。本当にコイツは何世代も自分の身体をアップデートしてきたアンドロイドなのだろうか。
「あぎひろぉぉぉー。おぉぉぉぉぉん。うわぁぁぁぁぁぁん」
こいつなりに俺を思いやってずっと我慢してきたのだろう、俺はアイリーンの頭をなでながら、顔を前に向けた。
「で? 話はこれからだろ? 怪物の退治だっけか? 詳しく聞かせてもらおうじゃねーか」