07 感情のない知性
解き放ったエネルギーが、空間中の質量を増大させる。
臨界点を突破した励起指数は予測計算を超えて上昇。私は、私の身体に、そのエンジンに、初めて火が灯ったのを実感した。
増大した重力の力場。エネルギーフィールドに触れたミサイル達は、自らの質量に押しつぶされて自壊した。
予測を超えたせいでリミッターをかけるのが遅れた。私はなんとかエンジンの出力を押さえつけ、大励起を収束させていく。
これだから呪いは厄介だ。
「はぁはぁはぁはぁ……」
大励起を起こした当の人物は、息を荒げて聞いてきた。
「実験は?」
私は答える。淡々と、粛々と。
「もちろん成功ですよ。お疲れ様ですアキヒロ様」
この人を乗せる度、計測や計算は無意味になるだろう。予測不能な事象を観測することが増えるだろう。
臨界を超えたマナエンジンが生み出す物理現象は、今の科学技術では解明しきれないからだ。
もし私が人間であれば、頭が痛い。など言うのだろうか。
しかし私はそんなことを言わない。AIだから。
心の無い。機械だから――。
――――
――
「アキヒロ! 凄かったの! 凄かったの!」
アイリーンがぴょこぴょこ飛び跳ねながら騒ぐ。
プレアデスから降りた俺を、断片室のメンバーが出迎えてくれた。
「司令室の奴等がみんなビビっておったぞ! これでもう給料泥棒と言われずにすむのじゃ」
いや、言われてたのかよ。
「いやいや、オレサマ見てましたよ。室長だってジシンにメチャビビってたでしょうよ」
「ビビったんじゃない! ちょっと驚いただけなのじゃ! 知識としては知っていたが、体感するのは初めてだからな! それは仕方のないことなのじゃ」
驚いたことすらアイリーンは自慢げに話す。
じーさんは何も言わないが、その顔は晴れ晴れとしている。
名称不明の女子は、目を合わせるとそっぽを向いてしまった。やはりエロ発言がまずかったのかもしれない。
「実験は終わったんだろ? 今日この後はなにしたらいい? 俺としちゃこの基地を観光……じゃなかった、見学したりしたいんだが」
「解ったのじゃ! この断片室室長、アイリーン・マーク65に任せておくのじゃ」
アイリーンが薄い胸を叩き、腰に手をあてて、そのまま歩いてゆく。
その姿はこの格納庫に来たときは、うってかわって堂々としたものだ。それだけでも俺はロボットに乗ってよかったと思った。
「まずはここがぁ! 我等の城! 断片室執務室なのじゃぁぁー!」
案内されたのは普通の部屋だ。こじんまりとした事務所と言っていい。オフィスデスクが6つ集合しており、カドの机には『室長』と書かれた小さな旗が置かれてある。
観光地で売ってるような、しっかりとしたクオリティではない。子供が夏休みの工作で作ったような出来だ。
壁にも机がひとつくっつけて置かれており、部屋に入ったアイリーン達は自然な足取りで、壁の机に向かっていった。
「そしてこれがッ! 我等が断片室たる由縁! 魔道書の断片なのじゃ!」
机に置かれていたのは、小さな紙が入った額縁。
その紙には日にちと時間、そして男が海に落ちてくることと、その男が運命の男であると書かれてあった。
同日。
マリス・ステラの会議室。
ガキンッ! と硬くて高級な机を、さらに硬い拳で叩いて男がほえる。
「今こそが好機! 今こそ反撃に打って出るできです! こっちは大励起に成功したのですよ!」
「まぁまぁグデナン准将落ち着きたまえ。どのみち今の時期は、上がりクレバスで干渉できない」
硬く大きな拳の男をいさめるのは、中性的なアンドロイド。実際彼のAIには性別が設定されていない。
「中将閣下はお解かりではない! こんな好機は滅多にない。むしろ全然ない。私が稼動してからの500年で初めて好機が訪れたと言っていい。今のうちに準備を進め、クレバスの動きが収まれば即打って出ようと言うのです!」
「確かに、グデナン准将の言うことは最もだ」
「元帥!」
「しかしだ。諸君、よく聞いてほしい。大励起の力は我々の手にすら余るのだ。アンチクトンの連中ですら手にした大励起を使ってはこなかった。前回の大励起が40年前だ。まだ有効である可能性も否定は出来ない。大励起を起こした機宿同士の戦いとなれば、星が崩壊しかねない」
元帥と呼ばれたメタルフェイスの女が話すと、会議室が静まる。下位の椅子に座る者は、モーターのわずかな駆動音すら抑えようと、極端に動かなくなる。
「この部屋には純然たる人間が一人もいない。能力と功績のみを評価するようになってから、将官以上の者は皆ロボットになってしまった。それが悪いこととは思わん。ただ憂うのだ。我々は間違う存在だと」
元帥が話す内容は今に始まったことではない。アンドロイド。人型のロボットにとっての、ある種のコンプレックスの話だ。
「より高度な性能を求め、人型を選択した我々の世代にとって、感情というのは、切っても切り離せないものだ。感情を手に入れて、より進化したのか、退化したのか、人に近づいたのか、離れたのか、それはわからない。少なくとも私には。……ともかく感情を手に入れたアンドロイドは、感情ゆえに間違うことが増えた。人より高性能な我々が、人と同じように間違うのだ」
元帥はそこまで言うと、グラスを手にとって水を飲んだ。服の隙間からの廃熱板が伸び、首筋の小さなファンが回った。
「会議の前にND426に相談しておいた。ND426。すまないが、みんなの前でもう一度意見を聞かせてもらえるか?」
部屋のすみで置物であるかのように動かず、椅子に座ることもない箱型のロボット。
一部のアンドロイドや人間は敬意をもって、彼のことを翁とあだ名したが、本人がかたくなに否定するので、今でも登録番号で呼ばれている。
ND426はやや、たどたどしい口調で話し出す。
「励起者はプロパガンダに使う。具体的な方法としてはクレバスの魔物を退治させるのが良い」
ND426の言葉に、グデナンが立ち上がって疑問をぶつける。
「クレバスの魔物だって? 勝てるのか? アレに」
「励起率1.8パーセントで撃破可能。此度の励起者であれば、それほど難しいことではない」
機械らしく淡々と、事実だけをND426は言う。そのことを改めて理解してグデナン准将は椅子に座る。なるほど、考えてみるといい手であるように思えた。
中性的なアンドロイドも口をはさむ。
「魔物であれば攻撃してしまっても連中の反感は買わない。それにこちらの戦力を知らしめるにはうってつけの相手。つまりそういうことですね?」
「そういうことだ」
ND426の意見を引き継いで、元帥が答える。
「他にこれはという意見のある者はいないか?」
室内の将官達は何も言わない。意見ならすでに散々出した。それでも決まらなかったのだ。
「よし、それでは解散とする。関係部署は残れ、具体的なプランを検討する」
……ロボット、アンドロイドにしては長い会議が終わって、人のいなくなった会議室前の通路。ずっと口を閉ざしていた男が元帥に聞いた。
「なぜもっと早くオキナに言わせなかったのです? 合理的ではありませんよ」
「すまないエリク大将。みんなの意見を聞いておきたくてな」
「しょうがない人ですね。元帥は」
エリク大将、自らの脳と脊髄と、身体の大半を機械に置き換えた元人間は、それだけを言うと、黒いマントをひるがえして通路の奥へと消えていった。
合理的であることが、必ずしも良いとは限らない。我々が手にした感情を手放さないのは、非合理の中に価値を見出したからだよ。エリク。
思ったことを言葉にはせず、元帥はエリク大将と反対側へと歩き出した。