06 大励起
ついにこの日が来た、憎いおじいちゃんと同じ地上人。おじいちゃんと同じように大励起を起こそうと機宿に乗った。
機宿のことをエロいだのなんだの言っていた。地上人というのはあんな変態ばかりなのだろうか、やっぱり地上人なんてサイテーだ。その血が私にも流れているかと思うとイライラする。
大励起が成功するかどうか、この実験で私やマリス・ステラ、ひいてはこの地下世界の運命が決まってしまう――。
プレアデスを実験場に投下したのはいいけど、格納庫からじゃ、どうなっているのか観測できない。モニタールームか司令室からならプレアデスや、あの男がどうなってるか解るわ。
「お、待つのじゃ」
「嬢ちゃん、なんだかんだで気にしてんのな」
「べ、別にあの男のことなんて気にしてないわよっ!」
「オレサマは別にアキヒロのことだなんて言ってないぜ? 俺達のプレアデスが、そして大励起のことを気にかけるなんて、至極当然だと思ったから聞いたまでだ」
「ヴェルヴェよ。そういじめてやるな。イオリにとっては同族みたいなもの。気にならんほうがありえんわい」
「ぜんぜん同族なんかじゃないわよ! 私は地下人よ。差別しないで!」
「それでイオリ。どっちに行くつもりなのじゃ」
私を先頭に断片室のメンバーがついてくる。これはどう言っても一緒に行く流れね。
そもそも選択肢はあるようで無いんだけど。
「モニタールームなんて、人の多いとこ行けるわけないじゃない。こっそり司令室に入るわよ!」
「であるな」
「そうじゃの」
「いや、オレサマはモニタールームでも」
「ヴェルヴェは元カノに会いたくないだけでしょ。別についてこなくてもいいわよ」
「いやいや、行くさ。行くともさ。こっそり見てるだけならバレないし」
司令室の扉。自動ドアだ。認証を持たない外部の人間で無い限り、マリス・ステラの扉は自由に出入りできる。それは司令室だって例外じゃない。例外は、個人の個室やシャワールーム、更衣室ぐらいのものよ。
この変哲のない扉の向こうに行ってしまえば、もう引き返せない。私は非情な現実を想像して、それを受け入れる準備を……。
「さて、お邪魔するのじゃ」
立ち止まった私の横をすりぬけて、室長や他のメンバーが中に入ってしまう。
「ちょっと。私も」
最後に入った私は、真っ先に大型のモニターを見た。
そして知る。現実を。想像以上の現実を。
後にアイツの言うところの――、発情した未来ってやつを――。
俺は。
俺は――、走り屋だ。
こう言うと同族以外は白い目で俺を見る。レーサーって言えば周囲の反応がいくぶんマシになるのを知ったのは、ずいぶん後のことで、気づけば俺は走り屋ではない友達を失っていた。
友人だと思っていたのは俺だけかも知れないけどな。
ここに来てからまだ2日。断片室と言ったか、アイリーンやヴェルヴェ、それにじーさん以外の、人やロボットの目。目だけじゃない、俺に向ける感情だろうか、あの走り屋だと俺が言ったときの、壁を作られたような疎外感。汚いものに蓋をするような濁った後ろ向きの感情。あるいは下等な生き物だと見下したような視線の数々。
断片室の、あの人達。あいつらは、まともに俺を見てくれているように思う。いつぶりだろうか、期待をよせられたのは。俺は、レーサーで、走り屋だ。
走り屋は、腰にくる加速感でリアタイヤの状態を知る。ステアリングからはフロントタイヤを。
全身のありとあらゆるセンサーを動員し、マシンの状態を理解しながら走る。
特に優れたドライバーは、ボディを己の皮膚とし、外気温や速度、さらには表面に当たる水滴すら感じ取るという。
今なら。その意味がわかる。
全身の神経が直接ロボットに繋がったような、ダイレクトな感覚。
操縦、操作をしているというワンクッションおいた感覚ではない。
プレアデスの腕は俺の腕だ。プレアデスの目は俺の目だ。プレアデスのスラスターは、俺の翼だ。
「いつまで寝てんだ」
「アキヒロ様?」
フットペダルを素早く踏みつけては戻し、左右のレバーを前後対称に入力する。
――「起きた! 起きたぞ!」
ヴェルヴェが興奮ぎみに言葉を出した。モニター外側に表示されてある励起指数は0.8を超えてなおも上昇中。
おじいちゃん。今もどこかで見ていますか? おじいちゃんと同じ地上人が、四十年ぶりの大励起を起こそうとしているわ。
私、頑張るから、何をどうしたらいいか解らないけれど、頑張るから。
――――。
――。
ミサイル第三波。今度は数が多い。
背後から迫り来るミサイル群を、俺は精確に把握していた。
いける。
――解き放て。
ああ、やってやるさ!
「励起指数、臨界点突破。大励起、きます」
フットペダルを親の敵のように踏みつける。タイヤを温存するための丁寧なペダルワークなんぞクソくらえってんだ!
プレアデスが。
俺のマシンがミサイルを引き離して、かっ飛ぶ。
景色が、視界の外側へと消えていく。
同時に、過剰分泌されたアドレナリンが体感時間を引き延ばす。
「みなぎってきたぁぁぁぁぁ!」
レバーとペダルを駆使して再反転、同時に足の裏にあるアンカーを出して急制動。
本能のまま――。
全身からあふれ出す力を解き放った――。
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」
――「オイっなんだこの振動は!!」
「モニターできません!」
まばゆい極光で、司令室のメインモニターは何も移さない。
表示されてあるバイタルと、あの男の叫び声で、生存は確認できる。
そして何より、励起指数が1どころか3を超えていた。人間が、それも特別なのが乗っていないとそんな数字は出ない。
私は安心すると同時に怖くなった。
励起指数は、マナエンジンの稼働率とほぼイコールだ。
マナエンジンが100%のとき、時間単位あたりのエネルギー総量は、太陽と同程度だと士官学校で習った。
つまり今、プレアデスは太陽の100分の3のエネルギーを持っている。
暴発すれば、いくらマリス・ステラと言えども耐えられるものではない。
「キャー」
同じ年ぐらいだろう。まだ若い士官が悲鳴をあげる。私だって悲鳴をあげたい。でも私には出来なかった。
大気すら揺るがす大地震。
地上で起きる地震という奇妙で恐ろしい現象を、私は生まれて始めて知った。
ここマリス・ステラ。そして大縦穴の土地に暮らす、全ての人々が知った。