05 セクシーなマシン
「……俺がこのロボットにもった感想を聞かせてやる」
そこで言葉を区切って、わかる奴にしかわからないことを言ってやった。
これは一般人には、なかなか理解されない感覚。それでもレーサーなら多くが、そしてエンジニアならば誰もが、DNAレベルで理解している感覚。
「……エロいな。だ」
背中を刺す視線。アイリーンとヴェルヴェは何言ってるんだみたいな目で俺を見ているはずだ。まだ名前も聞いていない女子にいたっては、軽蔑すらしているかもしれない。俺としちゃ可愛い女の子には好かれたいのだが、自分に嘘はつけない。
あんたなら、理解してくれるはずだろ?
じーさん。
「わしが思ったのは……FDだったか? あのマシンが地を踏みしめて加速する姿は、さぞ美しかったろうなということだわい。おぬしを回収するついでに興味本位で回収したが、あれには魂が宿っている。……ふん。ちんけな乗り手の魂じゃないぞ? いいものを造ってやるという技術者達の執念だ。より速く、より未来へ、そしてより、美しくあらんとする。造り手達の想いだ。美しいと思ったわい、官能的なほどにな」
「それだ、それが聞きたかった」
ヴェルヴェが、チーフが待っていると言った時は、なんの役職かと思ったが、なんのことはない。油や錆で汚れた手を見ればわかる。この人は技術者だ、それも根っからの。
「プレアデスのパイロットがどんな奴かと思えば、変な奴だわい」
「それじーさんも思われてんじゃねーのか? 変わり者ってな。それと、俺がパイロットになるの? コレの?」
「そう、プレアデスじゃ。優美な機体じゃろ? もっとも今日の実験で不合格となればどうなるかわからんがな」
「心配しなさんな。どんな実験だかしらねーが俺は、美しいマシンとは相性がいいんだ。きっとうまくいくさ」
「だといいんだがの」
「どうかなガーベージ。我の連れてきた予言の男は!」
短い足でスキップしてきたアイリーンが自慢げに胸を張る。
ちらりと見えたおなか。
ふむ。顔といいおなかといい、こいつはメカのくせに肌色の部分が多いな。腹にシャッターがあるけど。ロボも色々ということか。
「どうもこうもない。椅子に座らせて、エンジンを起動してみてからだわい」
「大励起実験つったか? 何をしたらいい?」
「なにもせんでええ。椅子に座っておるだけの楽な仕事だわい」
「……?」
「詳しいことは中に入ってワシの娘に聞け、自慢の一人娘にな」
「ささ、時間もない。アキヒロ。搭乗なのじゃ!」
二度目の搭乗。シートに座ると何かが全身をおおったような感触がした。肌がチリチリする。しかし不快ではない。むしろなつかしく、心地よいような不思議な感覚。
「おはようございます。メイです」
「おはよう。昨日は挨拶もせずに申し訳ない。俺は葉隠朗広、アキヒロってよんでくれ」
「かしこまりました。それではアキヒロ様、さきほど外で話しておられました大励起について説明を聞かれますか?」
「聞こえていたのか。是非聞かせてくれ」
「かしこまりました。通常、機宿のエンジンは稼働率が1%を突破しません。今、0.674%ですね。これでも立派なものです。私が単独で稼動させた場合は0.00008%ですから」
「えーと待てよ。キシュクってのはこのロボットのことか?」
「そうです。本機プレアデスのように、人が搭乗することを前提としたロボットのことを、機宿と言います」
「オーケーオーケー。そいでその、れーてんなになにぱーでもコイツは動くの?」
「動きます」
バゴンッ!
下から聴こえた大きな音。ついで襲い来る浮遊感。つーかこれ。
「落ちてね?」
「現在落下中です」
「えええええええええええええ」
「……」
「ちょいちょいえええええええええええ、どうなってるの? 何? 罰ゲーム? 大丈夫?」
「大丈夫です」
大丈夫つったって中身の俺は死ぬんじゃね? つーかいつまで落ちるの?
ねぇメイさん。さっきの動きますって、フリ? いやいや死ぬでしょコレ、笑えないよ。
はー実験ってつまりパイロットが耐えられるかとかそういうアレ? 嫌だ助けて。マジお願い。
「慣性制御作動します」
こんな非常時でもメイさんってば超クール。そんなのあるなら早く使ってよ。
言葉の意味はわからなかったが、メイが何かを言うと、落下している感覚が急速に弱まった。
「……」
「……」
「……つーかいつまで落ちるの?」
「もうまもなくです。スラスター噴射します」
落下感は一瞬の浮遊感へと変わり、破壊的な着地音を立てて着陸したっぽい。めちゃ近所迷惑やんコイツ。
「モニター起動します」
コックピットの前面はドーム型になっており、足元から天井、左右いっぱいまで外の景色が見えた。
「戦場? もしくは墓場か?」
投棄されたとおぼしき巨大な機械の残骸。荒れた地面に積もったゴミの山。違ったわ、ここは戦場でも墓場でもない。
「ゴミ捨て場か?」
「そうです。有機転換炉に捨てることが出来ない不要物を投棄しています。マリス・ステラから出たゴミの貯蔵庫です」
「メイさんや。お前、捨てられたのか?」
俺は冗談を言って場を和ませようとした。あるいは冗談を言うことで俺自身の緊張をやわらげようと。レース前もよく冗談を言って、周囲の人を笑わせたもんだ。
「捨てますよ」
「嘘です。勘弁してくださいッ!」
『あーあーきこえるか? プレアゲス』
『プレアデスです。元帥』
映像通信だ。司令室らしき場所で、金属顔の女が話している。
羽織った軍服の下は、胸元が開いたセクシーなワンピースを着ており、光沢のありすぎる金属の谷間が見える。
『マリス・ステラを見上げるとはいいご身分だ。それもこれが最初で最後になるかもな。実験開始!』
一方的に話して通信は切れた。映像の中の金属女以外は同じ服装だったな、あの女の子が着ていたのと同じデザインだ。逆に言えばあの子以外の断片室メンバーは、服装の規程を無視してんのか? そりゃますますハブられるって。
「前方、ミサイル接近」
メイが変わらぬ口調で言う。
「ちょ? かわして、かわしてー」
「間に合いません」
激しい音と振動。こいつは事故った時よりヒデェ。考え事をする暇もありゃしない。
「くそー。死ぬー」
「損傷軽微。ですがこのままでは危ないですね」
危ないのかよ! メイちゃん助けてマジで。
くっそ。なんでこいつはシートベルトがないんだ。おかげであちこちぶつけて痛いんですけど。ぜってー痣になったわこれ。
つーか、あれ。あれ使えばよくね?
「メイちゃん、あれあれ、あれつかって」
「アレではわかりません。指示は精確にお願いします」
「あの、慣性なんちゃらだよ。ふわーってするやつ」
「慣性制御機能のことでしょうか?」
第二波のミサイルが直撃した。プレアデスは転倒し、俺はもうはきそうだった。
「うっぷ。そう、それそれ」
「これ以上は出来かねます」
「なぜッ!?」
「実験ですので。パイロット保護の為の、必要最低限で止めています」
くそがぁ! 全然最低限じゃねーよ。手厚く保護してくれよ!
「ちくしょう! どうしたらいいんだよ!」
「アキヒロ様。操縦して下さい」
「操縦? どうやって?」
「今は、フットペダルに足を接着させて、操縦レバーを持つ。それだけでかまいません」
操縦レバーは初体験だが、フットペダルは得意だぜ。
「こうか?」
掌と足の裏から電気が奔ったような感覚がした。
手になじむ。
解き放て――。誰かにそう言われた気がした。