45 穴
地上。
それはつまり俺の故郷。俺が生まれ、育った大地。
ついこの前まで地底の世界なんて知らず、地上こそが世界の全てだと俺は思っていた。
それがどうだ? 俺はすっかりこちらの世界に馴染み、ホームシックだとかセンチな気分だとかそういうものとは無縁だった。
地上から漂流者が来ることは稀にある。俺やイオリノブユキがそうだ。
でも今回はそうじゃない、地上の国々が視察団を派遣し、国交を開きたい。そういう話らしい。
どうしてこうなった。そもそもどうやって知った。知っていたのか? だとしたらいつから?
マリス・ステラではこの視察団を受けるか受けないのか、そして受けるとしたらいつどのようにして受けるのか、そういった話で持ちきりだ。どうも受ける方向で話がまとまりそうだと元帥は教えてくれた。
魔道書は気になるがアンチクトンと和平が結ばれたいま、優先度として地上が上だという。まるでシャレのようだが勿論シャレではない。こんなつまらないシャレを口走るほど終わってないよ俺は。
視察団のまとめ役なのだろうか、窓口役の女からは多くの地底人にお目通りしたいとの意向を受けており、断片室に帰還命令が出るのも時間の問題らしい。
昨日の通信は非公式のもので、つまり元帥の私用だった。
通信が繋がらない日々を不安で過ごした元帥は、来る日も来る日も飽きもせずに通信を試みたらしい。ヴェルヴェに個人通信すればいいものを何を間違ってかソードバードに通信を繋げてしまい、ついでなので情報を先渡ししてくれた。これが昨日の顛末だ。
「はぁー地上ね。それってどんなところなの?」
行儀悪く、ローテーブルに足を放りだしたヒメコが言う。
「イオリさん、やめなさい」
メガネのレンズを拭きながらジェシーが言う。
「どんなつったて、別に地下とかわりゃしねーよ。人が居て、動物が居て、あーアンドロイドや機宿はいないけど、自動車や電車や飛行機、あと機械が色々あって、ショッピングモールがあって、コンビニがあって、それから、生活がある。仕事がある。営みがある。国境もあるし、争いだってある。馬鹿がいて、イイヤツがいて、笑顔があって、悲しみがあって、未来がある。……そんなの、どこも一緒だろ」
なんだかなげやりになってしまった。トゲのあるイントベーションというか。
「すまん。なんか緊張しちまって」
俺は席を外した。
それから猛烈に眠った。
帰還命令を受諾した頃、ソードバードはクレバスを越えて、アンチクトン領を出ていた。
胸の奥がつっかえたような嫌な予感がする。
すっかり地底人気取りになった俺は地上アレルギーにでもなったのだろうか。
何を不安がる? 友好的な話のはずだ。
夢を見た。内容は覚えちゃいない。寂しい夢だった気がする。
廃墟の遊園地に一人ぼっちで取り残されたような。
それが何万年も続いたような。
ブリッチに入る。どうも様子がおかしい。
ジェシーが震えながら抱きついてきた。
「とっくに通信圏内なのに、繋がらなくて……」
「い、忙しいだけじゃないか?」
言い訳じみた反論。そんなのありえないことは解ってる。いくら忙しかろうが通信ぐらい誰かが反応するはず。
それがないってことは――。
「アキヒロ、ソードバードは最大出力で飛ばしているのじゃ。もうそろそろマリス・ステラに到着する。ヒメコとメイはいつでも出れるようにスタンバイしているのじゃ。アキヒロも――」
「――わかった」
俺は初めて、穴に落ちたような気がした。
深い深い穴だ。暗くて苦しい。
酸素が足りないような気がして、俺は深く息をついた。




