04 可愛い女の子に優しく起こされたい
「おきんかーー!!」
「ぐぇ!」
地下生活二回目の目覚めは痛みと共に訪れた。何かが俺に飛び乗って暴れている。
「ほら、もう朝なのじゃ。起きるのじゃ。いくのじゃ。我等の正しさを証明する日がきたのじゃ!」
腹の上で腰を揺らすロボロリ。見た目小学生低学年が馬乗りになった構図は、犯罪的というより親子のじゃれ合いを想わせた。俺まだ子供いないんだけど。
それ以前に相手いねーし。
「うるせーぞ。ロボロリ、どきやがれ」
「なんじゃなんじゃ! 我はアイリーン・マーク65なのじゃ! 起きるのじゃアキヒロ! 急ぐのじゃ!」
昨日は見た目のわりに落ち着いた奴かと思ったが、今日のアイリーンは忙しない。こっちが素なのだろうか。
「もう起きてるっつーの」
脇の下に手を入れ、ベットからアイリーンを下ろした俺は、そこでふと視線に気づいた。
「どちら様ですか?」
俺は、さも常識人のような顔で、落ち着いた声で話しかけた。
開いたドアにもたれるような形で男型が一体、奥に見える通路に若い女が一人いた。
ダブルのスーツにハットという、マフィアか伊達男の格好をした男は、ハットのつばを指先で持ち上げると、金属光沢の顔を見せ付けて口笛を吹いた。
SF映画で見たような、わかりやすいロボだ。しかししゃべり方はめちゃ流暢だった。
「朝から見せ付けてくれるじゃないか、地上人。なるほど、蛮族というのは手が早いらしい」
「勘違い甚だしい。このロボロリが一人で発情しているだけだ。それで? つるつるすぎてモテなさそうなアンタは何者だい?」
「ふん。よく聞けよ地上人。オレサマはこの断片室のイケメン担当のヴェルヴェだ。昨日海中に落ちたお前を、車から出してやったのはオレサマだ。感謝するがいい、ボーイ」
ボーイの部分に、やたら余韻を持たせた発音をする金属男を無視して、後ろで腕を組んだ女に目線を合わせる。見たところ人間のようだ。ツノもなけばツギハギもない。当然皮膚も人のソレだ。
地下に落ちて始めてのヒト。俺は人間の存在に飢えていた。
「そこの美人さんは? お名前を頂いていいかな?」
整った顔立ちではあるが、まだ10代だろう、美人というより可愛いが勝っている。しかしこの年頃の女の子というのは美人という概念に憧れていることが多い。可愛いと褒めるよりも、美人とおだてるほうが好感度は高いはずだ。
「お断りよ。地上人がどんな顔をしてるか見に来ただけだから。このぶんじゃすぐに廃棄処分ね。断片室も今日で解散じゃない?」
顔がちょっと可愛いからって、調子にのりやがってこのクソアマ、あとでぜってー泣かす。あと廃棄処分ってなんだよ、単語が不穏すぎるぞ、怖いぞ。
「ボーイ、心拍数と体温が上昇しているな、そう怒るなよ。ここじゃ地上人の扱いなんてそんなもんだ」
「そうなのじゃアキヒロ、今日の実験でお前の力を見せ付けてやれ、そうすれば他の連中も、我等の文句を言ったりしない」
二人のロボになだめられる俺。人間とのファーストコンタクトは失敗に終わった。
「ああ、今日俺がまた、あの大きなロボットに乗るんだよな。それがえーと、お前達とどう関係してくるんだ?」
アプリには俺がロボに乗って何かしらの実験をすると、今日のスケジュールに書かれていた。
「我等、断片室の悲願じゃよ。断片が予言したお主という存在を我等がどれだけ待ちわびたか」
「でもお前稼動20日……」
「我わな。アイリーンシリーズとしてはもう2万7千年ぐらい待ちわびているのじゃ」
「すけーるエグい」
「そうなのじゃ、エグいのじゃ!」
「いやお前エグっていう、意味わかってないやろ」
「そこはほら、フィーリングなのじゃ」
「ロボがフィーリングて」
盛り上がりだした俺とアイリーンを制するように、ヴェルヴェが軽く手を叩く。
「室長。漫才もいいですがお時間が、チーフも準備を終えて待っているかと」
「おっとそうじゃった。いくぞ!」
ここ。マリス・ステラは広い。どれくらいデカいはまだ把握できてないのだが、俺の勤めている、いやもう勤めていた、と言ったほうがいいのか? ともかく会社や、勉強もろくにせず、ダチとだべってばっかいた学校より広い。
長い通路を歩き、100人は乗れそうなエレベーターで下り、また歩く。
「なぁ? こっちにはあの動く床とかねーの?」
この床は普通の床だ、動きもしないし光もしない。
「…………」
「あれのある道だと他の人に会っちゃうからね」
答えないアイリーンとヴェルヴェに代わって、女子が答えてくれた。俺の中で好感度がマイナス100からプラス10までアップ。
それにしても、なるほど。わかってきたぜ。どうも窓際族に拾われたらしいな。
軽口と、俺の独り言が多かったが。ちょっとしたハイキングを楽しんだ俺達は、昨日乗せられていた巨大人型ロボットのところまでやってきた。
「こいつの蘇生機能とやらが無かったら死んでたんだよな?」
「パイロット保護機能じゃな。死んでたらサイボークにしてたところなのじゃ」
うへぇ。生きててよかった。
「それで? あのじーさんは誰? みたところ人間みたいだけど?」
空中に浮かんだモニターを背後に従えるようにして、背の低いじいさんが、丸椅子に座っている。
「へい、アキヒロボーイ。口の聞き方には気をつけた方がいい。あの老体は正真正銘人間だが、人間という命のあるものを、交換の利く部品程度にしか思っちゃいない。解体されたくなきゃ、お行儀よくしたほうがお利口さんだぜ」
いつの間にか近寄ってきたヴェルヴェが、小声で教えてくれた。
なるほど、サイコ野郎ってことね。でも俺は爺さんの手が気になった。
「お、おいアキヒロ」
ヴェルヴェを無視して、俺は爺さんに近寄る。
「なぁじーさん、あんた俺のFD見なかったか? 俺と一緒に海に落ちたはずだが」
「FD? あの自動車のことか? あれならくず鉄にした」
「はーもったいね。で? アレを見てどう思ったよ」
「なんじゃ何が言いたい? 言っておくがあれしきの機械、ここでは子供の玩具にも劣る単純なモノだわい」
「だろうな。でも俺の聞きたいことはそれじゃない。……そうだな、このロボットつくったのはじーさんか?」
「ああワシじゃよ、人手は借りたがな。設計から組み立て、塗装までワシが手がけた。ほとんどのパーツがワンオフ。ちょっと古くなっちまったが、まだまだ現役のスーパ機宿だわい」
「そうか、そいつは良かった。じーさん、俺がこのロボットにもった感想を聞かせてやる…………エロいな。だ」