03 ぶりーふぃんぐ
「――という訳でお前さんをつれてきたのじゃ!」
椅子に座った幼女(?)は一通りの説明を終えると背もたれに体重をあずけ、「うーん」と可愛い声を出して、腕を頭の上に伸ばした。
幼女(?)の肘の関節が、小さくウィーンという機械音を発する。
俺はまだ混乱の最中にいた。むしろ混乱は深まったといっていい。
これが現実だということは受け入れたし、事情はなんとなくわかった。
ここは――地下1000キロにある国? のようなものであり、その基地かなにかに俺はいる。
文明レベルが比べ物にならないことは、コックピットを降りたときに悟った。
人型の巨大ロボット。ばかばかしいがそう形容するしかない物体に俺は乗っていた。俺が這い出たコックピットハッチが、ひとりでに閉まりるのを見たとき、赤子に戻ったような気がした。
「わかったかの? 地上人」
幼女(?)が大きな目をくりくりさせて俺を見上げる。
顔は可愛いが首などの関節部に、継ぎ目がある。もしかしたら過去に大きな病気でもしたのだろうか。
「わからないことだらけだよ」
立ったまま幼女の話を聞いていたので少し疲れてた。それ以前に今日はレースもしているんだ。
「なにがわからんのじゃ?」
こんな幼女――だろう、恐らく。に弱いところは見せられない。疲労と混乱の中で、重要ではないのだろうが、気になっていることを聞いた。
「お嬢ちゃん、お歳は何歳かな?」
「ゼロじゃ」
「は?」
「時間で言えば、469時間といったところじゃな」
俺としては見た目通りの年齢か、もしくはそれより高齢かの、2パターンで考えていたので予想外の答えに面食らう。
「いくらなんでもロリすぎる……」
「ろり? なんじゃそれは?」
「あ、ああ……とても幼いのにしっかりしてるんだなと思って。400何時間って言ったっけ? それって地球時間だよね? えっと何日かな。えーと、1日が24時間だから、えーっと……」
「469時間じゃな、地底でも地上でも時間の流れはさして変わらんぞ、地上人よ。日にちで言えば20日弱じゃ」
足を組みなおした幼女。いいや目の前のロリは幼女ですらない――は耳、ではなくその上に生えたアンテナをかく。痒くなるのだろうか。
「さて、口頭での説明は終了じゃ。今言ったことはこの端末に入れてある。あとでちゃんとみておくのじゃ」
そう言ってロリは取り出したスマホを、俺に渡した。
「まって、いまどこから取り出したの?」
「ここからじゃが?」
こともなげにおなかのシャッターを開閉してみせるロリ。やだ、このロリめっちゃロボットやん。めっちゃSFやん。
「今日は疲れたじゃろ、部屋と食事を用意してあるから休むがよい。明日からは忙しくなるのじゃ」
正直色々と限界だ。
飯と寝床の誘惑に逆らって、最後に一つだけ質問をした。
「名前を聞いてなかった。名前を教えてくれ」
「名前じゃな? 固有番号ではなくて。……やはり地上人でも人というのは固有名称を気にするのじゃな。あるぞ、安心するがよい。アイリーン・マーク65なのじゃ。我は仕事があるゆえこれで失礼するのじゃ、お前さんはゆっくり休め、パフォーマンスに影響する」
「OKわかったよ。アイリーン、それと俺の名前はアキヒロだ」
飯は、意外にも美味かった。
光る床に案内された食堂には俺しかいなかったが、提供されたパスタは地上で食ったものと大差なかった。俺だけのために食堂のような施設を準備したとは考え難い。少なくとも俺以外にも食事を必要とする生物が暮らしている。すれ違った人型の内、何人かは人間なのかもしれない。
どいつもこいつも、水槽に浮いた虫の死骸を見るような目で俺を見ていた。
というのは俺の気のせいだろうか、ロボットの表情など俺には解らないのいうのに。
飯と風呂を終えた俺は、案内された部屋でベットにつっぷした。
スマホは、俺のスマホだ。流石に圏外で通話は出来ないが、通信を必要としないアプリは起動できた。そして何故か充電が100%から減少するようすがない。
「ロリ……じゃなかった。アイリーンめ、いったい何しやがった?」
俺は、存在に気づきながらも、起動しなかったアプリに触れる。
俺がインストールしたものではない、きっとアイリーンが仕込んだのだろう。
メモ帳のような、文章が羅列されただけのアプリだ。一応内容ごとにフォルダ分けされており、専門的な用語には注釈がついている。
『マリス・ステラ』
“大縦穴”の直下に建設された基地。
『大縦穴』
“地上”への最後の道。
『地上』
汚染された環境に原始的な文明の“地上人”が暮らしている。
『地上人』
地上に生息する人種。環境を汚染し、争いを続けながら無秩序に数を増やしている。昨今は増えすぎた人口問題を解決する為、愚かにも宇宙進出を計画している。地表人ともいう。
「地上人ばかにされすぎじゃね」
俺はページをとばしていく。
『クレバス』『人型の呪い』『魔道書』いくつかの項目を読もうとするも、どうも目が滑る。
「だめだ。全然頭に入ってこねぇ」
俺は昔から、文字だけの本を読んだりするのが苦手なのだ。漫画なら絵だけを追ってもなんとなく解るから読めるのだが。
画面右下で存在感を主張する、デフォルメされたキャラクターをタップした。
「どうみてもロボロリだよな」
〝明日の予定・大励起実験〟
二頭身になったロボロリが、ふきだしでそう言っていた。