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29 白

 自らの重さを、機体重量とありったけのマナエネルギーを乗せた回転蹴りを深く押し込む。ただひたすらやかましい原始的な破砕音がして白と黒の機体が折れ曲がり、砕ける。


 その刹那で確かに聞いた。確かに見た。幻だとしても、確かな実感をともなってそこにあった。


「ほらね。やっぱり貴方じゃ本物には敵わない」

 いつか見た女。肌を多く見せる服装が、まるでレースクイーンのようだと、かつて思った。褐色の肌に白く長い髪。

 地上人でも地下人でもない。この世界の理から切り離されたような印象を受けた。


 女が、老いた男を見下ろして言う。

 全身から淡い光を放つ女。


「手厳しいな、君は」


 老いたノブユキが光の向こうへ消えてゆく。あちら側へ消えていく。



「やったね、ハガクレ!」

 顔半分振り向いたヒメコが嬉しそうだ。


「ああ俺たちの勝ちだ」

「顔が近いのよ! バカ!」

 ヒメコから肘打ちをもらう。密着しているので避けることはできずモロに喰らう。そのくせヒメコは俺に座ったまま降りようとしない。


「てこずり過ぎだよウスノロ」

 口こそ悪いが、ローズの声も弾んでいる。


「メイ! 今行くぞ」


 白い家に向かう。世界から拒絶されたように浮いた白。メイはきっと黒くて大きい四角の中だろう。


 (はや)る気持ちを抑えながらプロキオンを飛ばす。右足は先程の一撃で使い物にならない。全身だってガタガタだ。帰ったらきっと、ガーベージが小言を言いながら修理をしてくれる。


 黒い箱、世界を塗りつぶそうとして孤立した黒。

 格納庫である。シャッターは大きく開いていた。


 抵抗するようであれば力ずくでなんとかするしかない。

 そう考えていたが、その必要はないようだ。繋がった先で見た、ノブユキの新しい奥さん。緑の髪のアンドロイドが開いたシャッターの下にちょこんと無抵抗に立っている。

 

「お疲れ様でした」


 ゆっくりと、堂々と、王者のように頭を下げたのだった。


 

 格納庫の床は冷たくて硬い。うちっぱなしのコンクリートのように感情のない構造体の上に、いくつかの部品や機宿が設置されてある。


 プレアデスは胸部を天井から吊るされ、頭部や腕部はない、台座代わりなのだろう、腰から下は動くかもわからないような黒い下半身が取り付けられている。


「主人は、あなたと戦えて満足だったと思います。貴方が勝ったら素直にこの機宿とAIを返すように言われています。どうぞお持ち帰り下さい」


 この人は、泣くことなければ俺を責めることもない。ありがたくて、なんだか悲しい。

 おくやみの言葉でも言えばいいのだろうか、違うような気がする。


「ありがとうございます」

 そう言うのが精一杯だった。

 

 久しぶりのプレアデスのコックピット、少し埃っぽくなったようでくしゃみが出る。

「少尉、お久しぶりです」

「ああ」


「少尉、髪の色を変えたのですね」

「ああ。どうだ? 似合っているか?」

「ええ、とっても」


 他に言うことがあるのだろうが、言葉はうまく出ない。こういう時にいつも困ってしまうのだ俺は。


「この足動くのか?」

「動きます。かなり重いので遅くなりますが、それにこれでは人型と呼べないので励起率もイマイチですね。私のスペックもかなり落ちています」


「ウスノロ、時間がなくなった。急ごう!」

 スピーカーをオープンにしてローズが叫ぶ。


 緑髪のアンドロイドが走って一体の機宿に飛び乗った。今狙われたらヤバイ。ぎょっとした俺だが、アンドロイドは機宿のドーム型センサーを稼動させると思いがけないことを言う。


「私が時間を稼ぎます。急いで!」


「え?」


「敵だ。まだ遠いが数が多い、囲まれるぞ」

 叫ぶのはローズだ。


「そう多くは時間を稼げません。とにかく急いでください」


 敵とはアンチクトンなのだろう、味方同士で戦おうというのか。

 俺はよけいなことを考えているな。俺は、俺の目的を……。


「メイ! どうしたらいい? 置いていけとか言うなよ。絶対に連れて行くからな」


「コンバートだよ」

 ローズが答えてくれる。メイは言いたくなかったのか答えなかった。


「このプロキオンに来ればいい」


「解った。それで、どうすればいい?」


「待ってください。ローズさんと言いましたか。貴方はどうするつもりですか?」


「……他に方法がないだろ」


「少尉。ローズさんは消えるつもりです。私に上書きされるつもりです。他の方法をとるべきです」


「違うよ。わたしはプレアデスに入る。互いにコンバートするんだ。さぁ早く!」


 近づいたプロキオンがプレアデスと接触する。

 涙声でヒメコが言う。

「ローズ、あなたここに残れば、もう……大尉には会えないのよ」

 

「そんなことない。いつでも会える。いつもそばにいる。……さぁ時間が無いよ、さっきのアンドロイドもすぐ戦闘になる。どれだけ時間が稼げるかわからない。メイちゃん! あなたこんなところで死にたいの? こいつと行きたいんじゃないの?」


「行きたい! 私。アキヒロといきたい!」

 メイが叫ぶ。ローズの想いに答えるようにして気持ちをはっきり言葉にした。


「ローズ。あなた……」

「ローズさん……」


「いいのよ。これで。けっこう楽しかったよ」


 感じる。プレアデスからメイがどんどんいなくなって、代わりにローズが入ってくる。

 俺はプレアデスを降りて、再度プロキオンに乗る。

 相互にデータを。自分を移動させるメイとローズ。コンバートはあっけなく終了した。


「コンバート終了。全システムオールグリーン。独立型戦闘支援AI、MEI(メイ)。プロキオンに着任しました」


 メイが一歩、プレアデスから離れる。


「メイちゃん。ガーベージに謝っておいて。それと、怒られるかもしれないけどエルザと同じぐらい、貴方のことを愛していましたって伝えて」


 ローズも一歩、プロキオンから離れる。離れて、格納庫から出て行く。


「必ず、お伝えします」


 ローズに続いて俺も格納庫からプロキオンを出す。ローズのいないプロキオン。ヒメコと俺とメイが乗っている。


「伊織ヒメコ。あんた自分が人間だと思ってうかうかしてると取られちゃうからね。AIだってアンドロイドだって恋をするんだから、恋した女はなんだってするんだからね、なんでもよ」


「はい……わかりました」


「ウスノロ。伝説の男があんたみたいな変態ヤローとは恐れ入ったよ」


「ばかにしてんのかよ」


「いや、ホント。楽しかったよ、最後にあんたみたいなのに会えてよかったよ……アキヒロ」


「クソババア」


「泣くんじゃないよ、バカな子だねぇ」


「泣いてねぇよ」


「さぁ。行きなさい!」




 黒い格納庫を飛び出す。青い機宿。


 遠ざかる青い機宿を見届けたローズは想う。なんのために生きてきたのかと。


 そう悪くない人生だったと。


「さぁて。最後の仕事だ」


 よく持ったほうだと思う。スクラップ寸前の機宿に通信を繋ぐ。


「あんたも捨てられたのに健気なもんだ」


「人に仕えることこそが、ロボットの喜び」


「化石みたいな古い美学だよ、それは」


「でも、あなたも同じように見えるわ」


「私はただ、ほれた男が他の女に取られるのが気に食わなかっただけよ。それが自分を創った(オリジナル)だとしてもね」


 そう、それだけだ。つまらない女だと自分でも思う。でもそういうふうにしか生きられなかった。三人で造った機宿が遠ざかっていく。新しい恋が遠ざかってゆく。

 アキヒロがくれた励起率がまだ残っている。プロキオンを通じてプレアデスに残された力。最後の仕事。


「ほら見て御覧なさいよ。私達が何をするか察したんだろうね、あいつら離れていくわ」


「ノブユキ様、私に勇気を」


 私と名も知らないアンドロイドは、なるべく多くを巻き込めるよう敵陣深くまで機体を運んで、白く、白く、白く輝いた。


 永く(ながく)永く(とおく)、明日を照らし続けられるように輝いた。

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