02 どこから説明したものか
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ! いけえええええええええええぇ!」
まだ力が残されていたのか、鼓膜が破れるほど叫ぶのは他の誰でもない。
俺だ。
ギアをセカンドからサードへ、タコメーターが死にもの狂いで赤へとつきあがっていく。ボディを軋ませながら最終コーナーを立ち上がって、猛然と加速する俺のFD3S。
俺の願いが届いたのか、ギア比か空力か、前を走る車両に追いつき、追い抜く俺とFD。
しかしゴールラインは通り過ぎた。白と黒のチェッカーフラッグは誰かがゴールしたことだけを示し、誰が勝者なのかを教えてはくれない。
大事なことだ。俺はゴール以前に追い抜いたのか、それとも届かなかったのか。
俺は勝ったのか、負けたのか。
観客の声が五月蝿い。勝ったのは、勝ったのはどっちだ?
電光掲示板にリザルトが表示される。
俺とFDは負けた。
レースを終えた俺は自走で帰る。
金を持った連中や、スポンサーのついているプロは、車を載せて運ぶ車、キャリアカーにマシンをあずけ、自分では運転をせずに疲労した身体と精神を休ませながら帰るが、俺のような貧乏プライベーターは疲れようが負けようが自走が常である。
俺、葉隠朗広は、よちよちのろのろと、海沿いの道路を走った。潮風と夕日が興奮と悔しさを洗い流してくれる。
サーキットのコーナーとは比べ物にならない、穏やかな見通しの良いカーブにさしかかったとき、それはおきた。
道の目の前に女が立っている。
いつの間に? 女? 光ってる? レースクイーン? 何故?
混乱する思考とは裏腹に、足は本能的にブレーキを踏む。
ゆっくり走っていたとはいえ、時速は40キロ出ている。到底間に合わない。思考が加速し、世界が遅くなる。対向車線、だめだ。一般車両が走ってきている。父親らしき男がハンドルを握り、母親が助手席、後部差席に座る子供達と楽しそうに談笑するのがわかった。
「クソが!」
左に切ったステアリング、俺とマシンはガードレールを飛び越え、奈落の海に飛び込んだ。
――――
――
「おきて――」
「起きてください――」
「――!!」
はっと目を覚ます。そうはっとだ。ゼロからイチへ、無から有へ。
眠ってる場合じゃない。
薄暗く、狭い。
シートに深く腰を下ろした窮屈で独特な体勢。俺は、瞬時にコックピットだと悟った。
「そうだ、脱出しないと!」
愛機は大事だが命には変えられない、俺はガラスを破って、外に出ようと……。
「!?……」
ここはどこだ? 少なくとも俺のFDはこんなにメカメカしくはなかった。ハンドルもないし、見慣れない計器が沢山ある。そもそも俺は助かったのか? 怪我は?
怖くなった俺は両の腕を確かめる。良かった。二本ある。足も健在だ。触った感じ自慢のイケメンフェイスも大丈夫そうだ。
俺の顔が傷ついたら全世界2億人の、俺のファンが悲しむ。
……冗談だ。無名の俺に、ファンなんぞ一人もいない。
遠くから誰かの声が聞こえる「回収者覚醒しました」そんなことを誰かに報告するような声だ。
「おはようございます。お身体に異常はありませんか?」
今度の声は近くで聞こえた。
「誰だ?」
窮屈なりに立ち上がってシートの後ろを覗いても誰もいない。足元にだって誰かが入るようなスペースはない。
「脳波も脈拍も平常値ですが、私の観測出来ない範囲で異常があれば申し出て下さい。私は、当機の独立型戦闘支援AI、MEIです」
メイと名乗るその声は、冷ややかな女の声だ。しかし依然としてその姿は見えない。
「通信か?」
「いえ、私は当機にインストールされています。通信ではありません」
意味がわからない。
「何処だここは?」
「ここは、マリス・ステラ第3格納庫です」
ますます意味がわからない。
「メイさん、どうやら危ないところを助けてもらったようで、そのことは感謝します。どう御礼を言っていいかわからないほどに、しかしそろそろ冗談はやめて本当のことを教えてくれますか?」
「……」
メイは返事をしなかった。想えばこのとき既に、宿命は決まっていたのかもしれない。
「これは……」
メイは前方のスクリーンに地図を映した。全国の天気予報みたいな大きい地図だ。位置を教えてくれるにしても大雑把過ぎないだろうか。
地図は3Dモデルで、起伏もわかる精巧なものだ。
上から見下ろしている地図はぐるりと横からの視点にかわり、断層などがわかるようになる。富士山おっきい。
そしてどんどん遠くなる。日本が小さくなるとともに地表の丸みが画面上部に写し出され、画面の下から巨大な空間が現れる。
「は? これはどういう……」
「これが現在地です」
メイはいたって平素に。常識でしょ、とでも言うかのように何気なく言い放った。
地上から遥か地下の巨大空間、その一部が点滅している。
「ここは地上から約10000000メートルの地底です」
「嘘……だろ……?」
あまりにも突拍子の無い話に俺は、三流役者のような返事をした。