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恐怖/希望

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 ああ、すごく憂鬱でしてよ。


 貴族としてあるまじき考えとは分かっていても、どうにかしてアルヴィン王子のパーティを欠席出来ないかと考えてしまいますわ…。

 仮病であれど本物の病気であれど、私は公爵令嬢。権力があるので、当然うちにいる回復術士も有能すぎますの。一瞬で治ってしまいますわ。

 しかも、精神面であっても、身体面であってもですの。


 行くしかないのでしょうか?いわゆる八方塞がりになってしまっているのでしょうね…。絶望よ。嫌、嫌、嫌!!



 だって!!

 パーティにて万が一にもアルヴィン王子と婚約をしてしまったら死んでしまう確率が上がるのですわ!こういった小説ではお馴染みのゲームの強制力とやらが、実際に発動している作品は少なくとも、私には当てはまるかもしれないでしょう!?

 死ぬなんて絶対に嫌ですわ!もう、いや!あんな思いなんてしたくない!前世では実際に死んだ瞬間を覚えていなくとも、それに近い記憶はあるもの!!!




 …取り乱してしまったわ。誰もいない私の部屋で良かった。こんなところ、今世の家族には見せられないもの。



 やはり最善策としては、王子には顔を知られている程度の関係性でいること。

 あちらの世界での物語では、悪役令嬢になった少女たちはそうやって行動し、結果好かれてしまっている。それぐらい知ってますわ。けれど、それ以外の方法なんて思いつかないもの!

 幸いにも、アルヴィン王子は普通とは違っていますわ。たとえ興味を持たれても、拒絶したってお咎めなし。




 ーーー


「お初にお目にかかります、アルヴィン王子。私はシルヴィア・アンドリア・エリオットでございます」


 膝を曲げて跪礼。正式な挨拶は両親が終わらせており、陛下と王妃様には私も挨拶が終わっていますの。

 私はまだデビュー前で、正式な挨拶に参加する必要はないというのが建前であるものの、こんな場所で無礼をしでかすものなら未来永劫その評価は消えませんわ。


 顔を上げよ、という王子の声に下ろした頭を戻して、ちらりと顔を見ましたわ。こちらには微塵も興味持ってなさそうだと知り、ほっとしました。挨拶だけで興味を持たれたらもう詰みですもの。


 挨拶が概ね終わり、アルヴィン王子の誕生日を祝うということで、それぞれの領地の特産物などを贈り物として渡していきますわ。


 そういった事務的な事柄が終わると、オーケストラの演奏が始まりましたわ。周りを見渡せば踊り始めている方々も多くいらっしゃいます。

 お母様とお父様の近くに戻ってくると、お父様はお母様の手を取って微笑んでいました。



「今からお母様とダンスを踊るから、あちらで食事でもしてておくれ、可愛いヴィア。顔が赤い?はは、オリヴィアはいつまでも美しくていつも私はどきどきしてしまうんだ。見てみろ、ヴィア。この世に降り立った天使のように見えるだろ?いや、女神と言っても過言ではなく、この美しさに可愛さはもう国宝級…お、オリヴィア、なんで叩くんだい。わ、私の言葉ではオリヴィアの魅力を表すに足りなかったのか…?」


 こんな公共の場所でずっと惚気けてくるお父様の言葉を、優しく肩を叩いたことで止めたお母様は、確かにお父様の言う通り美しくて、可愛くて、私はぽやぁっとしてしまいましたわ。

 私が謝っていなければ、二人はこんなにも愛し合っているのにすれ違って、最後には娘を殺すところまで落ちてしまうの?


 ───楽しげに踊っている二人を見て、止めていた息を吐き出しました。





 食欲はどこかに飛んでいってしまったらしく、ふらふらと口を押えながら誰もいない場所へと向かっていく。


 どうか、消えてしまいたい。記憶を取り戻したあの日から、何度も何度も考えてきたこと。いえ、前世の私が、そうやって生きてきたから。






「────今宵、集まってくださった皆様に感謝を………万物の創造者である天の者、我が神よ、我の名はエルミニスター=ラダガスト・ルーン、我らが主に仕える者。

 我々に願いを、そして明日を。我が友人、アクタガワに誓い…祝福を与え給え」


 金髪碧目の牧師様がそう唱えると、わたくしの周りを光が舞い、ゆっくりと頭上で溶けていきました。それを見て、私はぼんやりと頭を下げました。

 牧師様は神様の加護を貰っている方しかなれない職業。事実上身分が私の方が上でも、実質牧師様は各国の王と並ぶお方なので、私は頭を垂れなくてはいけないのです。

 神様は私達を何時も導いてくださる方。牧師様に対する扱いが悪いと最悪の場合、国が滅びてしまうのですわ。


 だからこそ、牧師の周りから人は減っていくのです。触らぬ神に祟りなし、と言うでしょう?

 牧師様の周りが一番人が少なく、私はここへとふらふら近寄ってしまったらしいです。

 ……あら。なんか、頭が痛いわ。なにか、なにかを、私は…




 ……え?ちょっと待ってくださいまし。頭痛なんて今はどうでもいいですわ。私の聞き間違いでなければ。



 今、牧師様、「…我が友人、アクタガワに誓い…」と言いましたわよね…!?




 この世界にて前世の記憶を思い出してから、家にある本を読み漁り、大勢の方々にそれとなく話を聞いてみたりしましたの。

 最終的には可哀想なものを見るような目で見られはじめ、お母様とお父様に心配されてからは止めましたけれど…

 何一つ転生について前例がないのですわ。



 だから、もう諦めていたのですけれど…アクタガワって、日本人の苗字でしょう!?とある文豪の名前も芥川でしたし、珍しい苗字ですけどいないわけではない。ですわよね!?



 つまり、この牧師様の友人が日本人なのか、それともこの牧師様が日本で生きた記憶を持っているのかしら?

 …聞いてみるべきかしら。けど、いきなり踏み込んだ質問をして、地雷を踏み抜いたりしたら…



 それに、これは王子の誕生日パーティであって、私にとっては死と隣り合わせになる可能性を作るか作らないかのビッグイベントですもの。

 けれど、けれど…日本で、面倒かけた家族や、いつも隣にいてくれた親友、絶望していたわたしに未来を見せてくれた先生、いつも挨拶をしてくれたクラスメイト、近所の黒猫に…お別れを言えていませんわ。

 まだ成人すらしていない年齢で死に、もしそれで誰かが悲しんでいたのなら、そんなの、何も考えずにいられるわけがありませんわ。

 大往生を遂げると、そう約束したというのに。───待って。誰と?




 …今は、どう頑張っても思い出せそうにないですわ。



 牧師様に話しかけるべきでしょうか?

 自己満足だとしても、何も行動せずにはいられませんわ。また会うことは不可能でも、何かしらで前世と繋がっていたいの。私の心の半分は、前世の私が占めているのですから。

 ………決めたわ。






 牧師様が祝福を国へと与えても、牧師様に話しかけるような方はいらっしゃいませんわ。祟りに遭いたくないとそう願う人々の気持ちは当然分かりますし、それが普通ですものね。

 それに、私は牧師様と仲がいいわけでもないし、勝手に推測して同情なんて気持ちが悪いから、とくにそのことに関して何も思いませんわ。





 牧師様は高身長なので、必然的に下から見上げることになりましたわ。見下ろしてくる目は、ひやりとするような冷たい青。───怖い。怖いわ。


「はじめまして、牧師様。私は公爵エリオット家の、シルヴィア・アンドリア・エリオットですわ。少々、お時間頂いてもよろしくて?」



 私が話しかけると、屈んでくださり、その目の印象が変わりました。冷たい雪のような青から、凪のようなただそこにあるだけというような青。

 何の感情も浮かんでない、ただ事務的に微笑みを貼り付けたような顔に、ゾクリとしましたわ。

 公爵令嬢なので、私は牧師様相手に畏まることは出来ません。これが身分の厄介なところでして…恐ろしいわ。今すぐ畏まった喋り方に変えたいわよ…!



「ええ、はじめまして。それで、私に何の用です?」


「さ、先程の…アクタガワ、と言いましたでしょう?その、その方とお会いすることは出来まして?」


 ゾワゾワと鳥肌が立って、足がガタガタと震え始める。脳から、この目の前の人からとっとと離れろと、そう警告が聞こえてきますわ。

 …根性で無視することに決めましたの。



「アクタガワ、ですか。彼の知り合いでしょうか?」


「いえ、知り合いではありませんわ。…私が調べている場所の人々が名乗るお名前に似ていますの。───その方の故郷は、日本という場所かしら?」


「…………。すみませんね。そう言ったことは、私はよく知らないのです」


「そ、そうなのですね。じっ…時間を取らせて、悪かったですわ」


 沈黙も、何も感情が読み取れない目も、恐ろしいわ。

 牧師様でなくとも、関わりたくない恐ろしい人。ガクガクと足が震えて、寒気が止まりませんわ。怖い。怖いのよ。


 早くどこかここではない場所へ、と動こうとした足を、牧師様の声で止められる。


「…彼をここに呼びましょうか、お嬢さん?」


「今からですの?……な、なら是非お願いしたいわ。で、ですが王家からの招待状がないのに来られますの?」


「ああ、それなら大丈夫です。私は牧師ですので、王家からの許しを得ずとも呼ぶことが出来るのですよ」



 牧師様って結構な権力を持っているのですわ。お、恐ろしい。牧師様が国家反逆でも考えたら、国は一夜も持たないとちゃんと王家は分かっているからですわね…


 日本人と思われる方とは会えることになりましたが、今はもう声をかけたことを凄く後悔してますわ。顔と名前を、覚えられてしまったわ…!



「あっ、こんにちは。アクタガワです」


「ごきげんよう。私は公爵エリオット家の、シルヴィア・アンドリア・エリオットですわ」


「えっ、公爵令嬢!?ちょ、待て待て待て聞いてないぞ…!」


 5分も経たずにいらっしゃったアクタガワと名乗る方は、黒髪黒眼でした。早く来てくださって本当に助かりましたわ…!

 5分間無言でいるのは、もう恐ろしくて恐ろしくて、しかもわざわざ呼び寄せてもらった以上遠くに離れることも出来ない。本当に、死を何度か覚悟しましたわ…




 日本人の感覚からすると20歳ぐらいですが…こちらの世界での感覚で言うとおそらく16歳ぐらいに見えますわね。

 高校生のような雰囲気を持つ方。童顔で、牧師様とは拳一つ分ぐらい身長が違うほどその…低くいらっしゃいますわ。

日本人疑惑が高まりましたわ。


「あっ、えっとシルヴィア?ちゃん。ご、ご親切にどうも…その、えーっと…」


「アクタガワ、ご令嬢をちゃん呼びは失礼にあたりますよ」


「えっ、マジ!?じゃない本当ですか!申し訳ございません!ちょ、タンマくれませんかタンマ!ちょっとエルミニスターこっち来い」


 …確定かしら。マジ、も、タンマ、も日本語でこちらにはない表現ですもの。



「俺美味しいご飯あるからって来たけどさ、なにこれ?失礼なことしたら首が飛ぶやつだろ…!しかもあの子ブルブル震えてるよ、あれかな、俺に超キレてて爆発寸前ってことだろ…!」


「アクタガワ、違いますよ。お嬢さんは私のことが怖いから震えているんです。それと、いくら失礼な行いをしても揉み消しますのでご安心を。

お嬢さんは君の名前が気になったらしいので、そこからなんとか話題作って話しかけに行ってください」


「お、おいおい。それは無茶ぶりすぎるだろ…お前、あれか?初めて子供に話しかけられたけど怯えられてて超ショック」


「うるさいです。とっとと行け」




 小声で何か話してましたが、話し終えたのか、アクタガワがこちらへと近づいてきました。

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